表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

エピローグ

 美丈夫な彼が今まで結婚できなかったのは、(ひとえ)にこれが原因であった。

 身に纏うのは下着のような衣服のみ。他国から見れば実にあり得ない格好で過ごしているネークド王国には、絶対嫁ぎたくないと言う姫ばかり。

 また国内のパワーバランスを考えると、自国の有力貴族の娘をおいそれと娶ることもできない。

 結果彼はこの歳になるまで独身を貫くしかなかったのである。


ーーあぁ、きっとマーガレット姫も、この縁談を断るのであろうな……。


 初めて見たときから心惹かれていた。

 天真爛漫、しかし礼儀作法は完璧で、淑女の中の淑女と言っても過言ではないマーガレット。長年巫女を勤めていたというだけあり、清廉で純真無垢、しかも可憐な彼女をどうしても妻にしたい。エイリークはそう熱望したのだ。

 だからこそ、マーガレットには打ち明けられなかった。

 自国が、下着姿で過ごすような国であることを。


 幸いにもネークド王国の風習は、ワイアン王国まで伝わっていない。このまま黙っていれば、きっと縁談は上手く纏まるに違いない。

 王族の婚礼には時間がかかる。姫が嫁いで来るまでに、ちゃんと服を着るよう法改正してしまえば、この秘密は永遠に隠せるのでは……と思ったのだ。


 しかし、全ては白日の元に晒されてしまった。

 ネークド王国が滞在する棟に、ワイアン王国側が決して立ち入らなかったことが、彼らの油断を誘った。

 窮屈な服を脱ぎ捨てて、自国にいるような格好でリラックスしているところに、まさかマーガレットがやって来るなんて思っても見なかったのだ。


「私の話は以上です。婚約を破棄するか続けるか、その判断はあなたにお任せいたします」


 婚約破棄はしたくない。

 だがマーガレットが拒否をするなら受け入れよう。

 愛する人の嫌がることはしたくない。マーガレットの幸せを思うならば、自分は潔く身を引こう……エイリークはそう考えたのだった。


「姫……」


 俯き、ワナワナと震えているマーガレットに声をかけると、彼女は小さな声で


「コルセットを……着ける必要がない……ですって……?」


「えぇ。他国とは違い、わが国にコルセットは存在しません」


「あぁ……なんてこと……!」


 拳をギュッと握り、天を仰ぐマーガレットの口から、呻き声のような呟きが漏れる。


「なぜ、そのことを今まで黙っていたのですか……」


「それは……」


「もっと早くお話ししてくださっていたら、わたくしはっ!!」


 悲鳴のような叫び声を上げるマーガレットを見て、エイリークは覚悟を決めた。

 この縁談、お断りさせていただきます!! ……てっきりそう告げられるのかと思いきや。


 マーガレットは手を後ろに回して、何かをゴソゴソし出したではないか。

 よく見ると、背中のボタンを外しているようだ。

 しかしその数たるや! 一人で着ることができなければ、脱ぐことも至難の技。慌てて駆け寄ってきたアンヌも手伝い、マーガレットは遂にドレスを脱ぎ捨てた。

 そして、あの憎っくきコルセットもスパーンと放り投げ、ネークド王国の侍女らと同じ姿になったのだ。

 突然の行動に付いていけず、ポカンとした表情で佇むエイリーク。


「あー、窮屈だった! コルセットを着ける習慣がないのなら、わたくしも取ってしまっても構いませんわよね?」


「そ、それはもちろん……いやいや、無理にわれらに合わせずともよいのですよ!?」


「無理なんてしておりませんわ。ねぇ、アンヌ」


「さようでございます。衣服を着ないこと、それはワイアン王国も同じなのですから」


「えぇっ!?」


 サラリと飛び出た真実に仰天するエイリーク。

 ワイアン王国が薄着の国なんて聞いたことがないだけに、彼の驚きもひとしおだ。


「わたくし、エイリークさまを人目見たときから愛しく想っておりました。ですがどうしても、コルセットだけは絶対に受け付けられない……だからこの婚約は破談にするしかないと、ずっと悩んでおりましたの……」


「ええっ!? まさかコルセットごときで!?」


「あら、たかがコルセット、されどコルセットですわ。けれどネークド王国にコルセットが存在しないのであれば……」


 わたくしはこの恋を諦める必要がございませんわね……頬を赤らめて呟くマーガレット。エイリークを見上げる瞳が、ウルウルと潤んでいる。


「姫……私こそ、あなたを諦めずともよいのですか?」


 マーガレットはコクリと小さく首肯した。

 後ろではアンヌやエイリークの侍女らが、涙を流しながら二人を見守っている。


 エイリークはマーガレットの両手を握りしめると、その場に跪いた。


「あなただけを、心から愛しております。改めて、私の妻になってもらえますか?」


 マーガレットはふんわりと微笑むと


「喜んで」


 そう答えたのであった。



 一年後、華燭の典が執り行われ、晴れて夫婦になった二人。

 やがて王となったエイリークは卓越した政治手腕を発揮し、ネークド王国を繁栄に導いた賢王として、またマーガレットは清廉さと慈悲深さを兼ね備えた王妃として、国民から絶大なる支持を得るのである。

 私生活では五男七女の子宝にも恵まれた二人は、いついかなるときも互いの側から離れることなく、女神が預言したとおり、幸せな一生を過ごしたのであったとさ。



おしまい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ