クムラギ大襲撃1
二十四.【名刀キトラ】
なんとかルルオシヌミをふり切り、刀剣屋へやって来たアオイ。
のれんをくぐると店主がもみ手をして出迎えた。「お待ちしておりました。ささ。御覧になってください」
そこに一振りの刀。柄は鮫革が巻かれている。鞘は錦の布が貼られている。金属製の帯取り金物が二箇所に。アオイの思い描いていた長さ。柄の長さも。
「随分綺麗な鞘だな……」尻鞘交換券を持っているが、こんな綺麗な鞘を尻鞘で隠してしまうのは勿体ないと感じた。
「ささ。お手に取って」
店主にすすめられてアオイは刀を手に取った。短めの刀身ながらズシッと重い。柄もまた短め。握り拳二つ半ほど。前提、右手でふるうが、状況によっては左手を添えることも出来る。刺し貫く場合など。
「ささ」早く抜けとばかりの店主。
アオイは無言で頷いた。自然、笑みがこぼれた。
鍔は彫り物のない丸鍔。親指をかけた。スッと押すと、ぬこっと抜けた。ぬっと光る刀身がのぞいた。濡れているよう。全て抜いて、窓から入る陽に翳してみた。陽光が切っ先へぬるりと走った。本当に濡れているようだった。ほぼ真っ直ぐな刀身。美しい波紋。肉厚で鎬高い。手に持ち、重心に違和感がある。この感覚は何だろう—。アオイは少し訝しく感じた。
軽くふってみた。驚いた。重心が綺麗に切っ先へ流れた。ふることで、見事に切っ先に集約された。それは、まるで、斧をふったような感覚。
目を見開いた。まるで斧のようなふり心地の、しかし刀。彼の剣技、円の運動理論、回転殺法を、一段も二段も加速する刀。
まじまじと刀身を見た。銘が刻まれている。三文字。もう、彼にも当然読める。キトラ。
店主が言った。
「銘は普通なかごに刻みます。キトラニケ様は、ニケと刻みます。ニケが屋号ですから。しかしこれはよほど気に入られたのでしょう。キトラと刻まれたのは初めてのことです」
「そうなんだ……」
後世にまで語り伝えられる名刀キトラ、その名刀が、最も正当な持ち主の手に渡った瞬間だった。キトラニケもまた、その生涯でこの刀以外にキトラの銘を刻まなかった。この世界にただ一本きりの名刀。
「すげえ……これ、最高……」アオイは呟いた。
アオイは刀剣屋の亭主にお礼を言い、店を出て、鍛冶屋へ向かった。むろんキトラニケにお礼を言う為に。
しかし刀工は仕事中だった。槌を振るい、ちらりともふり返らない。いや、一瞬だけ。見習いの少年に出迎えられ、戸口に立ったアオイをちらりと見た。が、ニコリともせず、まったく無視して仕事を続けた。
もう分かっている。無愛想なわけじゃない。一瞬も気の抜けない仕事なのだ。冷めたら焼き直せば良いというわけじゃない。その一瞬にしか、打てない工程があるのだ。
アオイは深々と頭を下げた。無言で。刀工は後ろ目にそれを見て、にやりと満足げに笑った。
見習いの少年は言った。
「お気に召しましたか? 師匠が気にされてました」
アオイは頷き、素直な気持ちをそのまま口にした。
「ええ。とても素晴らしいと思いました。感謝していますとお伝えしてください」
少年も嬉しそうだった。「これを」。ふところから券を二枚出した。「無料研ぎ券です。研ぎはココオリベ(ココ・織部)様にやらせろと、師匠はおっしゃってました」
「ココオリベに?」
幾分驚きながらアオイは券を受け取った。
ココオリベならよく知っている。馴染みの研ぎ師。リケミチモリに紹介してもらった。斬馬刀と劍竜の太刀を研いでもらった。アオイと同年配で、口数多く陽気な男。若いが腕は良い。腕が良いとは知っていたが、名工からそんなに信頼されているとは思っていなかった。あらためて、あいつ腕が良いんだな、と思った。
そこで、その足で研ぎ屋へ行った。刀を見せて感想を聞きたかった、というよりも、自慢しようという目論見だった。
研ぎ屋ののれんをくぐり、「よう」と挨拶して、刀をかかげて見せた。
研ぎ屋の若い大将は、いつものように陽気に迎えて、次いで怪訝な表情になった。
「よう、大立て者。ご機嫌じゃないか。何だ? その派手な剣は。ん? 柄が曲がっているのか? なんだそれ? 言っとくがそいつは俺じゃ直せんぞ。打ち直してもらえ。ん、なんだそのにやにやは……」
アオイは自慢げに「まあ、見てみろ」と、刀をココに手渡した。研ぎ師は受け取り、「む」と唸り、次いで真剣な顔になり、抜いて銘を見て、目を丸くした。
「キトラ!? キトラニケがキトラを打った?? ニケじゃなくて? なんで!!」
全て抜いて翳して見て、振ってさらに目を丸くした。次いで若い研ぎ師は惚れ惚れした表情で、舐めるように刀身を見た。
「こいつは俺に研がせろ。俺以外に研がせるな。な。頼む。俺にやらせろ」
「ああ」アオイはにっと笑った。「キトラニケ様もそう言ってたそうだ。だから見せに来た。頼むぞ」
「任せろ」ココオリベは嬉しそうに笑った。にっと。
「オニマルには見せたのか」
「いや。まだだ。この後道場へ行って見せるつもりだ」
「あいつ絶対羨ましがるぜ」
「だろうな」
楽しげに話す剣士と研ぎ師。
時既に第一報がもたらされていた。




