黒白涜聖の爪痕
とある企画で【幼女】【大統領】【カニバリズム】のお題を元に書き上げた短編です。
先にお断りを入れておきますとこの短編小説は現実に起こっている人間狩りの要素を組み込んでいますので、御不快に感じられる方もいらっしゃると思います。
その場合はブラウザバック推奨です。
それでも宜しければお楽しみ下さい。
タンポポの綿毛に火を点けると、どうなるか知っているだろうか?
春先から土手や道端でよく見かけるあの黄色い花、それが枯れた後に真ん丸に蓄えるあの玉だ。
燃える?
正しいが正確ではない。
答えは──【一瞬で燃え尽きる】だ。
燃焼速度が速すぎて、茎や葉に燃え広がることなく消えるように炎に撫でられ、跡形もなく燃え尽きる。
きっと熱さを感じる間もないだろう。
綿毛は種子を風に乗せて異郷の地へ運ぶ繁栄の手段だ。種子を失えばそのタンポポの未来は剪定される。
SNSか何かで偶然見たその光景に、私は酷く感銘を受けた。
哀れで、儚く、残酷で、人の愚かさで飾られる一瞬の散り様。
数秒に満たないエゴで消費される命がこうも人を魅了するなら、凡庸な芸術家崩れの私でも誰かの心に爪痕を残せるかもしれない。
美でも、感動でも、共感でもない。
私が人に残すのは爪痕がいい。
ああ、しかし困った。
創作意欲はこんこんと湧き上がっているのに、この原動力を形にするビジョンがまるでない。もどかしさに脳がかゆくて仕方がない。
タンポポだけのインスピレーションでは何かが足りない。
いいや、そもそも私という芸術家はいつだって中途半端だ。
芸術大学すらまともに卒業出来なかった私の名前など認知度は皆無、世に出した作品が世人の眼に触れた事など殆ど無いだろう。
それこそフワフワと綿毛の様に一時ばかりの衝動に流されては、行き付いた先で根を張り切る事すらせずに枯れていった。
定職に就かずに浅ましくも芸術家と名乗っているのも、別に資格の有無が問われるわけでは無い程度の理由さ。
だから私はもっと強烈なエゴの塊に触れる必要がある。
この情動に欠けた私の人生をひっくり返す様な、人間のエゴをこの身で浴び尽くそう。
だが焦ってはいけないよ、私。熱されやすく冷めやすい性格なのは生まれてからの付き合いで承知済だろう?
せっかく芽生えた創作意欲だ。大切に育まなければ直ぐに枯れてしまうさ。手始めこそが肝心だ。
なら、そうだな。ここはひとつ、僕を魅了した“死”にお近づきになろうじゃないか。
✝ ✝ ✝
「馬鹿な事はやめなさい! 何があったかは知らないが君にだって悲しむ家族や友人がいるだろう。そこから飛べば人間なんて水風船と同じだぞ」
何やら下が騒がしい。パトカーに、テレビカメラ、あと何やら人集りも出来ている。
私がいま立っているのは15階建てのビルディングの屋上、そのへりにいる。
手っ取り早く死を感じ取ろうと此処に来たが、妙な勘違いをした連中から注目されてしまったのは失態だった。
警察は兎も角、連中の大多数は別に本気で私の命を案じてはいない筈だ。
テレビで報じられる非日常にバッタリ出くわしたが為に、平和に飼い慣らされた脳が過剰反応しているに過ぎない。
あれもあれでエゴなんだろうが、スパイスとしては大分物足りない。違う気がする。彼等は無視しよう。
かといっても高所から得られる“死”も私が求めていたものとは全然違う気がする。
文明社会の象徴たる建造物が群雄割拠するこの光景を俯瞰するのは存外気持ちのよいものだったが、お蔭で私という個人が如何にちっぽけな存在かを再確認してしまった。
私が日々見てきた世界というのは、世界の爪先にも満たないミクロな範囲だったらしい。
高所からの眺めは壮大だ。繁栄に邁進する人類を下らないと斜に構えて吐き捨てた過去が洗い流されるようだ。地上というのは実は世界と個を隔てる壁なんじゃないか。
まったく、この壮大さには恐れ入る。早くも萎えそうだよ。
無数にいる人々の心に傷痕を残すのは、生半可なエゴじゃ唯のインパクトで終わってしまう。
ああでもこの場でピョンピョン飛び跳ねるのは、存外悪くない。
一歩踏み外せば地上へ真っ逆さま。肺腑を這いずるような悪寒は絶叫マシンのそれとは比べ物にならないね。ギャラリーの悲鳴だけが耳障りだが……うん、貴重な経験ではあるな。
だが別の何かを探さないと。
取り敢えず帰ろうと囲いのフェンスをよじ登った時だった。
シット!
腕をフェンスが破れた所に引っ掛けた。クッソ痛い。
結構派手に皮膚を裂いてしまったようで、パックリと開いた傷口から肉が見える。外出用のシャツが真赤に汚れてしまったよ。
私は子供の頃から血が苦手でね。
【我が子を喰らうサトゥルヌス】をうっかり眼にしたその日なんかベジタリアンになる事を本気で検討したほどだ。
ああ、しまった! 余計な事を思い出してしまった。
しかも血が口に入ったせいで余計生々しい。不摂生の賜物か鉄臭さより舌に纏わりつくベタつきの方が不愉快だ。
ん? しかし待てよ。
僕はいまも血は大嫌いだが、成人した今ではホルモンの類は割と好みだ。
あまり考えた事は無かったが、もしかしたら他人の血──それもとびっきりの健康優良児の血肉だったらどうなんだろう?
豚や牛みたいな家畜と同じ、繁殖と生育、出荷に至るまでを完璧に管理された人間だったら……。
嫌々、有り得ないぞ私よ。
確かにエゴに締めくくられる命の儚さに僕は魅了されたとも。
だが人間そのものに手を出せば唯のイカれた犯罪者に成り下がるだけだ。
いまのは忘れるべきだな。
ああ、でも考えてしまうな。
食べられる為だけに生れてきた人間。
──彼ないし彼女の最後は、どんな散様なのだろう。
✝ ✝ ✝
「二度とあんな馬鹿な真似はしてはいけないよ、いいね?」
ビルから降りた後、警察に連行されてこっぴどく叱られた。
ただまあ対応した年配の警官は叱るだけでなく色々と親身に接してくれた。悩み事、経済事情、家族関係で苦しんでいたんじゃないか? みたいな感じでね。
一応悩める羊には間違いないが、私は其れほど思いつめた顔をしていただろうか?
解放される頃にはすっかり日は沈んでいた。
太陽に代わってネオン看板が煌々と頭上で輝く街並みを見ると、人類の繁栄欲が剥き出しになっている様にいつも思えてならない。
ただ高度な科学文明は夜を退けても闇を排する事は叶わない。むしろ繁栄が産み落とした闇は底を深めるばかりだろさ。
ちょっと暗がりに脚を運べば手探りでも何かに触れるはずさ。
貧困、差別、病気、薬、そして生まれた場所。
子は親を選べない、とはよく言ったものだ。
酒浸りのギャンブラーなんかが身内にいてみたまえ。労働は搾取と同義に成り、切除しない限り家庭を蝕んで最後にはみィんな落ちるとこまで堕ちる。
幸いには私の家庭は平凡そのものだった。家庭事情だけじゃない、経済事情も両親もつまらないほどに平均的だ。
そう、平均的だ。何かが特別優れても、劣ってもいない。
そんな両親が授かった私だ。能力もそれ相応。芸術なんて才能と感性がものを言う世界によくぞまあ飛び込んだものだ。
おお、神よ。我が愚行を何故咎めなかったのですか。私が無神論者であるからか。それが神のすることか!?
けれども責任転嫁は大変見苦しいものだ。
お蔭で早速天罰が下りそうだ。
……適当な事を考えていたら道に迷ってしまった。
近道しようと路地裏に入ったのが不味かったね。この辺は道が入り組んで地元民でも迷い易い。
『ようこそろくでなし共!』なんて壁にある様に、此処は頭の螺子が飛んだばかりか、知性も蒸発している様な奴らの巣窟だ。
とっととお暇するのが無難だね。
「御兄さん、御兄さん。幸の薄そうなそこの御兄さん。貴方さっき飛び降り自殺しようとしていた人だろ?」
ゴミ袋が積まれたドアを横切ったときに声を掛けられた。
振り返ればいつの間にかスリーピース姿の男が立っていた。さっきまではいなかったはずだ。
飛び降り? 失敬な。あれは創作活動の一環なのだよ。あと幸が薄そうって何だね。
「おっと此れは大変失礼致しました。未来の大芸術家。実は中継で貴方に親近感の様なものを感じたのです。良ければ店に覗いていきませんか?」
訪ねている癖に男は私の肩を取って扉の奥へ連れ込んだ。
扉の先は直ぐに下り階段になっており、その先にもう一枚の扉があった。
胡散臭いを通り越して犯罪臭しかしないが、不思議な予感があった。彼には私が求める何かを齎してくれるのではないかと。
店は小さなバーだった。
私をカウンターに着かせると、男は冷蔵庫からボトルを取り出し、中身を2つのカクテルグラスに注ぐ。ドロッとした赤い液体だ。
「私はある食文化の布教活動に注力していまして、これはその為の商品です。お近づきの記しに、どうぞ一杯」
乾杯とグラスを掲げると、男は実に美味そうに喉を潤していく。
しかし、私の予想が正しければこの赤い液体、間違いなく酒ではないだろう。
恐る恐る口に含み、そして眼を剥いた。
やはり血だ。
直ぐに吐き出そうとしたが、衝撃のあまり嚥下してしまった。水と違って喉に張り付いて私は激しく咳き込んだ。
何てものを呑ませるんだと、文句が口を突きかけたところで、ふと奇妙な戸惑いを覚えた。
唇に付着した血液を舐めとると、戸惑いは確信へと移ろう。
美味い! 自分の血では得られなかった味に、私は多幸感さえ覚えた。
「やはり貴方にはシンパシーを感じる。宜しければ原材料から味わって行きますか?」
私の反応が琴線に触れたのか、男は奥の扉へ手招きする。
多分私はいま人生の岐路に立っている。
あの扉は一方通行だ。潜れば後戻りは出来ないだろうね。
でもこの高鳴る心音が行けというのだ。あそこには私が求める“エゴ”があると己が内の悪魔が囁いている。
ならば行こう。
芸術家は我が身を突き動かす刹那の衝動に身を委ねてこそだ!
店の奥へ足を運んだ私は、そこで自身の予感が正しかった事を知る。
「さっき貴方が口にしたのは20代の若い女性のものでしてね。ただ私のお薦めはもっと未熟な童女なんですよ」
狭いバックヤードの大半を占拠する重厚なテーブル。
その上に毛布で覆われた小さな人形が横たわっていた。
「ちょうど農園から入荷したばかりの希少品でしてね。知っていますか? 彼女達を食べると幸福が舞い込んで来るらしいですよ。まあ養殖はその範疇に含まれるかは知りませんがね」
毛布が剥ぎ取られると、そこには真白な黒人がいた。
✝ ✝ ✝
「アッハハハハハ! ハハ、っッああはははは!!」
アパートに帰ってからというものの、私は狂ったようにキャンバスに筆を振るっていた。
描いているのは脳裏に克明に焼き付いた、あの店で見た幼女の最後だ。
あの子の血肉が怨念となって私の手を動かす様だ。
何たる大罪、何たる傲慢、何たるエゴだろうか。
あれこそ私が求めた“死”。
人間が産み落とした悪性腫瘍に消費される散り際だ。
カニバリズムなんてちんけな代物じゃない。
根拠のない幸福と神聖を盲目的に信じる顧客へ、ただ出荷される為だけに生れ堕ちた家畜。
神よ! 何故私を罰しない。私は大罪人だぞ!
私は己が欲求を満たすが為、あの幼女の死後さえ辱めんとする悪だ。
貴方の沈黙は、私という悪性を肯定する事と同義。
まだか、まだ私に天罰を落さないか。
ならばご照覧あれ。
哀れで、儚く、残酷で、人の愚かさで飾られる幼き命の末路を。
この作品が人々に齎す傷痕を!
✝ ✝ ✝
完成した作品を私は代理業者に仲介して市場へと出品した。
驚く事に作品はかなりの高値で売れて、数か月ばかりは生活に困りそうにない。
ただ例の店に出入りしたことはいずれ警察に知れるだろう。自由はそれまでだ。
真昼間から上等な酒を片手にテレビで大統領の演説を聞き流していると、来客を知らせるベルが響いた。
「ご無沙汰ですね。ちょっと失礼しても宜しいですか?」
ドアを開けると例の店の男が立っていた。逃避行の荷物なのか、大振りのキャリーケースを手にしている。
いよいよ私も年貢の納め時かね?
「実は贔屓にしている顧客の御依頼を仲介しに来たんだ。ちょっとお話を聞いて貰いたい」
こちらの返答も待たずに男はスマホを押し付けてきた。
「やあ。君の作品素晴らしいものだった。不躾で申し訳ないが、私宛にもう一仕事頼みたくてね。報酬と題材は彼に渡している。確認してくれたまえ」
何処かで聞いた事のある声だった。
名前を訊ねると何故だか大爆笑されてしまった。
その理由は直ぐに分かった。
世俗に疎い私だって彼の名は毎日の様に耳にしている。
電話の声はいまもテレビで、星条旗を背後にリポーターに応対しているその人によく似ていた。
「私は君のファンの1人さ」
通話はそれで切れた。
「さあ大芸術家。大御所からの御依頼だ」
男が旅行鞄を倒すと、反動で開く。
中身は大量の札束と共に詰められた──いいや出荷された、白い幼女だ。
黒人のアルビノはアフリカの地域では神聖視されており、人身売買の標的になっているようです。
奴隷の様に生きたまま扱われるならマシな方。
解体され様々な理由で売買されるそうです。
単に金銭目的、呪術の道具、神聖視されているが故に政治家はお守り代わりに求めるという話もあります。
この作品のキーワードの一つ、カニバリズムの側面もあります。
※注意
この作品は【アルビノ狩り】を推奨するものではありません。
また法的、倫理的に問題ありとの御意見・御要望があれば即削除に移る次第です。