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第五話

「姫、これにはわけが!!」


 慌てふためきながら言い訳のをようなものを繰り返すエイリークに、マーガレットは小首を傾げた。


――エイリークさまはどうなされたのかしら。それにしても……なんて素敵なお体なんでしょう。


 程よく鍛えられ、引き締まった肉体。筋肉はついているものの、過度に鍛えすぎていない、いわゆる細マッチョ体型。

 程よい太さの首に、くっきりと浮き出た男らしい喉仏に、マーガレットの目が釘付けになる。おっしてスラリと浮き出た胸鎖乳突筋に続く、存在感たっぷりの鎖骨。

 なだらかな胸筋は硬さと弾力性があることがハッキリとわかるほどで、エイリークの全てがマーガレットの好みにピッタリだった。

 あの首に腕を回して思い切り抱き付きたい。もしくは胸に顔を埋めて、筋肉を思う存分撫で回したいと言う欲求にかられてしまう。


――この肉体を、いつ何時(なんどき)でも見ることができたら幸せなのに……。


 けれどこの素晴らしい肉体は、常に無粋な服の下。見たいと願っても、見ることは叶わないのだ。


――衣服めぇぇ。


 悲しい現実に、マーガレットは歯噛みした。

 そんな彼女の様子に気付く様子もなく、エイリークは必死になって弁解している。


「我々はこんな格好をしていますが、やましいことは一つもなくてですね!! おわかりいただけますか!?」


「はぁ」


 エイリークの肉体に心奪われ、気もそぞろに返事をかえすマーガレット。

 彼女にはエイリークと侍女たちの格好が、どれだけ不自然であるか理解できていないのだ。


「ねぇアンヌ、エイリークさまはなぜこんなにも焦っておいでなのかしら」


「恐らく、衣服をきちんと着込んでおられないからかと」


「それのどこがおかしいの?」


「衣服を着用する習慣のある国々では、人前でそれを脱ぐことは稀だそうです」


「まぁ」


「男女が衣服を取り去るとき、それは愛を営むときだけと聞き及んでおります」


「んまぁっ!」


 服を着ないことは全く気にならないマーガレットも、これにはさすがに目を剥いて驚いた。


「それではエイリークさまは、浮気をなさっているということなのっ!?」


 ようやく事態の深刻さが理解できたマーガレットの顔から、一気に血の気が引く。

 自分に愛を囁き、プロポーズまでしてきた男が、よもやほかの女とこのような姿で過ごしているとは。


 あれほど望んだエイリークとの破局……それが目の前に突き付けられた今、マーガレットの胸に去来するのは虚無、喪失……そして絶望。

 エイリークを失うと自覚した瞬間、ポタリ……真珠のような美しい涙が零れ落ちて頬を濡らした。


「うっ、ひっく、ふえぇ……」


 嗚咽は次第に大きくなり、耐えきれなくなったマーガレットはアンヌの胸に顔を埋めて泣きじゃくった。


「もうここにはいたくない。アンヌ、今すぐ国に帰る支度をしてちょうだい」


「なんてお可哀想な姫さま……かしこまりました、アンヌにお任せください!」


「マーガレット姫!?」


 これに仰天したのはエイリークの方だ。

 アンヌの胸からマーガレットを奪うと、必死の形相を浮かべて


「姫、どうか私の話を聞いてください! 全て……全てを包み隠さずお話しいたしますから」


 と懇願した。

 いつも余裕たっぷりのエイリークが初めて見せる焦燥感溢れる姿に、止めどなく流れていた涙がシュッと引っ込む。


「本当は……まだ言うつもりはなかったのですが、浮気をしていると誤解されるのはあまりに辛い。私の話を聞いて、それでも許せないとおっしゃられるのでしたら、潔く諦めましょう」


「……わかりましたわ。お話を、聞かせていただきます」


 エイリークはようやく安堵の表情を浮かべて、マーガレットとアンヌをソファに促した。


「姫はここに控える侍女を見てどう思われますか?」


「どう、と申されましても……」


 正直に言うと、羨ましいと言う気持ちでいっぱいだ。

 何しろ侍女らは身軽な服装。

 見たところコルセットを着用しておらず、実にゆったりとした格好だ。


 しかしそれを口に出すことは憚られる。

 この世は服を着るのが一般的で、ワイアン王国のように一糸纏わぬ姿で過ごす国など、異端中の異端なのだから。


――それにお父さまにも、国の秘密は絶対に漏らすなと厳命されているし。


 エイリークにどう答えていいかわからず、マーガレットはションボリと俯いた。


「このような服装、軽蔑されたのではないですか?」


「そんなこと、全くございません!」


 むしろ私もそちらの侍女のように、ドレスを脱ぎたい!!

 拳をグッと握りしめて、エイリークの言葉を否定する。そんな彼女を見て、一瞬ポカンとしたエイリークだったが、すぐにまた諦めに似た表情を浮かべた。


「てっきり、礼儀やマナーを重んじるあなたに嫌われるかと思っていましたが……ですが、この話を聞いたら、一瞬で愛情が霧散するでしょう。私はそれが恐ろしい……」


「どうかお話しください。わたくしは内緒にされている方が(つろ)うございます」


「姫……」


 やがて意を決したエイリークは、マーガレットの目をジッと見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。


「実は……わがネークド国では、このような姿が一般的なのです」


「…………え?」


「大陸の最南に位置するわが国は熱帯気候、つまり四季を通じてかなり温暖な地域なのです。そのため、他国に比べて身に付ける衣服の量が、格段に少ないのです」


 つまり、今のエイリークたちの格好こそが、ネークド王国では当たり前の姿なのだ……と彼は語った。


「そ、そんな……」


 ワナワナと体を震わせるマーガレット。

 そんな彼女を見て、終わった……とエイリークは絶望した。

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