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話すグリモワール  作者: 暁
3/5

3.ほんと、でしと、しってることば

 



わたしは、本。

いっさつの本。

私は、一冊の、魔導書。

今は魔女の持ち物。






『あっちこっちで魔女も大変だな』


今日の魔女は別の仕事があり、私の元には訪れないと連絡があった。

元々『魔導書』にくわしいだけの者なら、魔女でなくてもたくさんいる。


けれど、私という魔導書はとても危険なものだ。

私を『使用』する以外にも、私に『傷をつける』と自動的に防衛反応や拒絶反応を起こしてしまう。

『魔導書』を守るために蓄積された膨大な魔力を外に出す。


その結果、国が滅ぶ。

何度も繰り返された禁忌の所以。


だから誰よりも魔力が強くて、使い方を心得ている魔女が私の担当なのだ。

とはいえ彼女はすごい魔女なので、私にだけ集中することは難しい。

彼女にしかできないことがたくさんあり、やらねばならないこともたくさんある。

スケジュールがちがち引っ張りだこ。

国に仕えているわけではないよと言っていたから、言われた全てを請け負うことはないらしい。


まあ、くわしくは知らないが。


『外に出るのも息抜きになるだろ』


プールの水をせっせと組み捨てるだけの作業は、聞くだけでも面倒くさい。

たとえ魔女といえど、マジメにやり続けるのは疲れるだろう。

そういう事情で魔女が不在の折は、魔女に頼まれた者が私の元へやってくる。

最近よく来るのが、私の目の前で紙の束をめくる男。

羽織っているローブで判別できるが、魔術師団に属していて、どうやら魔女の弟子でもあるらしい。


『今は何を読んでいるんだ』

「…………。」


ちらり、と私の方を見た男は、ゆるりと指を振る。

淡い光が指先の跡を残す。

拡散魔法における浄化速度のレポート、と虚空に現れる文字。


今日も男は声に出して喋らない。


男はここに来るときは、だいたい大荷物だ。

そして鞄の中からたくさんの資料や筆記道具を取り出すと、魔女の言いつけ通りにしっかり私の観察をしながらも、片手間に己の研究をしている。

男は外で実働する魔術師というより、部屋にこもりがちな研究肌なのだ。

こうして監視を承諾するのは、この書庫区域に普段なら男が読むことができない、貴重な書物がたくさんあるからだろう。

魔女の許可という大義名分で読み放題である。


『この前、拡散する治癒魔法がどうのと言っていなかったか』

<範囲指定が難しいので保留>

『ああ、範囲指定は定義をしっかりしないと雑だからか』

<味方以外を治癒したら意味がない>

『込める魔力によっては、その場にいる全てが範囲になるからな』

<その場の全て、に対しても曖昧すぎる>


男は一言も発しない。


男の顔は、がっちりと目の下から口元までを黒いマスクが覆う。

ペストマスクとまではいかないが、三角っぽい立体的な構造のもの。

この男は声を魔力の媒体にしていて、普段は極力話さず魔力を蓄え続けている……と、エドガルが言っていた。

魔力を蓄え続ける方法はお前に発想を得たのかもしれないな、とエドガルは笑っていたが、もし本気でそうであるなら断固としてやめろと言う。


魔力が暴発したら死ぬぞ。


……ただ、本人にそれを聞くのは多少はばかられる。

私の真似をするのはやめろと言って、は?とばかりに首を傾げられたらヘコむ。

ああ、本当に自意識過剰って怖いな。

いやだわーいやだわー。


うーん、エドガルのことを思い出したせいで、久しぶりにユイリとも色々話したくなってくる。

あいつ囲っちゃったからな……。


おっと、思考が逸れた。


静かにレポートをめくり続ける男だが、こう言っては魔術師に対し誤解を招くかもしれないが、人とコミュニケーションが取れないわけじゃない。

魔術師なんて、言ってしまえば魔術オタクというものだ。

特に研究肌の魔術師は知識に貪欲。

新術の研究や魔道具の開発など己の分野に関わらずに、魔術師同士が集まっては、そこかしこで討論する姿を見かける。


この男も同様に、声を出さないだけで普通に筆談はできる。

今のように何かに没頭していなければ、魔術や研究に関してなら饒舌だ。

初めて私と会ったときも、いきなり私を質問攻めにしてきたからな。

文字が踊りながら虚空を埋める光景には唖然としたぞ。

しかも男は、隣にいる魔女の存在などすっかり忘れさっていた。

魔女も笑いながら弟子を眺めつつ、時々質問内容を正したり、突っ込みを入れたりしていて、忘れられたことなどこれっぽっちも気にしてなかったが。


『うん……?』


どこかで、ぐわんと魔力が揺れた気がした。

魔力の揺れはわりと大きい。


しかしユイリが召喚されたときより乱雑で、人工的ではない気がする。

城内のどこかしらで――この場所よりはそう遠くないな。

人間か……うん、これは人間だろう。


『おい、グレスディ』

「…………?」

『城の中で何らかの召喚が成されたぞ』

「!?」


私の言葉に、目を見開いてガタリと立ち上がる男。

うんうん、お前も驚くよな。召喚魔法なんてあっさりできるような代物じゃないと分かるものな。

あっさりやったエドガルが規格外なだけで。


『ここからそう遠くない。私の<目>と<耳>を貸してやるから、視てみろ』


余剰魔力を動かして、男にまとわりつかせてやる。

ちなみにこの魔力は魔導書に蓄積されたものではなく、私という魂が持つ魔力で、魔女でも捨てることができないものだ。

これを捨てたら私の魂が死に、自我という枷がなくなった魔導書は暴走する。

いや、今はそんな話をしている時じゃないな。


魔力の網を広げるようにして感知した気配を探り、城内を知覚する。

男はいきなりのことに戸惑っていたが、すぐに魔力へ集中する。

音もなくするりと書庫区域より広がっていく魔力のライン。

すいすいと壁や扉をすり抜けて、気配のある広間へとたどり着く。


ざわめく魔術師たちが困惑顔で立ち尽くす中央。

ぺたりと座り込んだ少女の姿。

優しく声をかけ、手を差し伸べようとする魔術師たちを拒絶し、ひどく泣きじゃくっている。


「ねえ、大丈夫よ。私たち、ひどいことしないわよ」

『やだやだっ、こっち来ないで! なに言ってるか分かんないよっ! パパ、ママどこにいるの!? 助けてぇ!』

「何だろうこの言語? どこの国の子だろう……何語か分かるか?」

「うーん……少なくともうちの近くじゃないよなぁ」

「この子、歪みから落ちてきたのよね、そうとう遠くの国かもしれないわ」


ああ、召喚魔法ではなくて歪みから落ちたのか。

歪みというのは、大きな力のぶつかり合いなどで虚空や時空にできてしまうヒビのようなものだ。

歪みに落ちたら距離なんて関係ないからな。

なるほど、それなら魔術師たちが少女の言葉が分からなくても仕方ない。


うん、確かにそうなんだが。


「日本語……?」


一瞬誰の声だか分からず思考が止まる。

そろりと意識を向ければ、男が目を見開いて虚空を見つめていた。


「……あの子、まさか日本人なのか……本当に……?」


ぼんやりと呟いて、ふらりと男は書庫を出ていく。

慌てて気配を追ってみれば、どうやら男は少女がいる方へ向かっているようだ。


いやあ……グレスディの声、初めて聴いたな……びっくりした。

少女が日本語で泣きわめいていたのも驚いたが、それ以上に、グレスディが呟いたのも日本語だっていうことにも、私は驚いたぞ。

だが魔王退治が終わってから、召喚魔法のような魔力はユイリの時ぐらいしか感じなかったしな。

魔女もグレスディに関してはなにも……。


もしかして、あいつ転生者なのか?


『え? ……私の周り、日本人集まってきてないか?』


そもそもの話、異世界者が迷い込むこと多くなってないか?

そんなまさか……私の気のせいか?


ええいっ、魔女っ!

早く帰ってこーい!!



 

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