お客さん3
二十二.【おつかい】
廟堂の玄関を出ると、ニニは口笛を吹いた。指で輪を作り唇に当て。高く綺麗な音が辺りに響き渡った。
すると。
小さな生き物が素早く駆けてきてニニの体を駆け上がり肩に乗った。四本の足は鳥そっくりで、体は少し胴長。平べったい頭をニニの頬にすり寄せた。「うふふ」とニニは嬉しそうに笑った。
「へえ……」感心したユタとリュウ。「それも竜なの?」大人ぶったしゃべり方が引っ込んだユタ。子供っぽい素の言葉が出た。
「うん。パルプという竜類。私の竜。リコ父さんにもらったの。名前はモコよ」ニニはモコの頭を撫でながら言った。
「いいなあ……」
心底羨ましいと思ったユタとリュウ。何しろ、犬猫さえ飼ったことがない二人。しかしさらに二人を羨ましがらせたモノは。
門の脇につながれていた五頭のオオカミ。馬とはまるで違う、まさに竜と呼ばれるにふさわしい勇姿。美しい純白の毛並み。長い首、引き締まった細い躰、尾。神獣の龍のようだが、龍よりずっと長い四肢。体横に膝をはって突き出ている。
さらに。オオカミとは別にもう一頭いた。これぞ竜使いの竜と言うべき、戦竜が。
「すごい、爪……」目を丸くしてリュウが言うと、
「一本だけすごく長いんだね……これで刺されたらきっとどんな動物でも一撃だよ……」ユタも感心して言った。
ニニは二人に感心してもらえたことが嬉しくて仕方ないみたいで、「お父さんの竜よ。羽根飾りもとっても綺麗でしょ」自慢げに言った。
「うん……格好いい……」
今度生まれ変わったら絶対竜使いが良い――、二人の少年はそう思った。
門を出るところで、再びアオイと一緒になった。
「ん?」アオイは言った。「何処に出かけるんだ?」
「シシ肉を探しておつかいに出るのです」ユタが答えた。「アオイさまは?」
「うん。たった今知らせがきて、注文していたキトラニケが出来上がったって」
「え⁉︎」ユタは目を輝かせた。でしたら私もご一緒します、喉まで出かかった言葉をのみ込んだ。今は大切なおつかいを頼まれている。「後で見せてくださいますか?」
「ああ。もちろん」
「では。僕たちはお使いに行ってきます」
しかし。
一緒に門を出たが、アオイはそこで捕まった。待ち伏せされていた。ルルオシヌミに捕まったアオイをあとに残して、ユタとリュウはニニを連れて北へ向かった。
「アオイさまはとってもおもてになるのです」
ユタが言うと、ニニは後ろをふり返りつつ言った。
「あんなブリッ子は私嫌いだなあ……さっきのお姉さんの方がずっと好いのに……」
「ぶり?」
「うん。ブリッ子」
「そうですか……」
そう答えてユタはリュウに小声で聞いた。「聞いたことある?」
リュウも小声で答えた。「ないよ。どんな意味だろう?」
「多分あまり良い意味じゃないね」
「みたいだね。どうしてだろう。おしとやかでとっても優しいお姉さんなのに」
二人は首を捻った。
●
その同じ頃。クムラギより遥か南方。昔蜥蜴の巣窟である太古の森を越えた先。蛇頭族の集落がある渓谷。岩肌に穿たれた無数の巣穴に、張り巡らされた綱の橋。本来ならば数千の蛇頭族の兵士と王族がこの渓谷にいるはずだった。
シュスらは肩すかしを食らった気分だった。もぬけの殻とはこのこと。いたのは二十匹ほどだった。しかも戦うことなく逃げ去った。宝玉のたぐいなど、彼らにとっての宝物は持ち去っていたが、千年星の欠片はさほど大切なモノではなかったのだろう。残されていた。
労せずして目的の呪文材料を手に入れた一行。困惑した顔を見合わせた。
「どういうことだ」
「どこかへ出かけた……。だがどこへ」
「大軍だぞ……」
「うーん……なんだか物凄くいやな予感がするな」戯けた口調でカタジニが言った。口調は戯けていたが目は真剣そのものだった。
アズハナウラはできるだけ冷静に考えて、カタジニの
予感を否定した。
「蛇頭族は霊格が高い。蜥人や小鬼と違い、容易には悪龍の影響を受けぬはず。現に今まででも、蛇頭族が街や村を襲ったという話は聞いたことがない」
「悪龍誕生以来、起こるはずのないことが次々容易に現実となっている」
イオワニはいつもの癖で、眉間皺を指先で押さえ、渋い顔を作った。
「大急ぎでクムラギに……戻ったところで……。まあ、クムラギへ行ったとは限らんが……が、状況から考えたら、クムラギかな……やっぱり……。そうか。俺はようやく合点がいったぞ。蜥人南下。南下してきたのに攻撃は散発的で大々的な侵攻はなかった。奴らは待ってたんだ。違うか? お前達はどう思う? 俺の考え過ぎならそうだと言ってくれ」
アズハナウラが真面目な顔で答えた。「考えすぎであることを願おう」
「そりゃ」イオワニに代わってカタジニが言った。「全肯定じゃないかっ。否定意見を言え」
「ううむ」シュスは腕組みをし、遠い空を見上げた。「俺としては、気を利かせてリリナネが残るよう仕向けたのだが……。しかし俺が残るべきだったか……」
「ほんとに貴様が一番アレだな。貴様はアレの刑だ」カタジニは懐に手を入れた。
「アレは勘弁してくれ」まったく表情を崩さずシュスは言った。
「しまった。カタパンを忘れてきていた」とカタジニ。
「とにかく」イオワニが割って入った。「まんざいをやっている場合じゃない」
「なんだ? まんざ……?」と、怪訝な顔になった一同。
「アオイが言っていた。こういうやりとりをマンザイと言うそうだ」
「ほう……」唸った一同。そしてその男の存在を思い出した。その男がクムラギにいることを。
「アオイがいたな……」
「そうだな」
皆、祈るような思いで、北の空を見上げた。彼らが見上げた空の、そのずっと先の空の下に、クムラギはある。空の底に横たわるようにして。その巨大な街の命運は一人の女魔導師の双肩にかかっている。もしも彼らが危惧したとおりの事態となったら、一人ではとうてい護りきれない。
アオイ。リリナネを助けてやってくれ—。




