1.ほんと、きもちと、とあるまじょ
わたしは、本。
いっさつの本。
私は、一冊の、魔導書。
今は魔女の持ち物。
魔導書――それは『グリモワール』と呼ばれる。
魔術の道を極めんとする者にのみ意味がある書物こそ、魔導書である。
ありとあらゆる術式や魔術についての知識がつめこまれた貴重な書。
ざっくり言うならこれでいいが、『魔導書』は二通りの側面がある。
ひとつは、内容が難解で複製が難しいこと。
無理に複製した劣化版は『魔導書』としての価値がほとんどない。
結果的に冊数が少なくて価値が跳ね上がるために、多くは国そのものが、もしくは高名な魔術師たちが所有している。
いわゆるマニア好みのオンリーワンな本。
もうひとつは、『魔導書』そのものに魔力があること。
製造法が確立した今世で紙そのものは珍しくないが、中でも魔術師が術式に用いる専用紙は、魔力を宿りやすくしている。
というのも紙を媒介にして、高度な術式を発動させることもあるからだ。
そうして何百頁も綴られ描かれ、その全てに魔力が宿ればどうなるか。
言うまでもなく、人の持てる魔力量をたやすく超える。
いうなれば、本の形をした魔力の塊。
だからこそ力を求める人々の手から手へと流れては、奪い奪われる。
ある時は裏オークションの目玉になり、ある時は戦争の原因となった。
人が死に、国が壊れ、文明さえも滅びかけ。
禁忌と呼ばれた『魔導書』もある。
つまり、私がそれである。
私は元々は人間だったけれど、魂を魔導書の生贄にされてしまった。
私という魔導書を作った魔術師や、それ以降に私を手にした持ち主たちは、様々な禁忌をやり遂げた。
どうやら魂と魔力は密接な関係らしく、私という魔導書は魔術を行使するたびに、人間の魂を食べさせられて魔力を得た。
食べた数は覚えていない。数えても発狂できなくて空しいだけ。
いつしか私の持ち主は、ある国の魔女だった。
魔女が言うには、ため込みすぎた私の魔力は大きすぎて、逆に害になるらしい。
だから魔女がゆっくり時間をかけて、その魔力を取り出していくそうだ。
破損してもすぐ魔力で治ってしまうから、私をどうこうすることはできない。
理屈は分かる。
「うーんと。だだっぴろくて、とてつもなく巨大で、泳げるほどのコップがあるとするでしょ? その中に、とてつもなくすっごく美味しくて、濃さマシマシな水がたっぷり入ってるの。それを一息に飲んだり、捨てたりすることはできないから、少しずつね」
『コップじゃなくてプールでしょ、それ』
魔女は人間に語りかけるように、私に話しかける。
私もつられて、人間だった時のように言葉を返す。
水でも魔力でも、何でもいい。
私という魔導書の魔力が空っぽになる日がきても、きっと私は、人間に戻ることはできない。
でもいいのだ。
私は人を殺しすぎた自覚があまりある。
このままの状態なら、半永久的に殺し続けてしまうから。
死ねるかは分からないけれど、ただの本になって殺すことがなくなるなら。
私はその日まで、魔女の元で生きていきたい。