エピローグ
美丈夫な彼が今まで結婚できなかったのは、偏にこれが原因であった。
身に纏うのは下着のような衣服のみ。他国から見れば実にあり得ない格好で過ごしているネークド王国には、絶対嫁ぎたくないと言う姫ばかり。
また国内のパワーバランスを考えると、自国の有力貴族の娘をおいそれと娶ることもできない。
結果彼はこの歳になるまで独身を貫くしかなかったのである。
ーーあぁ、きっとマーガレット姫も、この縁談を断るのであろうな……。
初めて見たときから心惹かれていた。
天真爛漫、しかし礼儀作法は完璧で、淑女の中の淑女と言っても過言ではないマーガレット。長年巫女を勤めていたというだけあり、清廉で純真無垢、しかも可憐な彼女をどうしても妻にしたい。エイリークはそう熱望したのだ。
だからこそ、マーガレットには打ち明けられなかった。
自国が、下着姿で過ごすような国であることを。
幸いにもネークド王国の風習は、ワイアン王国まで伝わっていない。このまま黙っていれば、きっと縁談は上手く纏まるに違いない。
王族の婚礼には時間がかかる。姫が嫁いで来るまでに、ちゃんと服を着るよう法改正してしまえば、この秘密は永遠に隠せるのでは……と思ったのだ。
しかし、全ては白日の元に晒されてしまった。
ネークド王国が滞在する棟に、ワイアン王国側が決して立ち入らなかったことが、彼らの油断を誘った。
窮屈な服を脱ぎ捨てて、自国にいるような格好でリラックスしているところに、まさかマーガレットがやって来るなんて思っても見なかったのだ。
「私の話は以上です。婚約を破棄するか続けるか、その判断はあなたにお任せいたします」
婚約破棄はしたくない。
だがマーガレットが拒否をするなら受け入れよう。
愛する人の嫌がることはしたくない。マーガレットの幸せを思うならば、自分は潔く身を引こう……エイリークはそう考えたのだった。
「姫……」
俯き、ワナワナと震えているマーガレットに声をかけると、彼女は小さな声で
「コルセットを……着ける必要がない……ですって……?」
「えぇ。他国とは違い、わが国にコルセットは存在しません」
「あぁ……なんてこと……!」
拳をギュッと握り、天を仰ぐマーガレットの口から、呻き声のような呟きが漏れる。
「なぜ、そのことを今まで黙っていたのですか……」
「それは……」
「もっと早くお話ししてくださっていたら、わたくしはっ!!」
悲鳴のような叫び声を上げるマーガレットを見て、エイリークは覚悟を決めた。
この縁談、お断りさせていただきます!! ……てっきりそう告げられるのかと思いきや。
マーガレットは手を後ろに回して、何かをゴソゴソし出したではないか。
よく見ると、背中のボタンを外しているようだ。
しかしその数たるや! 一人で着ることができなければ、脱ぐことも至難の技。慌てて駆け寄ってきたアンヌも手伝い、マーガレットは遂にドレスを脱ぎ捨てた。
そして、あの憎っくきコルセットもスパーンと放り投げ、ネークド王国の侍女らと同じ姿になったのだ。
突然の行動に付いていけず、ポカンとした表情で佇むエイリーク。
「あー、窮屈だった! コルセットを着ける習慣がないのなら、わたくしも取ってしまっても構いませんわよね?」
「そ、それはもちろん……いやいや、無理にわれらに合わせずともよいのですよ!?」
「無理なんてしておりませんわ。ねぇ、アンヌ」
「さようでございます。衣服を着ないこと、それはワイアン王国も同じなのですから」
「えぇっ!?」
サラリと飛び出た真実に仰天するエイリーク。
ワイアン王国が薄着の国なんて聞いたことがないだけに、彼の驚きもひとしおだ。
「わたくし、エイリークさまを人目見たときから愛しく想っておりました。ですがどうしても、コルセットだけは絶対に受け付けられない……だからこの婚約は破談にするしかないと、ずっと悩んでおりましたの……」
「ええっ!? まさかコルセットごときで!?」
「あら、たかがコルセット、されどコルセットですわ。けれどネークド王国にコルセットが存在しないのであれば……」
わたくしはこの恋を諦める必要がございませんわね……頬を赤らめて呟くマーガレット。エイリークを見上げる瞳が、ウルウルと潤んでいる。
「姫……私こそ、あなたを諦めずともよいのですか?」
マーガレットはコクリと小さく首肯した。
後ろではアンヌやエイリークの侍女らが、涙を流しながら二人を見守っている。
エイリークはマーガレットの両手を握りしめると、その場に跪いた。
「あなただけを、心から愛しております。改めて、私の妻になってもらえますか?」
マーガレットはふんわりと微笑むと
「喜んで」
そう答えたのであった。
一年後、華燭の典が執り行われ、晴れて夫婦になった二人。
やがて王となったエイリークは卓越した政治手腕を発揮し、ネークド王国を繁栄に導いた賢王として、またマーガレットは清廉さと慈悲深さを兼ね備えた王妃として、国民から絶大なる支持を得るのである。
私生活では五男七女の子宝にも恵まれた二人は、いついかなるときも互いの側から離れることなく、女神が預言したとおり、幸せな一生を過ごしたのであったとさ。
おしまい




