クムラギ大襲撃5
二十八【クムラギ大襲撃・リリナネ第一のプレルツ】
アオイ、オニマル、リリナネの三人は弓兵前面まで戻った。アオイとオニマルは、リリナネを庇い前に立った。オニマルが声を張り上げて武人らに号令した。
「弓兵は敵に気取られぬようジリジリと退がれ」
大声出しても蛇頭族は人間の言葉理解しない。騎兵らはオニマルの指示に従い馬を後退りさせ、後ろに下がった。リリナネの後ろに充分な余地ができると、オニマルはさらに声を張り上げた。
「各々、戦いながら我が下知を聞け。これよりリリナネ殿がプレルツを使う。我が合図で一斉に退け。剣も槍も捨てて駆けよ。倒れる者あっても手を貸すな。一心に駆けよ」
「応」と方々から返ってきた。
「我ら三人の後方の余地まで一心に駆けよ。瞬間を逃せば術に巻き込まれると心得よ。貴殿らが遅ければリリナネ殿が槍の餌食になると心得よ。絶好の『機会』、その一瞬を作れ。各々、用意は良いか」
「応」と再び。
オニマルは隣のアオイに小声で告げた。「もしも間に合わなければ、俺とお前でリリナネ殿を護る。リリナネ殿が合図したら伏せろ」
「分かった」アオイが答えると同時に。
オニマルは全軍に号令した。
「退け‼︎」
脱兎の如く身を翻した武人ら。剣を捨て、槍を捨て、駆ける。虚をつかれた蛇頭族。吶喊の声が止み、一瞬固まった。しかし個体差がある。鋭く反応し、槍を繰り出した者もいた。紙一重で躱すクムラギ武人、オオカミを駆るコロナエ兵。コロナエ兵はいち早く余地へ駆け込んだ。クムラギ武人も次々と。その頃に漸く我に帰り、一気に詰め寄せてきた蛇頭族。一人の、まだ年若き少年兵が肩を突かれ転んだ。隣を駆けていた武人が一瞬足を止めかけたが、あきらめた。
アオイはリリナネを振り返った。苦悶の表情を見て取るや。
「止せ、アオイ」止めるオニマルの声より早く呪文唱えた。
「フル」
転んだ兵の側に跳ぶや襟首をつかんだ。そこは既に蛇頭族の只中。突き下ろされる異形片鎌槍の穂が少年を貫く前に元の場所に跳び戻った。
「伏せてっ‼︎」悲鳴に近いリリナネの声。
すぐ間近まで迫っている敵。その敵眼前でアオイは、オニマルは、地に身を投げ出した。
その一瞬。
リリナネの眼前には迫り来る蛇頭族のみ。素早く手を走らせ重力呪呪文文言唱えた。
「タオミ‼︎」
(ta‘omi [ppn ]圧する・押す・踏む・圧搾する)
凄まじい音立てて崩れ落ちたクムラギの防壁。後方で見ていた者は空ごと沈んだように感じた。リリナネの前面百八十度、距離にして約四百メートルの壁が沈みこんだ。土埃さえ立てず。その間にあった家々も。当然前面にいた蛇頭族も、防壁背後にいた万を越す蛇頭族の大群に至るまで全て。身体中の骨を砕かれたように押し潰され、耳から目から血を流し、口から臓腑を吐き出し、腹が割れ腑がはみ出して倒れている蛇頭族。
アオイは顔を上げ身を起こして、目の前に広がる光景に息を飲んだ。思わず一歩踏み出そうとして「危ないっ」オニマルに腕を掴まれた。
「まだ加圧状態が残っているから」リリナネが説明してくれた。
言われてよくよく見れば、土埃さえ立っていない。風も止んでいる。
「凄い……」言葉を失ったアオイに。
「私だけ。桁外れに強いの。普通の重力呪は敵の動きを止める程度。ツフガの長い歴史の中で、重力呪がプレルツに指定されたのは私が初めて」リリナネは言った。
「そうなんですか……」
「でも、逆の呪文キリラギは全然使えないの」
瓦礫の山からフワリと土埃微かに上がった。それを見て取るやオニマル。
「加圧状態が消えた。アオイ。俺は行く。お前は北の森へ急げ。子供達を頼む」口早に言い残すと、声を張り上げ号令した。
「全軍、我に続け‼︎ 獲物を取れっ。騎乗しろっ。草原から南の門へ。敵を挟み撃ちにする。続けぇ」
「応」と応える鬨の声。
駆け出したオニマルと彼に続くクムラギ武人。蛇頭族の屍踏み越え。続々と。アオイとリリナネの横を駆け抜けて行く。
アオイは怪我した少年を人々に託し、側で真っ赤な目をしているラナイに「心配するな。きっと助ける」笑んで見せた。
「お願いします。きっとユタを、リュウを、ニニチャキ様を助けてください」
「ああ」
ラナイはキュッと口結ぶと斬馬刀手に駆け出した。自らも兵の一員として武人らの後を追った。
「私たちも急ぎましょう」
リリナネが彼の手を取った。その手を握り返し、目を見て強く頷いた。背後振り返り後方の防壁、高く聳えるその上を見据え。
「フル」アオイは唱えた。




