一話 出会いの季節はいつも
明日、明後日と過ぎ行く日々。君がこんなにも大切だったんだと気付かされ、今日も俺はこの夏風に流されるんだ。
蚊に刺され不機嫌になりながら起床する。時計を見ると針は午後2時を指していた。休日を寝て過ごしてしまった嫌悪感と酔いの抜けきってない体の気怠さにため息をついて、ベッドから身体を起こす。
「あっ、、、」
昨日の飲みかけの缶ビールを倒してしまった。発泡酒の時間が経った後の嫌な匂いとシューッと音を立てて残りきった炭酸とアルコールが少量の泡を立てながら静寂した部屋に響き渡る。
こうやって、ちょっとしたストレスが自分をまた怠惰にさせるんだ。床を雑巾で拭きながら面倒臭さと冷蔵庫にはもう何も無い事を思い出してコンビニに何か買いに行こうと思うが、この自分の中にある怠惰はそう約10分のコンビニまでの身体を掻き立てようとは思えない。
床を拭き終わえたあと座り、スマホを見ながら考えていた。今夜の大学の友達との飲み会への参加の有無、明日のバイトで苦手な人と働くこと、レポートの作成、洗濯、将来への漠然とした不安。どれも途中で考えるのも面倒くさくなり目を瞑ることにした。
--ピコンッ。大学の友達の安田からメッセージだ。
『おい〇〇!いつまで寝てんだよ。今日4時に駅前集合だぞ!ちなみに、今日はK大学の可愛い子たくさん来るってよ!そろそろお前も彼女作れよなー?笑』
強制参加かよ…。明日はバイトで起きるの早いし今月のバイトの給料も底が見えてたから行くのは辞めようかと思っていた。それに、彼女なんてもう二年もいない、というより自分なんかにそんな存在作っちゃいけないんだ。二年前に別れた元カノに言われた言葉が脳裏をよぎる。
--『〇〇君はいつもあたしなんか見てなくて遠いよ。本当にあたしの事好きだったの?』--
好きだったよ。空虚な中に君といると"何か"が見えていたんだ。その"何か"は俺にも結局最後までよくわからなかったけれど、だから君は遠いって感じていたんだろな。それから俺には恋愛は向いてない、彼女なんて作っちゃいけないんだって考えるようにした。
元々昔から俺は自分の事で精一杯で、自分の領域に少しでも入ってこられるだけで嫌になってしまう。
なんだか見透かされているようで、決めつけられてるようで嫌気がさしてくるんだ。だから俺には誰かと寄り添うなんて絶対に無理だ。
そうこう考えているうちに時計の針は午後3時を指していた。
「やばい…」
急いで洗面所に向かい、疲れ切った顔を見ながら顔を洗い髭を剃った。根性の悪さが皮肉にも出ているような異常なまでの寝癖を直し、ワックスで髪を整えた。前髪がいつの間にか結構伸びている。伸びきった前髪が目にチクりと入り、痛い。
時計の針は午後3時30分を指している。
一人暮らしのこの四畳半のボロアパートから駅まで自転車で約20分。間に合うなと思い、玄関を出て鍵を閉めた。外を出ると夕焼け前の眩しさと暑さで目眩がしたが、深呼吸をして目を開く。
iPodにイヤホンを刺し、耳に付けて高校時代から聴いている大好きなバンドの曲を流して気持ちを切り替え、鍵を開けて自転車に乗る。夏は嫌いじゃない。特にこの夕方前と夕方の時間が一番好きだ。今日の終わりを告げるような一週間の命を一生懸命燃やす蝉の鳴き声、学生時代を思い出す夏の匂い、夏風が自分の身体を必死に仰いでいる。
夏のこの瞬間に今日も自分は蝉のように一生懸命は生きれないけどちゃんと生きてるんだなって感じれる。駅前の信号機は赤に変わり、青に変わるのを待っていると、このバンドの一番好きな曲が流れる。
---はっぴいあわー「なつのにおい」---
当時の自分にはこの古びた曲に何故か興味を異常なほどまで惹かれ、いつも夏になるとこの曲を聴いて夏を感じる。
信号機は青に変わり、駅まで走るともう到着している大学の友人達を見つけた。駅の駐車場に自転車を置き、鍵を閉めた。スマホの時計は午後3時55分、ギリギリセーフ。
「おせーよ〇〇!K大学の女の子達はまだ到着してないけどよ!女の子を待つ時はよぉ、、男っつうもんは30分前から待つんだよ!」
「早すぎて逆に引くぞ、、」
安田達は30分前から来ていたようだ。久しぶりの女の子との飲み会で安田は暑苦しいくらい喜んでいる。安田の他にはもう二人いる、木村と飯島だ。
見る限りどうやら木村と飯島の顔つきから乗り気ではなさそうだ、話を聞くと二人も無理やり安田に連れてこられたらしい。
安田は見てわかる通りお調子者で、誰とでも仲良くなれる万能タイプだ。でも、調子に乗りすぎていつも大事なところでコケている。
木村はあまり人と関わらない。自分の世界を大切にしていて仲良くなるとすごく良い奴で一番話が合うかもしれない。
飯島は、簡潔に言えばクズだ。女癖が酷く、この前も大学で女の子を号泣させていた。今日は他の女の子との約束がある中、安田に無理やり連れてこられたそうだ、そこは同情する。でも、友人関係ではしっかりするところはしっかりしていて嫌いじゃない。
この四人は大学入学当初、授業で一緒になり安田が筆頭に俺達を引っ張ってくれて仲良くなったのだ。
俺が遅いだの安田が早すぎるだの言い合いをしているとK大学の女の子達がやってきた。
「こんばんは!S大学の皆ですか?」
「おお、久しぶり!美波、今日は集めてくれてマジでありがとな!」
安田は先頭に立って話している美波という女性と面識があるらしい。明るそうで見た目も可愛らしくスクールカースト上位が確立されたような人だ。
その他の三人も一人を除いて美波さんと同じ雰囲気を感じる。
だが、一人の子は他の三人の女の子とはどこか違い、容姿はとても可愛いのだが独特の雰囲気があってなにか惹かれるものがあった。
「とりあえずいつもの駅前の飲み屋いっちゃいますか!今日は飲みまくろーぜー!」
「「「おーーー!」」」
3時間コースの飲み放題が始まり、安田は案の定酔って大騒ぎし、店員さんに少し怒られ女の子達に笑われていた。木村は酔いやすく寝てしまい、飯島はカースト上位の三人に囲まれ鼻の下を伸ばしていた。スマホを取り出して、コソコソ三人と何かをやっていたが見なかったことにした。俺の前には独特の雰囲気の子が座り一人ひっそりと周りを見て笑みを垂らしながら飲んでいる。
その笑顔にドキッとしてしまう自分がいた。
もう、人を好きになってはいけない。
だが、自分の心は止める事は出来なかった。
今、思い出せばちゃんとここで自分を止めるべきだったんだ。
「あの!何…飲んでるんですか?」
「あっ…!梅酒のロックです…」
まさか自分が話しかけられるのかというような顔をしていて、驚いている顔に可愛いらしくてつい頬が緩んでしまった。
それだけでなく、同じ梅酒のロックで気持ちもより昂ってしまう。
「一緒だ!俺も梅酒のロック。お酒強いんですね」
「あ、ほんとだ笑。そんなに強くないんですけど、一番好きなんです」
「そうなんですか、実は俺も梅酒のロック一番好きなんですよ!」
「ええ!かぶりますね笑」
「そうですね…笑」
一番好きなお酒までかぶってしまい、余計にもこの人の事を気になってしまった。
恋愛なんて向いてないくせに前の女性のこともっと知りたいと思ってしまう。
「あの!お名前はなんて言うんですか?」
「お、俺ですか?!」
「まだ、お名前聞いてないなって!」
「確かにそうですね!葉月未来です。未来なんて見えてないくせに完全に名前負けしてるんです笑」
「いやいや!素敵な名前です。未来君って呼びます」
名前を呼ばれまたドキッとしてしまった。
…ずるすぎる。
「私は、相田美咲です…。美しく咲くで美咲です…。私の方が完全に名前負けですよ笑」
「めっちゃ素敵な名前だよ!可愛いし綺麗だし!あっ…」
思わず身を乗り出して喋ってしまった。顔が熱くなる。酔いのせいなのか、情けない。
「は、初めてそんなこと言われました…ありがとうございます…」
そう言いながら美咲さんは頬を赤らめていた。美咲さんは笑ったり驚いたりどんな顔も可愛らしくてでどんどん惹かれていく自分がいた。
「良かったら、AINE交換しませんか?」
「私でよければ、ぜひ!」
お互いスマホを取り出した。美咲さんのスマホには俺の好きなバンドのストラップがついていた。
「リバーシブル好きなんですか?!」
「え、あ、はい!もしかして好きなんですか?」
「大好きです!」
好きなバンドまで被り、話は弾み、AINEも交換することが出来た。
美咲さんとは打ち砕け仲良くなる事ができ、飲み会3時間コースも終わりが近くなってきた。
「未来君、未来君」
「ん?」
「美咲って呼んで」
「えっ、あっ、み、美咲…」
急な呼び捨てで緊張してしまい声が裏返ってしまった。
なんで呼び捨てなんて突然させたんだろう。ますます不思議で、美咲さんの事をもっと知りたくなる。
「ふふ…ありがとう、未来君」
「それじゃあ、そろそろお開きにしまーーす。今日はありがとうございやしたーー。一人二千円ずつ美波ちゃんに渡してくだひゃーい」
安田は完全に酔っ払っている。そのせいか、声が余計大きくなっていて安田の方に意識が傾いてしまったが、美咲さんの頬が赤くなっていた気がした。
気の所為かもしれない、いや、気の所為だろう。美咲さんと話すのがあまりに楽しくて時間が経つのを忘れていた、こんな事は久しぶりだ。
全員外に出て解散すると、安田は酔いが覚めた木村に抱えられ帰っていき、飯島と他カースト上位組は夜の帳に消えていった。
気付いたら俺と美咲さんは二人きりになっていて一緒に帰ることにした。
「美咲さんもこっちの方なんだね」
「うん、前まで田舎の方に住んでたんだけど引っ越してきたんだ」
「また一緒だ、俺も前までもっと田舎の方に住んでた。こっちの生活にはもう慣れた?」
「慣れたけど…足りない、かな」
「何が足りないの?」
「星が見えない、霞んでて夜も明るくて誰を信頼したらいいかわからない」
「見えるといいね、こっちの星も」
「うん」
そう言うと、美咲さんはまた新しい顔を見せる。
とても、寂しそうだった。
「未来君は輝いてるな」
「どういうこと?」
「なんでもないよー!」
また笑顔に戻る。ころころ変わる君の顔にまた自分は相田美咲に惹かれていた。
「私、こっちだからここでバイバイだね」
丁度分岐点の分かれ道だった。話したい事はまだたくさんあったのにもう終わりかと思ってしまう。
「美咲さん」
「ん?」
「美咲さんも…輝いてる、よ…」
自分には恥ずかしすぎる言葉で詰まってしまった。穴があったら入りたいとはこの事だ。
「星もいつかは消えちゃうんだ、だからちゃんと見てるんだよ」
「え」
美咲さんはそう言うと黙って手を振って帰っていた。ますます不思議な人で、どんどん心が惹かれていくのを感じた。
帰り道、美咲さんのことばかり考えてしまい、言葉一つ一つに思いを寄せられ、考える度苦しくなった。
でも、自分には恋愛なんて向いてない。どうせ傷つけてしまうだけだ、そう考えると余計にも苦しくなる嫌な身体だ。
四畳半のボロアパートに到着し、帰宅した。
まるでさっきまでの事が夢のようで余韻に浸り、ぼーっとしてしまっていた。ベッドに座ってスマホを見ると表示画面に美咲さんからのメッセージが表示されている。
『今日はありがとう!出会えてよかった。とっても楽しかったよ!今度ご飯いこーよ!』
メッセージ1つでドキッとしてしまう単純な自分に嫌気がさす。
このまま、メッセージを返さなければ美咲さんとの関係は何もないまま終わる。
それでいいんじゃないんだろうか、今日はこのまま寝てしまおう。
今日は月が綺麗でした。