第二話
もちろん初めからそうだったわけではない。
新天地に根を下ろし、この土地にすっかり馴染んだ国民たちに大きな変化が現れたのは、建国後三十年ほどが経ったころのこと。
初めはきちんと服を着込んでいたのだが、一年を通して温暖な気候のため、しっかり着込んでいるのは暑苦しくてしょうがない! と、次第に薄着になったのだ。
さらには布を量産する技術に欠けていたため、国民全員が着れるだけの服を作ることができなくなってしまったのである。
そうして気付けば国民全員が、当たり前のように肌を晒して過ごす国と化していたと言うわけだ。
ちなみに他国では男女ともに全身を衣で身を包み、特に女性はコルセットを着用したドレスで過ごすのが当たり前。それがこの国では下着すら着用しない。赤裸々な姿を誰も隠そうとせず、皆堂々と生活しているのだ。
だからやって来た冒険隊一同は、ワイアン王国滞在中は常に目のやり場に困ってしまった。
激しい戸惑いを感じた冒険隊一同ではあったが、この件は敢えて手記に残すことをしなかった。そんなことをすればこの国にやましい心を持った者どもが大挙して、犯罪が起こると考えたからだ。
だから最初は手記に残すこともしなかったのだが、人の口に戸は立てられぬとはよく言った者で、冒険隊の一人がついうっかり漏らしてしまったことから、あっという間に全世界にその存在を知られてしまった。
隊長は乞われるがまま、ワイアン王国での出来事を綴った手記を仕方なく執筆。それが出版されるまでの間に、単身ワイアン王国へと急いだ。
そして王に面会を求めて事の次第を語り、他国の者がやって来たときだけでいいので、服を着込むようにと進言した。
『外の世界では服を着込むのが常識です。我々から見れば、こちらのお国はあまりに特殊。若い乙女のあられもない姿を目撃して、犯罪行為に至る者も出ることが予想されます』
そう断言された王は大いに悩んだ。
この国の住民はもう何十年も服を着たことなどない。
なのに今さら、いつやって来るかわからない他国の者に備えて服を着ろなど……国民から反発が起こるのは必至。
しかし他国と同じような服を着なけば、女性たちが犯罪被害に遭ってしまう。
どうしたものか……。
思い悩んだ国王は隊長の助言を受け入れ、国からほど近い森の中に物見櫓を作った。そして他国の者がやってくるのが見えたら半鐘を鳴らすよう指示。鐘の音が聞こえたら、一斉に服を着ることにしたのだ。
そのため他国の者がやって来ても、ワイアン王国が裸族の国であることは一度も漏れたことがない。
国の秘密は隠匿されたまま、人々は平和な時を過ごしていたのだが。
しかし国家同士の結婚となると、また話は別である。万が一、嫁いだ王女から国の秘密が漏れでもしたら……。
それを考えると、おいそれと承諾はできない。
王は悩んだ。家臣も悩みに悩み抜いた。
しかしすぐに答えが出せるような問題ではない。
「さて……どうしたものか」
答えが見つからないまま床についた王。
するとその夜、彼の夢枕に女神が降臨したのだ。
『この結婚を承諾なさい』
『ですがそれでは国の秘密が』
『それは心配要りません。そして王子の妻にはマーガレット姫を選ぶのです』
『もしも姫が嫌だと言ったら? 無理やりにでも嫁がせた方がいいのでしょうか』
『それはおよしなさい。しかしこの婚姻が成立すれば、姫には今まで以上に幸せな人生が待っているでしょう』
『幸せな人生……?』
『そう。これまでにないほど幸福に満ちた人生を送ることができるのです』
娘の幸せを願う父親として、その言葉は決して無視できないものだった。
パチリと目を醒ました王は、早速家臣らを集めて女神のご神託を伝え、マーガレット姫を嫁がせることにしたと告げた。
そしてその話はすぐさまマーガレット姫にも伝えられたのだが。
「なんですって? わたくしが結婚……!?」
驚いて目を見開いたマーガレットの手から、白磁のティーカップが滑り落ちた。
カシャンと音を立てて割れたカップ。しかし彼女はそんなことを気にする余裕もなく、たった今結婚話を口にした父王を凝視した。
突然降って沸いた縁談だ。驚かない方がおかしいというもの。
「なぜ、わたくしなのですか?」
そこで王は今回の経緯と女神の言葉を、娘に伝えたのだ。
彼女は黙ってその言葉を聞くと小さなため息を一つついて
「女神さまがおっしゃるのでしたら、仕方ありません。このお話、お受けします」
と伝えた。しかし
「でもわたくしが嫌だと思ったら、このお話はなかったことにできるのですよね?」
と念を押すことも忘れない。
見せてもらった肖像画に書かれたのは、目も眩まんばかりの美丈夫ではあったが、必ずしも肖像画と本人の容貌が一致するとは限らない。
それにもしかしたら、どうしても性格が好きになれない場合もあるだろう。
いくら女神のご神託とは言え、好きではない男の元に嫁ぐなど……マーガレットには考えられないことだった。
「もちろんそれは大丈夫だ。女神さまも、お前が嫌ならやめてもかまわないとおっしゃったからな」
「安心しました。ではネークド王国のご使者の方に、このお話を進めてくださいとお伝えになって」
マーガレットが承諾をしたことで、婚姻話は着々と進んでいった。
しかし内心ではやはり、一度も出会ったことのない人と結婚するのは怖かった。
そんな娘の苦悩を感じた王は、婚姻を結ぶ前に一度、顔合わせをさせてくれないかとネークド国の大使に提案した。
「その方が姫も安心できると思うのだ」
「承知いたしました。では場所はこちらで手配いたしましょう」
そうして両国の中間に位置する、ネークド王国の友好国で対面することが決まったのである。
これには姫も一安心。
もしどうしても王子のことが好きにならなければ、そのまま国に帰ってもいいのだ。
一気に肩の力が抜けて、王子に会うことが楽しみにさえ感じ始めたのだが。
姫に降りかかった災難は、ここから幕を開けることとなる。




