虚無になった先輩
先輩がいなくなったので私が先輩と呼びかける人もいなくなってしまった。
それでも私はまだ後輩のような気がするし、今でも先輩と呼びかけてみれば「なんだよ」なんていう声が聞こえる気がする。
これで本当に呼びかけたら「なんだよ」と返事が来たのはまったくの誤算で、先輩はどこにもいないけれど、私が呼びかけたその瞬間だけたしかに存在するようだった。
会話はできない。触れ合うこともできない。ただ「先輩」と呼びかけると「なんだよ」と応じるだけの関係だ。
私は最上級生になっても、卒業しても、社会に出ても、ことあるごとに先輩を呼びつけた。先輩は返事しかしない。相談に乗ってくれたりもしない。どこにもいない。ただ、私が呼びかけた時だけに存在する。
今では私もおばあさんだ。それでも先輩を呼びつける。すると先輩は高校生みたいなぶっきらぼうな声音で「なんだよ」と答える。
この声のおかげで、私は生涯、後輩のままでいられた。
でも先輩がもし実在したなら、先輩・後輩以外の関係性もあったんじゃないかなと思いながら、私は長い人生の最後にもう一度だけ「先輩」と呼びかけた。