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第一話

 マーガレット姫が婚約破棄を目指すのには、理由があった。

 事の発端は数年前、彼女が暮らすワイアン王国に、他国の冒険者が訪れたことから始まったのである。



 ワイアン王国によそ者足を踏み入れるのは、建国百数十年の歴史の中で初めてのこと。

 なぜならそこは、険しい山々をいくつも超えて、うっそうとした大森林を抜けた奥深くにひっそりと存在している国だからだ。ゆえに他国の者が簡単に入り込むことはほぼ不可能。


 しかも大陸の中央から遙か遠く離れた場所にあるため、その存在は長い間他国に知られることなく、独自の文化を育みながら静かに存在し続けてきたのである。


 このような辺鄙な場所に国を作るに至ったのには、実はわけがあった。


 百数十年ほど前、大陸の中央にある大国の王に仕える男がいた。

 彼の名はハターセン。

 後に王国王家の始祖となる彼は当時、醜い権力闘争に巻き込まれたうえに、汚名を着せられて都を追われてしまったのだ。


 彼が領地を去ると知った領民たちは、ハターセンさまが出て行かれるなら自分も……と考えて、これまで暮らしてきた土地を捨てて彼を追ったのである。

 その数、実に数万。

 しかしどこにも行く当てはない。大人数を抱えての旅は厳しいものになることが予想されていたのだが、そのとき奇跡が起きた。


 ハターセンの娘に突如に女神が乗り移り、一同を引き連れて現在王国がある場所に導いてくれたのだ。


 長い長い旅路。険しい山をいくつも超え、薄暗い大森林を延々と移動したにもかかわらず、不思議とトラブルは一切起こらなった。そしてついに誰一人欠けることなく、無事新天地に到着したのである。


 温暖な気候と肥沃な大地、豊富な水に地下資源。

 桃源郷と見まごうばかりの土地に人々は涙を流して歓喜し、女神に感謝した。

 そしてハターセンが王となって国を開拓し、争いのない平和な国を築いてきたのである。


 人々の暮らしが安定してきたころ、女神は


『心の中にある恨みや憎しみなどの負の感情を捨てて、全てを晒して生きるのです。さすればこの地に永久(とわ)の平和が訪れるでしょう』


 そう言い残して姿を消した。

 神に深く感謝した王は女神が乗り移った娘を巫女として擁立し、神に祈りを捧げるよう命じる。

 以降それは王家の独身女性の役割となり、彼女たちは結婚するまで女神に寄り添って生きることとなったのだ。


 それが十年ほど前、他国の命知らずな冒険隊が山越えを試みた際に偶然ワイアン王国を発見。その存在が世界中に知られることとなった。

 隊長はワイアン王国発見記を執筆。それを読んだ者たちは夢のような国の存在に熱狂し、われ先にとこぞってワイアン王国を目指したのである。

 とは言え実際に王国に辿り着けた者は極々少数。皆、険しい山々やいつまでも続く大森林を前に、挫折してしまうのだ。


 そんな、辿り着くことすら不可能とまで言われた王国にある日、西国にあるネークド王国の大使を名乗る集団が現れた。

 ワイアン王国と友好関係を結びたい――親書にはそう記されており、その申し出に異存はなかったため、王は喜んで友好国になろうと大使に伝えた。

 大使はその答えに感激し、ワイアン王国側が予想だにしなかったことを提案した。


「それでは友好の証として、貴国の姫君をわが国の王子のお妃にお迎えしたいのですが」


 この申し出には王ばかりでなく、その場にいた全員が驚いた。

 国同士の繋がりを作るための手段として婚姻が用いられることは、ワイアン王国の者も知識としては知っていた。

 しかし建国以降、どの国とも国交を結んでこなかったワイアン王国である。仲良くなるためにわざわざ結婚しなくても……正直なところ、誰もがそう思ってしまった。

 だがネークド王国の大使は一歩も引かない。


「こちらはわが国の第一王子エイリークさまでございます」


 そう言って差し出された釣書と肖像画。

 そこに描かれた彼は、肩に垂れるは銀糸のような滑らかで美しい髪に、真っ白な肌に紺碧の瞳がよく映える、どこからどう見ても完璧な美青年であった。


「年は現在二十五歳の男盛り。幼いころから勉学に励み、人当たりもよく、真面目で品行方正。国民からの信頼も非常に厚い、素晴らしい方でいらっしゃいます。どこに出しても恥ずかしくない、わが国自慢の王子です!」


 本当にそんな男なら、是非とも娘の伴侶になって欲しい。そうは考えたものの。


「ううむ……」


 王には一つ、懸念材料があった。


「少し、家臣らと相談をしてみようと思う」


「よいお返事を期待しております」


 大使が謁見室を下がった瞬間、中は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。


「なぜ突然、婚姻を結ぼうなどと言う話になるのだ!?」


「別にそんなことをしなくても、仲良くお付き合いすると言うのに」


「ネークド王国は一体何が目的なのだ?」


 突然降って湧いた話に家臣らは大パニックだ。


「しかし結婚を拒否する明確な理由もないからのぅ

……」


 国王は玉座の上で、頬杖をつきながら呟いた。


「お言葉ですが陛下。あまり親密な関係になりすぎるのもどうかと。何しろ、()()秘密が発覚してしまう危険性がございます」


「冒険隊の隊長からは、くれぐれも秘密にするよう念を押されたな」


「さようにございます。何しろこの国に()()()()()()()()()()()()と知られれば、どんな事件が巻き起こるかわかりません!」


 そう……実はワイアン王国は裸族の国だったのだ。

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