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この多重宇宙のどこかで  作者: かべちょろ
武人無双篇
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分身の術2


 水を打ったように静まりかえった大通り。我に返った武人らが馬を駆けさせ、のたうつ蜥人に槍でとどめを刺した。人々からどよめきが起こった。アオイは懐から布を出し、剣の血をぬぐい鞘に収めた。今のは……? 自分でも少し驚いていた。玄寂、泰然としていて、それでいて鋭く迸った。その感覚を忘れないよう胸に修めた。


 馬上の武人がアオイに言った。

「見事でした」


「いえ」アオイは軽く頭をさげた。「この三匹で終わりですか?」


「いえ。もう二匹いるはずです」 武人は笑って答えた。「しかしお任せ下さい。あとは我らが」

 年配の武人が若い武人に「伝令を。アオイセナ殿が三匹退治されたと」と命じ、その若者が駆け去った。そして武人らは口々に「さあ、残り僅かぞ。徹底的に捜せ」と声を掛け合って四方へ散った。


 武人らが駆け去ると、アオイの周りに人だかりができた。人々は彼を知っていた。顔を知らずとも。飛燕の如き剣法と跳躍呪の使い手、巫術師タパの廟堂の剣客、アオイセナ。

「アオイ様ですね? タパ様の廟堂の」

「今のはいったい何の術ですか?」

 後ろから気丈そうなお婆さんが、人々をいさめた。

「これこれ。剣士殿を困らせるな。しかもまだ潜んだ蜥人が残ってるというのに。さあ、さあ。早く帰りなさい」


 言われて人々は名残惜しそうに散っていった。お婆さんはアオイと目が合うと「ご苦労じゃったな」と微笑んで立ち去った。アオイは会釈を返した。三々五々散ってゆく人々の中、アオイはルルオシヌミの姿を捜した。見つからず、アレレと思いふと立ち止まると真後ろにいた。


「なんだ、すぐ側にいたんですね」

「はい」

「帰りましょう」

「はい」


 アオイが歩き始めると隣に来て手をつないだ。注意できなかった。小刻みに手がふるえていた。


「さっきのは分身の術ですか……?」ルルオシヌミは肩をくっつけるようにして彼の顔を見上げて訊いた。


「いえ」そう見えたのかなとアオイは笑い、教えた。「普通の移動呪です」


「でも……とても速くて。どうやったのですか……?」


「タパ様から聞いたことがあります。ケイは持ち主の声を聞くと。ケイは身につけた人の意志を感じるそうです。術者が呪文を唱えた時の意志を読み取り、持ち主の力を開いてやるのだと聞きました。だからさっきのは、予めどう跳ぶか頭に描いておいて呪文を唱えたのです」


「始めから三回跳ぶつもりで?」


「いいえ。始めの敵を斬って、跳ぼうと思って目線をやったらもう跳んでいました。次の跳躍も」


「すごく格好良かったです……。分身の術を使える人なんて聞いたことがありません……。そんな人はお話の中だけで……」


 話しているうちに震えがおさまったようだった。もう手を離しても大丈夫かなと思った時。カタジニとオニマルサザキベにばったり出くわした。


 ん、と眉根を寄せたカタジニ。落雷に打たれたような顔をしたオニマル。アオイもハッとなった。気附いて慌てて手を離した。しかしそれが逆に不味かった。「ほう」カタジニは愉快げな笑みを浮かべた。


「なるほど。そうか。素早いのは剣だけではなかったか」

「え?」


「密会中にちょちょっと蜥人を退治するとは大した奴だ」

「ち、違います。密会なんて」


「隠すな、隠すな」

「か、隠していません。ツキツキを見に行っただけで」

「それを密会という。で、邪魔した蜥人をズバッと斬り殺した。そりゃあ力も入ったろう」


「ち、ちが」どうして黙っているんだ––! ちゃんと説明してくれ––! アオイが隣を見ると、ルルは真っ赤になって照れていた。『肯定』『肯定』『肯定』と渦巻いていた。


「残りの蜥人捜しは俺たちに任せて、お前はその子……誰だっけ? まあよい。廟堂の近所の子だろう。送っていけ」


 オニマルサザキベも笑顔で言った。「ルルさんを家までお願いします」


 その後はカタジニに散々好いようにからかわれ、もはや否定するどころか、どちらかといえば何とかふりはらい、別れ、しかし少しも歩かないうちに出くわした二人。丁度辻にさしかかったとき、横の道から飛び出してきた。リリナネとイオワニ。


「あら」とリリナネ。

「ん」と訝しげに片方の眉をあげたイオワニ。すぐに間の悪い奴だと同情的な顔に。

「う」良くないことに、まずい––、と思ったアオイ。まずいことに言葉通り顔に出ていた。手はつないでない––、焦って隣を見たら、袖の後ろをちょんとつまんでいた。


 リリナネはすぐに笑顔を浮かべた。随分大人な感じの笑顔だった。

「分身術を使う女連れの剣士って聞いてたけど、君だったのね」


 いったいどうしてそんな言い回しで伝わっているのか教えて欲しかった。伝えたのはどこのどいつだと思った。何とか説明しようとして目を白黒して「えっと、いや」と口ごもっていると。


「気をつけて帰ってね」


 リリナネは笑顔で言い残し、忙しそうに駆け去った。イオワニが慰めるようにポンと彼の肩を叩いて行った。彼は呆然と、街路の向こうに去っていくその人の背中を見送った。



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