君の名は
あるじ?
突拍子の主人発言に、俺の眼球が飛び出るかと思った。
「反応がない。マスター、この言葉の方があってますか」
鈴の様な高い音だが、耳に嫌な感じはなくスーッと言葉が入っていく。
「どっちも間違ってはいない…のか? なぁ」
後ろの3人に声をかけるも、みんな口を開け驚愕の表情をする。やっぱり見えているんだよな。この妖精? はダンジョンが俺だけに見せている幻覚でもないのか。
「お前はなんなんだ。なぜ、俺を主人と言う」
「愚問。私はダンジョンに隠された妖精、ジェリードール。その中のターコイズ。主人の為戦う戦闘妖精。そなたが私を見つけた。ならばそなたが主人」
戦闘妖精? なんだそれ、初めて耳にした。3人を見ても皆知らないのか首を振る。
「契約は既に交わされた。主人の為私は散りゆくその刹那まで戦おう」
小学三年生ぐらいのサイズからズズズっと手のひらサイズに。小さくなれるのか、それはそれでありがたい。
が、肩に座った途端、右肩にとんでもない重みがかかりバランスを崩し、尻餅をついた。
小さいとはいえ重い。
「主人、ジュエリードールとはいえ、私の性別はメス。言葉には気をつけてほしい」
「東堂さん、鑑定お願いします」
「もう既に観てるわよ。でも、なぜか種族がジェリードールで、個体名がターコイズ以外でないわ。あとは、あなたの使い魔になったことだけよ。おめでとう、テイマー高橋さん」
使い魔…確かにこいつ契約とか言っていたけど、使い魔って存在するのか。
「国にいい報告ができるんじゃないか? 宝箱からは使い魔が出るってな」
「ターコイズさんの話だと、ジェリードールはシリーズモノの可能性もあります。これは、探索者による未発見ダンジョンの総取り合戦が行われるかもしれません」
「うれしくない情報ね。私達が連れ回されるじゃない」
溜息の中、俺1人だけが少し浮かれているのが申し訳ない。はじめは驚いてなんだこいつって思ったけど、よくよく考えたら、使い魔ってカッコいい。それに戦闘妖精って言ってたから、サポート役にもピッタリで早々に初心者ダンジョンをクリアできるんじゃないか。
「ターコイズは裏切らない。疑うならこの輝きを見なさい。泡一つない」
「それ聞いた事ある。確かターコイズって模造が多いって言われているのよね。その歴史も古いから人気なのがわかるわー」
「照れる。でも私はそれだけでは輝かない」
とか言いつつ、胸にある大粒のターコイズだろう宝石が輝きを放っている。
「片目や腕や足が不完全なのは、どうしたんだ? 」
仲田さんが不謹慎にもターコイズに言う。ターコイズも気に障ったのか輝きが鈍った。
「失礼。でも教える。私の特徴。手も足もちゃんとある」
関節から先の空間が歪み、離れた先から手が現れた。足も同様だ。関節から手の間の腕だけがない。さながら手品を見せられている様な気分だ。
「片目は、私を造った存在の趣味……と答える」
よく見れば、着ている服にファスナーが付いている。自然物じゃない装飾が施されている。
「うぅ、気になる言葉があるけど、部外者はこれ以上入り込めないじゃん」
「とりあえず、宝箱関係は終いだ。これから探索を行う。君たちは地上で待っていろ」
「との事なので、ここから先は自衛隊員である私達にお任せください」
良い報告を待っていてくださいっと言って、仲田さんと牧野さんは走って行った。
レベルの恩恵なのか、そのスピードは目で追いつかなかった。
倉庫に戻ってからはする事もなく、家に戻り、東堂さんと母さんとで、小学三年生サイズになったターコイズの着せ替えごっこが始まった。
身に覚えのある服が何点かあるなぁーと思ったら、昔着せられた服たちだった。俺の黒歴史。
夕方近くに2人が戻ってきた。なんでも、階層は思いの外深く、モンスターの種類も豊富でランク3以上かもしれないそうだ。
「是非とも大々的に取り上げましょう」
ランクが高い場合、初心者の俺だけではスタンピートに備えた安全基準を下回るそうだ。なので、国のダンジョン名鑑や民間のダンジョン雑誌で大きく取り上げ、探索者を呼び込まなくてはいけない。
「そうしたいのはやまやまですが、ウチにはそんな余裕は」
「安心してください。むしろ向こうから飛びつきますよ。ランク3以上の高ランクダンジョンは最近ではあまり出現しなくなりましたからね。もちろん国の方は無償で行います。ただ、高橋さんの場合住宅のすぐそばになるので、倉庫とガレージはこちらでダンジョンゲートと、買取センターに建て替え致します。ご主人には、他所で駐車場を借りて頂く事になるとお伝えください」
駐車場も倉庫も父さん以外誰も使用してないから、こっちとしては特に問題はない。
父さんが苦労するだけで痛くも痒くもない。母さんも俺と同じ考えなのか、ニコニコしている。
「わかりました。それなら仕方ないですね。可愛いターコイズちゃんも来てくれたし、お父さんには我慢してもらいましょう」
母さんも快く受けてくれたので3人ともホッとしている。ゲートの設置などでも揉め事が絶えないようで、スムーズに話が進む事は稀なんだとか。
それからは父さん抜きで話がどんどん進み、結果として車庫と倉庫、あと隣の空き地は国が買い上げ施設を整えることになった。
「ダンジョンは明後日から開放できますが、買取センターはしばらく建設まで時間がかかるので、ここから一番近い場所になるかと思います。その事も情報として載せますので、開放当日にトラブルにならないようこちらにお任せください」
牧野さんはそう言って、スマホでとあるサイトを開いて見せてくれた。国が管理する探索者向けのサイトだった。ここにも取り上げてくれるらしく、明後日には新しいダンジョン目当てに探索者がどっと押し寄せてくるという。その話に、母さんもあらあらあら、どうしましょうとうろたえていた。周りにはまだまだ空き地があるとはいえ、住宅地でもあるから。ぜひマナーを守って頂きたい。
そのあとは明日の予定や、なんやかんやと細かい説明を受け、3人は帰って行った。
「日向、ターコイズちゃんの名前は決めたの? 」
「え、名前?! ターコイズじゃダメか」
「当たり前でしょう。ターコイズってこの子の胸にある宝石を指しているだけで、この子自身を指していないわ」
そう言われてしまうと、確かになと名前の必要性を感じてしまう。けどなぁー俺にネーミングセンスはない。
「ないなら母さんが付けるわよ。ターコイズだからターコとか」
俺にないなら母さんにもない。
ターコイズは聞いてないフリをしている。そりゃ嫌だろ、ターコなんて。縮めたらタコだぞ。種族が変わるわ。
「んーじゃー、日向は案があるの? 」
えー、んー。宝石だろ? ジュエリー……でドールでもあるから…。
俺が悶々と考えていると、ターコイズに心配そうな目で見つめられた。安心しな、母さんみたいに酷いネームはつけないよ。自信ないけど。
ターコイズの和名は、たしかトルコ石だっけ。うー、そうだ。
「決めた。和名のトルコ石から捻ってルコだ」
「ルコ。主人がくれた私だけの名」
うんうん、喜んでいる。それどころか、喜びすぎて泣いている。
「あらあらルコちゃん大丈夫? 」
「心配ない。ルコは戦闘妖精。ただ、初めての名に雫が落ちる」
「そう、それはよかったね」
ギュッと抱きしめる。そのままあやすようにルコの背中をポンポンと叩く。ルコにとっての初めての名。俺は覚えていないが、名前をもらう事はこんなに嬉しい事なんだな。
ルコの姿を見たからこそ、そう思えた。
それからルコは落ち着くまで母さんの腕の中にいた。