お前だっ!①
その幽という居酒屋のことを怪談居酒屋と聞いた時、僕はおどろおどろしい内装に、いかにもな感じの怪談師が夜な夜な怪談を語るような店をイメージした。
しかし、実際に店を訪れてみれば、綺麗でさっぱりした明るい内装に、年のころは30前後と思しき美人女将がいる何とも健全そうな店だった。
強いて言うなら店の片隅でちまちまと酒を飲む坊主と思しき客が袈裟を着込んでいるのが少し異様だったが。
あの坊主が怪談でも話すのだろうか? 寒い冬の日だったので僕は熱燗なんかをちびちび舐めながら様子を伺った。
僕は売れない小説家である。もうほとんどアマチュア同然である僕は刺激的なネタを求めていた。とにかく何とか今の状況を僕はひっくり返したかった。
大ヒットベストセラーなんかなくてもいい、ただ小説で食えればそれでよかった。
だから幽の話を聞いた時、僕の嗅覚に強い反応があった。そこには何かある! と思ったのである。
店内には坊主とうつむきがちな物思いにふける若い女性と女将そして僕。決して繁盛してるとは言い難い雰囲気だった。
都心から車で数時間の山がちなN県の地方都市である夜見乃市の外れにある立地では、まあこんなもんかという客入りではあった。
それにしても、待てども待てども何も始まらない。ついに耐え切れなくなって僕は女将に聞いた。
「あの、すいません。ここは怪談居酒屋だと聞いて伺ったのですが、何か出し物とかしてるんじゃないようですが」
「あら、うちが怪談居酒屋ですか?」
そう言うと女将はクスクスと笑った。
「別にうちは怪談とか幽霊とかの出し物をしているんじゃないんですよ」
「と、いう事は僕が聞いた話はでたらめでしたか?」
「いえ、まあうちにその手の悩みを持たれる方が相談に来ることはありますよ」
ふむ、と僕はうなった。
「相談とは具体的にはどんなもので?」
「まあ主に説明のつかないものの悩みですね」
「それはやはり怪異とかの……」
女将は小さく頷くと、店の隅の坊主を一瞥し。
「あちらの夢幻和尚がお経をあげてくださいますよ」
夢幻というその坊主は僕たちの会話にちらりとだけ反応し視線をよこしたが、またすぐ酒を飲み始めた。
「お客様も何かお悩みをお抱えで?」
「いえ、僕は実は小説を書いてまして、その、何かネタはないかと」
妙に恐縮した気分になり、しどろもどろに僕は返事をした。
「申し訳ないですね。そういった悩みもプライベートな話題になるでしょ? だからそうそう気軽にお話とはいかないんですよ」
「ああ……それはそうですね」
「今、そういうの厳しいでしょ。うちは商売でそういう話を聞いているわけではないですけど、夢幻和尚が法要を上げるときは、いくばくかお布施を頂戴しているので」
「はあ……わかります」
「それでも何もないのは、せっかく訪ねてくださったのに申し訳ないですわね……」
女将さんはちょっとだけ困ったような表情を浮かべてから、店の隅の坊主に目を向けた。
「夢幻和尚、何かお話できますか?」
すると坊主は愛想のない顔の眉間にさらにしわを寄せ、
「拙僧は説法は苦手でして」
と、不愛想に答えるだけだった。
坊主なんて半分くらい話をするのが仕事だろうにと心の中で思ったが、僕は坊主に愛想笑いを投げかけるに留めた。
「あの……少しよろしいでしょうか?」
僕らの話をじっと黙って聞いていた若い女性がおずおずと手を上げた。
「ええ、なんでしょう?」
「その……相談に乗って欲しいんです」
女将はにっこりと笑うと、
「私たちで助けになるなら、どうぞお話ください」
「ありがとうございます……実は」
その若い女性はゆっくりと話し始めた。