お客さん1
二十.【お客さん】
お廟の廊下で、ユタはその女の子に会った。歳は彼よりも少し下で、買ったばかりと思われる綺麗な着物を着ていた。花と小鳥の柄が、可愛らしい顔に良く似合っていた。壁にかけられた筒灯を物珍しげに見ていたが、彼の方をふり向くとこう言った。
「あんた、ここの子?」
ムッとなった。この女の子は口のきき方を知らないと。が、年下の子には親切にしてあげるべきだと考え、彼は丁寧に答えた。
「ここの子というわけではありませんが、ここで働いている者です」
大人な受け答えのお手本を見せたつもりだったが、相手はあまり感心した風はなかった。
「ふーん」と答え、筒灯に目を戻した。「これ、ランプでしょ?」
ユタは何度も聞いていた。アオイが筒灯のことをそう呼んでいるのを。だから物知り顔でこう答えた。
「そうですよ。筒灯と呼ぶのが一般的ですが」
「なあんだ。ツツトウってランプのことだったんだ」
そう言って屈託ない笑顔を見せた。笑った顔が人懐こくて、つられてユタも笑顔を返した。
「超シブいわねぇ」
その言葉もユタはよく知っていた。だからこう答えた。
「やばいでしょう?」
すると相手は訝しげに眉をしかめ、次いで呆れた顔で笑った。「ヤバイってほどじゃないし」
馬鹿にされたように感じ、やっぱりこの子は生意気だと思った。
「そもそも、君は誰です? どうしてここにいるの?」歳上の威厳を示してそう言うと、
「私はお父さんと一緒にここに泊まるのよ」と答えた。
「じゃあ君が」
竜使いの頭首リコチャキが、娘と一族の者数名を連れてお廟に逗留することは聞いていた。
「リコチャキさまのお嬢さん?」
「そうよ。よろしくね。二日泊まるの。あんた、ここのお手伝いさんなんでしょ」
認識を間違っているうえ、その言い方には語弊があると感じた。今度こそマジでムッとしたユタ。そこへリュウが通りかかった。
「ユタ。どうしたの? その子は誰?」
ユタが答えるより先に、女の子が答えた。
「私はニニチャキ。あんたは誰? あ、そう言えば、さっきから話してるけどあんたの名前も聞いてなかったわね」
「僕はユタミツキ。君より少し歳上です」
かろうじて歳上であることと、礼節ある物の言い方をアピールしたユタ。しかしそれは、この相手にはまるで問題ではなかった。としか思えなかった。
「あ、そう」軽く言われた。
困惑気味の表情でリュウも名乗った。「僕はリュウミチモリ。ユタとは親友で同い年です」
「へえ」こちらも軽く。
しかも名前を覚えてくれた様子はない。その後の会話でもあんたと呼ばれたユタとリュウ。
二人はため息をついて顔を見合わせた。
なにしろ、竜使いの頭首リコチャキがお嬢さんを連れてやってくると聞いて、勝手に歳上の素敵なお姉さんを想像していた二人。期待を裏切られたうえに取り扱いに困る子。
けれど優しい二人は、多少生意気でも歳下の子には親切にしてあげるべきだと考え、お廟の中を案内してあげることにした。
●
ユタとリュウがニニに翻弄されていたその頃、廟堂の一室でリコチャキとタパタイラが話していた。ニニの事を。
「なるほど。では、ここに来るまでの道中、その子を知る者は誰一人いなかったと、そういうわけですな」
「ええ。誠に不思議なことですが。どれほど歩いたとしても子供の足。きっとすぐ見つかると思っていたのですが……」
「両親が見つかるどころか、誰一人知る者がいなかったと」
「ええ。一人として」
タパは静かに頷くと、いつもの穏和な笑みを浮かべた。一人の男を思い浮かべ。
「ここクムラギにも、似た境遇の者が一人現れた。今、この廟堂で暮らしておる。アオイセナという剣士。その者、剣士でありながら、異例づくめのケイを与えられ、その働きたるや比ぶる者なきありよう。おそらくは聖女マナハナウラ誕生に始まる定めを結実に導くため、天が遣わした者。私はそう思うておる」
「ほう、そのようなお方が……」
「そう。故に私は思う。リコチャキ殿。そなたの元に現れたその幼き子も、長じてはこの定めに深く関わる勇者となるのではないかと。記憶なきことが、誰も知る者いぬことが、その証拠。そして時折漏らす奇異なる言葉。まるでフィオラパのような。それもまた、天の遣わした者である証拠ではないか」
「なんと」リコチャキは言葉に詰まった。「ではあの子は、定めの為に天が遣わした者だと? それが私ごとき者の元に?」
「うむ。断言するには早計かもしれぬ。しかし我が私見ではそうとしか思えぬ。故にリコチャキ殿。それが天意ならば、そなたの術を余す処なくその子に伝えるが良い。その子がひととなりし時、定めを導く助けとなるはずである。なぜならば天はそれを予見して、そなたを選び、そなたの元に遣わした筈」
リコチャキは頭を垂れた。床に拳をつけて。胸にこみあげるものがあった。瞼に滲んだ。
「タパ殿。ありがたきお言葉。我が術はもとより、我が妻ニコチャキの術も、余す処なくあの子に伝えましょう。この定めの一助となるべく」




