Cafe Shelly 夢を追いかける男
もうたくさんだ。いい加減やめよう。そう言ってぼくはパソコンを閉じ、今度こそ決意をした。
何をやめるのか? 夢を追いかけること、これをもうやめようと思っている。これ以上夢を追っても、ぼくには才能がないのだから。
どうしてこんなことを思ったのか。これで何度目だろう、ありとあらゆる小説の公募に出して。けれど入選にもひっかからない。こんなはずじゃなかったのに…。いまさらだけれど、会社を辞めたことを後悔している。でも、現実は今の姿。
そろそろアルバイトに行かなきゃ。そうして今夜もコンビニのアルバイトへと足を運ぶ。
「相田くん、どうだった?」
コンビニに到着するなり、オーナーからこの言葉が。ぼくがこの前応募した賞の発表が今日だと伝えてあるからだ。
「はぁ、またダメでした。ぼくはもうあきらめます」
肩を落としてそう報告する。オーナーはそれ以上何も言わない。今度こそは、そう意気込んで書いた小説だったのに。
ぼくが夢を追いかけて、会社をやめてから三年。昔から小説家になることが夢だった。その夢を忘れられずに、二十代の半ばから小説を書き始めて。知り合いに見せたりブログに載せたりして、ぼくなりにそれなりの手応えを感じていた。しかしプロの評価は厳しい。ぼくの小説なんて、所詮は素人に毛が生えたようなもの。世界観も独特すぎるし。
ぼくが書いているのは、いわゆるファンタジー小説と呼ばれる分野。天使が出てきたり、美女が剣を持って戦ったり。ありきたりの、ゲームにも出てきそうな世界観ではあるけれど。その中でも恋愛をうまく取り入れたり、勇気や希望、そして感動といったものを含んだものを書いたつもりなのだが。どうしてもそれがプロからは受け入れられないようだ。
オーナーにも読んでもらったことはあるのだが。その時の感想はこれだった。
「うん、まぁいいんじゃない。私にはちょっとよくわからない世界だけど」
このとき思ったのは、オーナーはこの小説の対象年齢じゃないからそういう意見なのだろうということだったのだが。中高生にウケればいいんだと思って、あまり意見を重要視していなかったけれど。
でも、やはりオーナーの言葉通りだったんだろうな。おそらくぼくの世界観はぼくにしかわからない世界なのかもしれない。そこからどうしても抜けきれなくて。書くもの全てが似たようなものになる。
やはりぼくには才能ないんだろうなぁ。そうやって肩を落として落ち込む一方だ。
「おい、相田じゃないか。久しぶりだなぁ。お前、ここで働いていたのか?」
深夜のコンビニで、目の前のお客さんのレジを打っていた時に突然そんな言葉をかけられた。最初は誰だかわからなかったのだが。よく見たら、高校時代の友人のミツヤスだ。ミツヤスとは高校を卒業して以来だから。何年ぶりになるんだっけ? にしても、こいつむっちゃ変わったなぁ。
ミツヤスはスーツをビシッと決めて、髪の毛も今風ではあるがビジネスマンって感じで。手にはアタッシュケースなんか持っている。こいつ、高校時代は茶髪に染めてて、ちょいワルのヤンキースタイルだったのに。といってもワルにはなりきれない、ちょっと面白いやつって感じだったけどな。
「ミツヤス、お前今何やっているんだ?」
「オレか、オレは今自分の夢を追いかけているんだよ」
「なに気取ったこと言ってやがんだよ。でも、お前夢ってお笑い芸人になることじゃなかったっけ?」
ミツヤスは高校時代は結構人を笑わせることが好きで。あの頃は卒業したらお笑い芸人になるって息巻いてたな。それがどうしてこんなビジネスマンスタイルなんだ? そのことを聞いてみた。
「ははは、確かに売れっ子芸人にはなれなかったけどな」
「じゃぁ、夢をあきらめたのか?」
「いや、そうじゃない。気づいたんだよ、オレの夢の本質に」
「夢の本質?」
どういうことだろう。ちょっと興味が湧いてきた。
「実はな、オレは半年前まで東京でお笑い芸人やってたんだよ。まったく売れなかったけど。まぁこの世界、そういう奴はゴロゴロいるんだよな。ほとんどバイトで食いつないでたんだけど」
まるで今のぼくのようだ。
「でもな、半年前に地元にちょっと帰ってきたときにおもしろいところに連れられてな。そこで目覚めたんだよ。夢の本質に」
「おもしろいところって?」
「まぁそれは後から話すよ。でな、そもそもオレは何のためにお笑い芸人になろうと思ったのか。そこに気付かされたんだ」
「何のためなんだよ?」
「オレは笑うことで人を幸せにしたい。笑いってのは最近の研究で、人間の免疫力を高めて病気を治す作用もあるんだってよ。知ってたか?」
「聞いたことがあるよ。それと今のお前と、どうつながってるんだよ?」
「そこなんだよ。じゃぁ人を笑わせるのって、お笑い芸人だけかってことだ」
「まぁ、それだけじゃないよな」
「だろう。だからちょっと頭をひねって考えたんだ。そしたらいいビジネスを思いついてな」
「いいビジネスって?」
ボクはだんだんとミツヤスの話に引き込まれてしまった。ありがたいことに、この深夜の時間帯はお客さんがほとんど来ない。ミツヤスの話をじっくりと聞ける。
「笑いのためのセミナーをやり始めたんだよ。笑うことで人を、組織を、そして社会をどう変えていくのか。ありがたいことに、今は介護施設や病院から講師の依頼が多くてな。それなりに食えるようになってきたよ」
「じゃぁ、そこのスタッフとかに笑いについて教えて、そして患者の免疫力を高めようってことか?」
「それだけじゃない。スタッフ同士のコミュニケーションを良くするためにも、笑いをうまく取り入れようってことだ。オレは漫才教室をやっているんじゃない。もっと笑いの本質的なところを伝えているんだよ」
目の前のミツヤスがぼくにとってはとても輝いて見える。まぶしすぎて直視できないほどに。
「で、相田は今何をやっているんだ?」
「今って…」
ぼくは返事に困ってしまった。今日、小説家をあきらめるって思ったばかりなのに。
「み、見ての通りコンビニの店員だよ」
「それはお前の仮の姿、だろう? 昔から小説家になりたいって言ってたじゃねぇか。まだそれを追っているんだろう?」
ミツヤスの言葉にぼくは何も答えられなかった。
夢を追い求めていく。もうそんな自分に疲れていた。けれど、まだ追い求めていたい自分もいる。
「どうやら夢を追い求めるのをあきらめようかどうしようか、迷っているって感じだな」
「えっ!?」
図星を言い当てられてドキッとした。
「やっぱそうか。なぁに、オレもそういうときがあったからな。そんなときにあの店に出会ったんだよ」
「あの店って? そういえばおもしろいところに連れて行かれたとか言ったな」
「あぁ、売れない芸人のときにお笑いライブで地元に帰ってきた時に、ライブを主催してくれた社長さんに連れて行ってもらったんだ。喫茶店なんだけど、ここの魔法のコーヒーを飲んで自分に気づいたんだよ」
「魔法のコーヒー?」
「そう、これを飲んだおかげで、そしてそのお店のマスターのおかげで今の自分を見つけられたんだ」
「そ、それどこにあるんだ!」
思わずミツヤスに喰い付いてしまった。
「ははは、どうやら相田も夢を追い求め続けたいようだな。わかった、明日の午後は空いてるか?」
「まぁ、ありがたいことに昼間は暇で…」
「じゃぁ駅前の噴水のところで待ち合わせでいいか? そうだな、二時くらいがいいかな」
ミツヤスはそう言ってコンビニを去っていった。その姿もかっこいい。ぼくもあんなふうになれるのだろうか?
全ては明日。その明日に期待をしている自分。ぼくはまだ夢を諦めるのは早いのだろうか。うん、そうに違いない。じゃなければ、神様はこんなふうにぼくにチャンスを与えくれるわけがない。そんな思いでアルバイトの時間を過ごした。
翌日、午前中は寝て午後に待ち合わせの場所へ。ミツヤスは先にきていた。
「待ってたぞ。さ、いくか」
そう言ってミツヤスは歩いて行く。ぼくはそのあとを追うようにして行く。行く途中にミツヤスにどんな店なのかを尋ねるが、それについてはお楽しみということで答えてくれない。それよりもミツヤスはぼくのことを聞いてくる。おかげで小説家になるために会社を辞めたこと、いろいろな賞に応募しては落ちていること、昨日小説家を諦めようと思っていたことなどをつい話してしまった。
「いやぁ、それはすばらしいねぇ。相田はいいよ、うん、いい」
ぼくが話すたびにミツヤスはそんな言葉を連発する。どれも失敗談なのに、どうしてそれがいいのだろうか? だが、そう言われて悪い気分はしない。ミツヤスの言い方には嫌味がないからな。
「ここだ、ここの二階にあるんだよ」
着いたところは見た目にも賑やかな通り。車一台が通る程度の通りなのだが、その両端にはブロックでできた花壇がある。だから実際の道幅は思ったより広い。道はパステル色のブロックで敷き詰められている。そのおかげでワクワク感が高くなる。
ミツヤスが案内してくれたお店はカフェ・シェリー。小さなビルの二階にある。
カラン・コロン・カラン
ドアを開くと心地よいカウベルの音。同時に広がるコーヒーの苦味ととクッキーの甘い香り。これがいい感じにブレンドされて鼻の奥を刺激する。
「いらっしゃいませ」
聞こえてくるのは女性の声。これもまたいい。実際の目の前に現れたのは、髪が長くてかわいらしい店員さん。
「マイちゃん、友だちを連れてきたよ」
「ミツヤスさんいらっしゃい。お友達さんもいらっしゃいませ」
「あ、はい、こんにちは」
ぼくは女性に免疫があまりないので、ちょっとおっかなびっくりのあいさつになってしまった。
「ミツヤスくん、いらっしゃい」
今度はカウンターから渋くて低い男性の声。この店のマスターなのだろう。見た目もいい感じに渋い。
「マスター、こちら高校時代の友人の相田っていうんだ」
「ど、どうも」
ちょっと恐縮しながらあいさつ。店員のマイさんに促されるまま、ぼくたちはカウンター席に位置した。
「マスター、相田は半年前のオレと同じなんだよ。だからシェリー・ブレンドで目覚めさせて欲しいんだ」
「半年前のミツヤスくんかぁ。あの頃はお笑いをやめようかって悩んでいたね」
「そういうときもあったなぁ。さすがに芽が出なくて、人生こんなんでいいのかって思ってたよ」
わずか半年ほど前の話なのに、ミツヤスはずいぶん昔のことのように話す。それだけ過去のことになってしまった、ということなのだろうか。
「相田さんは何かを諦めようと思っていたのですか?」
マスターのストレートな質問にドキッとした。
「あ、はい…小説家になるのをあきらめようかと思って…」
「小説家、いいねぇ。私も普段からたくさん本を読んでいてね。小説もよく読みますよ。ぜひ作品を読ませてください」
小説家をあきらめようと言っているのに、マスターはそんなことも気にせずにぼくの作品を読みたいと言ってくれる。そういえば人に作品を読んでもらうのって、コンビニのオーナー以外いなかったな。
「そういえばお前の小説って読んだことねぇな。オレにも読ませろよ」
ミツヤスも乗り気だ。
「えっ、いやぁ、そう言われると…ちょっと照れるなぁ」
「何言ってんだよ。小説は人に読ませるためにあるんだろう?」
その言葉にドキッとした。
あれ、いつからだろう。ぼくは人に小説を読ませようということをしなくなったのは。書き始めの頃は、一作書いたら人に読ませたくて押し付けるように紹介していたんだけど。気がついたらそれもしなくなっていた。自分の世界だけに没頭して、自分で満足して終わっていた。
そもそもボクが小説家になろうと思ったのはどうしてなのか? 自分が書いたもの、書いた世界をわかってほしくて。自分の能力を認めてもらいたくて。けれど、なかなかその世界が、能力が認めてもらえなくて。そして今に至る。
そう考えたらだんだん元気がなくなってきた。ぼくは本当は小説家に向いていないんじゃないかな。黙りこむボクに、ミツヤスは背中を叩きながらこう言う。
「わはは、完全に半年前のオレになってるな。大丈夫、ここのシェリー・ブレンドが相田の心の真実を見せてくれるから。マスター、コーヒーまだ?」
「はいはい、もうすぐできるよ」
顔を見上げると、マスターがゆっくりとお湯を注いでいるのが見えた。その表情はにこやかで生き生きしている。
「はい、お待たせしました。当店特製コーヒー、シェリー・ブレンドです。飲んだらぜひ感想を聞かせてくださいね」
そう言って出されたコーヒー。見た目は普通だ。カップを手に取り、その香りを味わう。うん、これはいい。
ぼくはコーヒーにはちょっとうるさい。コーヒー通を気取っているわけではないが、このぼくが香りだけでいいと判断したのは久しぶりだな。味も期待できそうだ。早速、コーヒーを口に運ぶ。
ほどよい苦味、そして酸味。なかなか深い味わいがするな。まるで人の心の奥にある何かを引き出してくれる。そんなイメージが湧いてくる。
そうだよ、ぼくもそんな作品が書きたかったんだ。ぼくの小説を読んで、自分の心の奥にある情熱、夢、希望。こういったものを引き出してもらいたい。だが今のぼくの作品はどうだろう。ただ単に、自分の世界観を読者に押し付けているだけじゃないか。剣と魔法が織りなすファンタジーの世界。いくらそこにオリジナルの世界観があっても、それは単にボクの価値の押し付けでしかない。
そうじゃない、ボクはみんながもっている、自分だけの価値観を引き出したかったんだ。だから小説を書こうと思ったんじゃないか。それを忘れていた。
「お味はいかがですか?」
マスターのこの言葉で我に返った。いつの間にか自分の世界に入ってしまっていたようだ。
「あ、すごくおいしいコーヒーでした。なんだか心の奥にあるものが引っ張りだされたような感じがしました」
「なるほど、それが相田の望んでいたことか」
ミツヤスが笑いながらそう言う。どういうことだ?
「相田さん、他に何か感じましたか?」
「え、えぇ。自分がなぜ小説を書こうと思ったのか。それを思い出させてくれましたね。ぼくはもともと、ボクの小説を読んだ人たちが心の奥にある情熱、夢、希望。こういったものを引き出して欲しいと思ったんです。けれど、今のぼくの小説にはそんなものがない。ただ自分の思った世界観を押し付けているに過ぎない。そう感じたんです」
すると、ミツヤスがさらににやりとしてこう言い出した。
「相田、半年前のオレと同じだな」
「えっ、半年前のお前と?」
「あぁ、オレもどうしてお笑いを始めたのか。そこを見失っていて、どうすればウケるのかってことしか見えてなかったんだよ。あのときは苦しかったなぁ。そこを社長に見抜かれて、この店に来てシェリー・ブレンドを飲んで気づいたんだ」
「気づいたって、どんなことを?」
「昨日言ったろ。オレは笑いで人を幸せにしたいんだって。だったら、別にお笑い芸人じゃなくてもいいじゃないか。笑い、というものの効果や作用、さらにはどうすればみんなを笑わせることができるのか。それを広げていくことのほうが大事なんじゃないかって。オレが笑わせるんじゃない。オレから学んだ人たちが周りの人を笑わせる。そういう方向もアリだって気づいたんだよ」
「なるほど、そういう考えもあるわけだ。ミツヤスは思い切った方向転換をしたなぁ」
こう自分で言って気づいた。ぼくも方向転換をする時じゃないかって。いつまでもファンタジーの世界にしがみついていても意味は無い。本当にやりたいことはなんなのか。それをもう一度じっくり考えてみて、そして違う分野に転向するのもいいのかもしれない。そのことをミツヤスとマスターに話してみた。
「目標と目的、ですね」
マスターがそうつぶやいた。
「目標と目的?」
「相田さん、今までの目標ってなんでしたか?」
「目標…そうですね、なんでもいいから小説の賞をもらってプロ作家デビューすることです」
「では目的は?」
「目的…目的って、目標とどう違うのですか?」
「ミツヤスさん、説明してあげてください」
「説明するぞ。目標ってのは今相田が言ったみたいに、どこまで行くのかという到達点のことを言うんだ。ゴールってやつだな。お前の場合は賞をとって作家デビューすることだろう。じゃぁ、それはなんのためにやるのか」
「なんのために…」
「そう、なんのためだ?」
「それは…ぼくの小説を読んで、自分の心の奥にある情熱、夢、希望。これを引き出してもらうために…」
「それが目的だ。つまり目標に向かうための理由のことだな。じゃぁ一つ質問。目標と目的、どっちが大事だ?」
「そりゃ…」
と言いかけて悩んでしまった。どっちが大事なのだ? ぼくは今まで目標しか見えていなかった。けれどそれはなかなか叶わない。
ミツヤスもそうだった。お笑い芸人になって売れっ子になって、でもそれは目標。しかし、カフェ・シェリーに来てシェリー・ブレンドを飲んで気づいた。自分の目的は何だったのか。だから目標を変えた。そして今、うまく行き始めた。だったら…
「目的、か?」
「そう、その通り。目的は変わることはない。自分が向かうべき方向だからな。しかし、そこに行くには何通りもの道がある。その道の途中にあるもの、それが目標だ。目標ってのは変わってもいいんだよ」
「目標は変わってもいい…」
その言葉はぼくにとっては衝撃的だった。今まで賞をとって作家デビューすることしか見えていなかった。そこしか見えていなかったから、気がついたら自分の方向性がいつの間にか変わっていた。
本来ぼくが進むべき道。それは読んだ人の心の奥にある情熱、夢、希望を引き出すこと。じゃぁ、もっと別の道があってもいいってことか。でもそれは…
「相田、悩んでるな?今思っているものとは違う道は何なのか?」
「ミツヤスにはバレバレだな。ぼくはこれから小説家としてどんなことをやればいいんだ?」
「小説家、という枠自体からも外れてみるのもいいのかもしれないぞ」
「小説家から? でも、小説家を外れてしまうと書き物で飯を食うってことできなくなるんじゃないか?」
「本当にそうかな?」
ミツヤスはそう言うが、ぼくの中では小説家以外に考えられない。
「おそらく、相田さんが考える以外の道もたくさんあるはずですよ」
マスターがにこやかな顔でそう言ってきた。
「小説家以外に、ですか?」
ぼくにはまだそれが考えられない。それを見透かされて、ミツヤスがこんなことを言い出した。
「相田、しばらくカフェ・シェリーに通ってみるといいぞ」
「カフェ・シェリーに? どうしてだよ」
「ここにいるとな、いろいろな物が見えてくるんだ。そしていろいろな情報が入ってくる。そこからヒントをもらって新しい方向を見いだせるかもしれない」
「ミツヤスさんがそうだったもんね」
店員のマイさんが会話に加わった。
「ミツヤスさん、朝からずっと店にいていろいろな人と話してたもんね。そしていろいろなヒントをもらって。そしたら見えてきたって言ってたね」
「そうなんだよ。人と話をしていると、アイデアが色々湧いてきてな。そして今の事業が形になったんだ。そうそう、この事業は新しい形だからって、商工会議所の人にすすめられて経営革新ってのも申請したんだよ。これが通れば、融資とか良い条件で受けられるし。事業計画書なんてのも初めて書いたな」
ミツヤス、しっかりとした経営者なんだな。高校時代はあんなにちゃらんぽらんだったやつが。人をそこまで変えるのなら、ぼくもそれにかけてみよう。
「わかりました。早速明日からここに通わせて頂きます。でも、ご迷惑じゃありませんか?」
「うちはありがたいくらいですよ。ぜひいらしてください」
こうしてマスターのご好意でカフェ・シェリー通いがスタートした。ただ喫茶店にいるのもなんなので、ぼくはノートパソコンと本を持ってきて、いろいろな作品を読んではアイデアをパソコンにまとめていくことにした。
家で本を読むのと違って、このカフェ・シェリーで読むとまた違った発見がある。なるほど、こういう表現があるのか。そうか、こんな展開もありだな。あらためて自分の表現が稚拙であったことを思い知らされた。
自分の文章だけでは表現しきれない。なにかあとひとつ、ここにプラスアルファの要素があれば。けれどそれが何かが見えてこない。
さらに困ったことに、ミツヤスが言っていたような出会いがない。ぼくはミツヤスと違って引っ込み思案な性格。なのでお客さんに話しかけたり、なんてことができない。マスターやマイさんが時々話し相手にはなってくれるけれど。それだけじゃ新しいものが見つけられない。
今までにない新しい自分の世界。それは何なのだろう。今までは空想の世界だけで勝負してきた。けれど、もっと違う分野も求めないと。
そんなとき、ある一冊の本と出会った。弁護士が主人公の物語。この本の面白いのは、実際に有りそうな裁判の問題をクローズアップしているところ。裁判の落とし穴が描かれている。
「なるほど、こんな社会派のドキュメンタリータッチもおもしろいな。でも、ぼくにはそんな知識も経験もないし…」
これは悩みどころ。いくら書きたいと思っていてもネタとなる情報がない。せっかくいいチャンスだと思ったのに。
そう思った次の日、ぼくはいつものようにカフェ・シェリーの窓際の席でパソコンを広げて本を読んでいた。今日は一つ席を空けて、隣にかわいらしい女性がお客さんとしてきている。こんな子と知り合いになれたらなぁ。ミツヤスだったらきっと声をかけているんだろうけれど。でもボクにはそんな勇気はない。
しばらくすると男女の二人連れが真ん中のテーブル席に登場。男性の方はこの店で何度か見たことがある。女性の方は初めてだ。どうやら男性の方にすすめられて、シェリー・ブレンドの魔法を体験しに来たようだ。ぼくとミツヤスの関係と同じだな。
なんとなく会話が気になりながらも本を読み進める。女性の方は社労士になりたてで、どうやったらお客さんを見つけられるのか、そこに困っている様子。
ここで種蒔きの法則なるものを耳にした。良い種を撒けば良い実が収穫できる。確かにそうだ。けれど今のぼくには良い種が何なのか、まだわからない。
「なるほど、ミサトさんが蒔くことができる種は、社労士として経営者や働く人が役に立つ情報ってことですね。けれど、その蒔き方がわからない、ということか…」
社労士の女性は種を持っていても、それをどうやって蒔けばいいのかがわからない、ということ。
社労士の物語、それもいいな。弁護士の小説があるんだから、社労士の小説があってもいいじゃないか。この人が持っている情報を、ぼくが小説にしてみる。そうすればぼくもネタをもらえるし、この女性も種蒔きになるから一石二鳥じゃないか。
頭の中でそう思っていても、なかなか勇気を持って行動に出せない自分がいる。ここでその提案をもちかければいいのに。せめて、このミサトさんという女性を連れてきた羽賀さんという人ともっとお近づきになっておけばよかった。そう思っていた時、隣の可愛らしい女性が動いた。
「あの、もしご迷惑でなかったらちょっとよろしいですか?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
「先程からの会話が耳に入ってきたもので。あ、盗み聞きしていたわけじゃありません。でも、ちょっと興味が湧いてきたもので」
ぼくと同じだ。この女性、一体何をするのだろう? 興味を持って聞き耳を立ててみた。
「私、マンガ家を目指しているんです。作品は今まで同人誌でファンタジーとか描いていたんですけど。ちょっと社会派のものを描きたいと思っていて。でも、そんな社会派的なものってネタも思いつかなくて。いろいろ本を読んで勉強しようと思っても、どこから手をつけていいかわからなくて。そしたらさっきの会話が耳に入ってきて、これだって思ったんです」
えっ、それってぼくと同じじゃないか。小説とマンガの違いはあっても、ファンタジーから社会派に転身しようとしているところ、ネタが思いつかなかったところはまさに同じ境遇。
ぼくの中の何かが燃え上がってきた。いてもたってもいられない、何かがこみ上げてきた。そしてぼくがとった行動、それは…
「あのぉ、その話、ぼくにも参加させてもらえないでしょうか?」
「えっ!?」
言ってしまった。
「ぼく、小説家希望なんです。実はぼくもネタを探していたんです。今までファンタジー小説を書いていたんですけれど、でも何かが違うって思い始めて。ぼくがやりたいこと、それは読んだ人の心の奥にある情熱、夢、希望を引き出すこと。そのためには自分の世界にこもらずに、もっと社会にメッセージ性のあるものを送らないと」
口から先に言葉が出てくる、というのはこのことなのだろう。言ってしまってから自覚した。そうなんだよ、ぼくは今、もっと社会にメッセージ性のあるものを訴えたい。そこから多くの人が、自分が今やっていることに気づいて欲しい。
こうして気づいたら、三人のチームができあがった。社労士のミサトさんが監修としてネタを持ってくる。それをぼくが原作者として物語をつくる。その物語をマンガ家のさとこさんがマンガにする。この流れをやることに決まった。
ぼくは小説家から原作者という立場に名前が変わる。最初はちょっと抵抗があったけれど。でもミツヤスのことを思い出した。あいつは漫才師から笑いを伝える講師に転換した。けれど目的は変わらない。
ぼくも同じだ。原作者というと、ちょっと格が落ちたイメージがあったのだが。けれどそれは違う。ぼくの作品が世に出ることに変わりはない。むしろ一人より三人で事に向かったほうが強力じゃないか。なんだか心が熱くなってきた。今まで一人で書いていた時と違って、仲間と一緒にやるっていうことに期待が高まる。
翌日もカフェ・シェリーで打ち合わせをすることに。その日、ぼくは早速ミツヤスに連絡をとることにした。
「なるほど、そんな動きがあったか。それはおめでとう!」
ミツヤスはぼくのために心から喜んでくれたみたいだ。ぼくもなんだかうれしい。
「相田、夢はこれからだぞ。あきらめなければ必ずそこにはたどり着くからな」
ミツヤスの言葉が力強くぼくの心に響いた。ついでだからこんな夢も口にしてしまった。
「あのさ、かわいい彼女ができるってのも諦めなければ叶うのかな?」
「わぁっはっは、当然じゃねぇか。でもよ、そのためには女心も研究しねぇとな」
「そ、そうだよな。よし、それも頑張るぞ!」
「相田、お前誰か意中の女性がいるのか?」
「えっ、いや、まだそんなところまで発展はしてないけど…。でも、さっき言ったマンガ家の女の子。この子が可愛くてさ」
「イケイケ、どんといっちゃえ! オレも応援するぞ!」
ミツヤスに言われると、それも可能のような気がしてきた。
さとこさん、あらためて思い出すとかわいいよな。まだ二十代前半って感じかな。ぼくと十歳くらい違うのか。まだうだつのあがらないぼくじゃ、振り向いてもくれないだろうな。でもあきらめないぞ。そのためにも、今は原作者として実績を出さないと。
そしていよいよ、第一回目の打ち合わせがスタートした。
「…って思うのよ。最初は勧善懲悪的なことを考えていたけれど、本当にいい会社ってどんなことをやっているのか、これを紹介したいって気もあるんだよね」
社労士のミサトさんが考えたのは、本当にいい会社が何をやっているのか。そういう紹介をしたいということだった。
「うぅん、わからなくはないけれど、ストーリー的な盛り上がりに欠けますよね。かといって、社労士が正義の味方で企業が悪、なんていうのもちょっとどうかとは思いますね」
これがぼくの意見。ぼくは社会派と思わせるようなストーリーを描きたい。格闘モノじゃないし、今まで書いていたファンタジーの世界とも違う。だから敵を作る必要はない。どちらかといえば、人間が苦悩や困難にどのように立ち向かっていくのか。その姿を描きたいと考えていた。
「最後はみんながハッピーエンド。これが私の希望ではあるけれど」
さとこさんの要望はこれだけ。具体的なストーリーはまだ思いつかないとのこと。ここで三人とも頭を悩ませてしまった。
「そういうときはこれ。シェリー・ブレンドに答えを聞いてみるといいわよ」
マイさんがいいタイミングでシェリー・ブレンドを運んでくれた。迷ったらこれに聞くしかない。
一斉にシェリー・ブレンドに口をつける。そしてしばらく待つ。
「信念を持ちながらも、会社の矛盾と戦う男。しかし会社は悪ではない。決まったことを遂行しているだけ。その中にある矛盾を、社労士がサポートしてくれる。そうか、クライアントとなる人が主人公で、社労士はあくまでもサポート。そんな話が描けたらいいんじゃない?」
ミサトさんがそう発言。
「それ、一話完結方式でたくさんのクライアントの視点で物語を描くと面白いかも。そこで登場する社労士は同じ人物。つまり、物語の主人公はクライアントだけど、一貫して一人の社労士が実は主人公だってこと。これなら何作でも描けそうだわ」
さとこさんも続けて発言した。その言葉を受けて、ぼくも言葉がひらめいた。
「うん、それいいね。オムニバス形式でいろんな話が描けるから、どの話を応募しても問題ないはずだ。ネタはいろいろ出てきそうだし。その社労士シリーズ、もらいだな」
こうして方針が決定した。とにかくたくさんの数を出そう。それを出版社に持ち込んだり、公募に出したり。落選したりボツになったものはネットで公開しよう。話はトントン拍子に進んでいった。ペースも一ヶ月に一話で進めていく。
翌日、ミサトさんから早速原案となるエピソードがメールで送られてきた。そのまま原作を書き始めてもいいんだけど、ぼく一人で書いてしまうとひとりよがりの感じになりそうで。だからさとこさんを呼び出して一緒に考えることにした。
場所は当然カフェ・シェリー。ここでさとこさんと主人公となる人物のキャラクターを考えたり、話の展開を考えたりした。窓際の席に二人並んで、さとこさんは色々なアイデアを出す。ボクはパソコンに決まったことを打ち込む。さとこさんはさすがマンガ家だ。ストーリー展開もいろいろなアイデアが飛び出してくる。そのアイデアを一本につなぐのがぼくの役目。
「よし、じゃぁ一作目はこれでいこう。早速原案を書いてみるね」
「うん、できたらメール頂戴ね。わぁ、なんかすごく楽しみ」
さとこさん、すごくウキウキしてくれているのがわかる。そんな表情のさとこさんを間近で見ることができるのはすごく嬉しい。心が弾むな。このまま二人の間も進展するといいんだけどなぁ。なんて淡い期待を持ちつつ、ぼくは原稿に向かう。
今はとても気持が乗っているので二日で書き上げることができた。それを早速さとこさんとミサトさんへメールで送信する。
「ここはもう少し社労士をかっこよく見せられないかなぁ。でも、普段の生活はちょっと抜けているっていう感じで。ギャップを見せると読んでいる人も共感を呼びやすくなると思うんだけど」
ぼくの原案に対してさとこさんの指摘はするどい。なるほど、確かにそう見せたほうが面白いかも。
こうしてメールや電話、そして一週間に一度はさとこさんと会って話をする。さとこさんも、下描きのマンガを持ってきてぼくやカフェ・シェリーのマスター、マイさんに見せてくれる。
「なかなかいいと思うよ」
「相田さん、そういう曖昧な感想はいいの。どこがどういいのか、もっと工夫するところはないのか。そういうコメントが欲しいんですよ。ペン入れをしてしまったら修正するの大変なんですから」
さとこさんって結構勝気な女性なんだな。そう言われてもう一度原稿に目を通す。
「そうだね…強いて言えばこのコマ、今回の主役がもっと悲壮な叫びをしている感じがもっと欲しいかな」
そう言われて、ぼくの頭の中で展開している物語とさとこさんのマンガとのギャップを埋めるようにコメントをしだした。さとこさんはそれをメモして、できるものはその場で描き直す。
「相田さん、ありがとう」
さとこさんってすごく自分にシビアなんだな。最初はそう思っていたんだけど。
こういうやりとりが何度か続き、ぼくたちの関係は徐々に深まっていった。深まれば深まるほど、二人の会話は自由なものになっていった。良くも悪くも。
「けんくん、その展開はないんじゃない。もうちょっと主人公を幸せにさせようよ」
「いやいや、さとこのイメージは極端すぎるんだよ。今回の話はちょっとそれだと強引すぎるんだよ」
ぼくたちはいつの間にかけんくん、さとこで呼び合う仲に。物語の展開となると、いつもこうやってぶつかる。さとこは物語をいつも自分の理想にもっていこうとする癖がある。ハッピーエンドにこだわりすぎるのだ。確かにそういう展開にもっていっているのだが、その終わり方がワンパターンになりつつある。だからぼくはいろいろなパターンで終わり方を展開しているのだが、さとこにはそれが気に入らないらしい。それでいつも口論する。
最後はミサトさんに結論を委ねることが多いんだけど。口論するといっても、それは二人とも真剣にこの仕事に取り組んでいる証拠である。また、作品はインターネットで公開しているので、読者からの反応コメントも大きな手がかりになる。
「ほら、今回はこっちのほうが反応がよかったろ」
ぼくが自慢げにそう言うと、さとこが反論。
「この前はけんくんの案で行ったら、反応が薄かったじゃない」
さとことこういうやりとりが普通にできるようになって三年。最初はとても苦労した。出版社に持ち込んでも、反応はいまいち。社労士という、正直なところ地味な仕事にスポットを当てていることが原因だったらしい。どうせなら弁護士や医者という、花形の仕事のほうがいいんじゃないと編集者に言われたこともある。
けれど、そこは頑として曲げなかった。それが徐々に世の中に認められてきた。ボツになった作品も、インターネットで公開してみた。すると、そちらの反応が良くなって。一年後には、一度断ってきた出版社の方から頭を下げて、うちの雑誌で連載をしてくれませんかと言ってきた。そこから火がついて、ぼくとさとこ、そしてミサトさんは徐々に名前が売れてきて。それと比例して、ぼくとさとこの距離もぐんぐん縮まってきた。
それにしても、さとこはホント可愛い顔をしてぼくに対しては強気なんだから。
「おまえ、完全に尻に敷かれてるよな」
ミツヤスからはそうからかわれる。でもぼくはそれでも幸せだ。
気がついたら、ぼくもさとこもそれなりの収入を得るようになった。周りからは作家先生と認められる存在になった。
「あきらめなければ、夢は叶う。きちんとした目的さえ見失わなければ、道はいくらでもある。どうだ、相田、今の気持は」
ミツヤスと酒を飲むと、必ずそうやって絡んでくる。だからぼくは決まりきったセリフだけど、必ずこう返す。
「その通りだ。目的を見失しなければ方法はいくらでもあるんだよな」
だがこの日、ミツヤスはさらにぼくにこう返してきた。
「じゃぁよ、もう一つの目的。こっちはどうなんだよ?」
「もう一つって?」
「もう忘れちめェやんの。かわいい彼女ができるかなって、昔言ってたろ。そっちはどうなんだよ?」
ミツヤス、ぼくとさとこの関係を知っていながらそう突っ込んでくるんだから。
確かにさとこと仲はいい。けれど、きちんとした恋愛としての付き合いをしているわけじゃない。好きだ、と言ったこともないし。でも、ぼくの胸の中ではもう決まっている。さとこしかいない。
「さっさとケリつけちまえよ」
「ケリって?」
「そんなの、わかってんじゃねぇか。じゃねぇと、お前の可愛い彼女、かっさらっちまうぞ」
「ば、ばか言うんじゃねぇ」
「だったらどうするんだよ?」
黙りこむぼく。そのぼくにミツヤスはこの言葉をくれた。
「相田、夢を掴み取るには二つの条件があるんだぞ。ひとつはあきらめないこと。そしてもうひとつは…」
「もうひとつは?」
ミツヤスはビールをぐいっと飲み干して、真剣な目でぼくをみてこう言う。
「もうひとつは決断すること。これだ」
決断すること、か。
思えばカフェ・シェリーでミサトさんとさとこにぼくも一緒にやらせてくれと発言したのは、それを決断したからだ。さらに、小説家になるからと会社を辞めたのも決断したからだ。だったらどうするのか。答えは見えた。
「わかった、やるよ」
「いつやるんだ?」
「いつって…」
「決断したなら、そこまで決めねぇとな」
「わかった、明日やるよ」
「相田、それでこそ男だ」
その日はしこたまミツヤスに飲まされてしまった。
翌日、ぼくはさとこを呼び出す。場所は思い切ってテイストジョイタウンのイタリアンのお店にした。
「けんくん、おまたせ。話って何?」
胸がドキドキする。
「さとこ…いや、さとこさん」
「どうしたの、あらたまって?」
口の中が乾く。ぼくは用意していたものをポケットから取り出す。
「ぼくと…ぼくと…」
言葉が出てこない。
さとこはぼくが何を言いたいのかは察してくれているみたい。けれど、意地悪そうにぼくの言葉をひたすら待つだけ。
ぼくは水を飲んで、もう一度さとこの目を見る。そして真剣な目をして思い切ってこう言った。
「ぼくと結婚して下さい」
しばらくの沈黙。さとこはぼくの目をじっと見る。ぼくは目をそらさずにさとこの目を見つめ返す。
「やっと言ってくれた。ずいぶん待たされちゃったな。けんくんからその言葉が来るの、ずっと待ってたんだから」
「じゃ、じゃぁ…」
「もちろん、オーケーよ。けんくん、こんな私だけどよろしくお願いします」
「や、やったぁぁぁ!」
思わず立ち上がって叫んでしまった。お店の中は、一瞬何があったのかという目線でぼくに視線が集まる。
「あ、す、すいません。プロポーズが成功しちゃったもので」
ついそう言ってしまった。すると、どこからともなく拍手が。それにつられて、お店の中がぼくたちを祝福する拍手でいっぱいになった。
「あ、ありがとうございます」
相田賢、生きててよかった。そう思えた瞬間。
これもあきらめないこと、そして決断すること。これがあったから成し遂げられたことなんだ。この気持を今度は作品にぶつけていくぞ!
<夢を追いかける男 完>