ツキツキ見物1
二十一.[ツキツキ]
冥界へ入り聖女を連れ帰る––、アオイはそう決意したが、それは心中に期すだけで公言しない方がいいと感じた。よく考えなさいと言ったアズハナウラの顔を見れば歴然としていた。それは、人々から見れば大それた考え。しかも彼は、現時点では冥界入り正規の人員ですらない。
余計なことを口にして可能性を潰すべきじゃない。俺は、今、俺にできることをする––。今彼にできることは多くない。と言うよりも、他にない。
己を磨く。少しでも腕を上げ、何かの時は選ばれるように努める他。
部屋に戻るとユタが夕食を運んできていた。少し疲れた顔をしていたが、もう酔いは醒めている様子だった。
「お前ってけっこう……酒に強いのかもな」戻る途中の廊下や部屋で、転がって眠っている数人の少年を見た。
ユタは小首を傾げて「さあ……」と答えた。
「お前が大人になったら一緒に飲もう」アオイは約束した。
「うん」ユタは嬉しそうにニコッと笑った。
「それにしても」一言言っておくべきだと思った。「俺が間違えたときどうして黙ってたんだ?」
「ごめんなさい」ユタは照れ笑いを浮かべて謝った。
「まあいいや。次に飲むときは俺が連れてってやるよ。梅酒じゃない酒だ。お前が二十歳になる頃は……」ふと思った。その時、俺はどうなっているのだろうかと。今と同じこの廟堂で、同じ人々に囲まれて暮らしているのだろうか。タパやリリナネ、カタジニやイオワニ、そしてユタと。
「僕が二十歳になる頃は、マアシナさまの御子さまも大きくなっているよ。お姉さんの方は十一歳になってるはずだよ」
「そうか。そうだな……」当然の如く冥界入りを成功させ、その子達も元気に育っているといい。そしてその子達の母親マナハナウラもそこにいて……。
アオイの心の中に未来の絵が浮かんだ。それを奇異に感じたのは、記憶を失って以来初めてのことだったから。この廟堂で目を覚ましてからというもの、ずっと先の将来のことなど考えたことがなかった。現在の事に精一杯で。その時浮かんだのは、優しく、温かな、理想的な光景。
人は誰でもそんな空想の光景を胸に持ち、その光景に自分を重ねるべく歩む。
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翌日はルルオシヌミとの約束の日だった。そろそろ支度しようかなと思っていると、リケミチモリ氏が訪ねてきた、にこやかに笑いながら言った。
「リュウから聞きました。ルルオシヌミさんとツキツキに行かれるそうですね」
「え、リュウから?」話した憶えがなく、幾分驚いて問い返すと、
「リュウはユタから聞いたそうです」リケミチモリ氏は種明かしをした。そして意味ありげな笑みを浮かべて、懐から封筒を取り出し差し出した。「そういう時はちゃんと事前におっしゃって下さい」
「はい」何かまずかったのかなと思いながら受け取ってみると、中は紙幣だった。
吃驚した彼にリケミチモリは言った。
「女性と出かけるのにお金が無くては恥をかくでしょう」
「いや、でも、頂くわけには」
「遠慮することはありません」固辞するアオイに封筒を押しつけて帰っていった。
助かったと言えば助かった。どうしようかなと思っていた処だった。それにしても––、と彼は考えた。俺は何処から給料がもらえるんだろう、と。
ツフガは寄付と寄進で成り立っている。すでにアオイも仕組みを理解している。独り立ちしていない魔導師や巫術師は、師に寄せられた寄付から決まった割合を収入として得る。彼もタパの弟子になれば一口得ることが出来る。が、彼は巫術師を目指しているわけではない。タパからその話が一度出たときも、少し考えさせてくださいと答えた。自分は巫術師ではない、けれど魔導師なのか武人なのかはっきりしない。考えれば考えるほど分からない。魔法剣士って確かに聞いたことある気がするのに、誰に訊いてもそんな人は前代未聞だと言う。
現在の処はとても宙ぶらりんな状態だが、名目上はお手伝いの子供達と同じ。無給。
何か仕事探さなきゃな––。武人支度を全てリケミチモリ氏に揃えてもらった上、毎月お小遣いまで貰うわけにはいかないと思った。
日の辻にお廟の前に出てみると、ルルオシヌミはすでに門の外で待っていた。アオイの姿を見て嬉しそうに顔を輝かせた。が、すぐに目を泳がせて頬を染めた。相変わらずポワポワした何かを渦巻かせていた。「行きましょうか」と彼が言うと、「はい」と恥ずかしそうなそぶりで頷いた。
アオイが歩き始めると、隣に来て歩いた。しかし彼は、自分は方向を知らないことに気附いた。
「えっと……、どっちですか?」
「こっちです……」逆方向を指した。
「そうですか……」
二人で正しい方向へ向かった。
アオイはよそ行きの服を持っていない。いつもと変わらない風体。腰帯を結ばず、太刀を肩にかけて。ルルオシヌミは涼しげな柄の水色の着物を着て、髪にも可愛らしい髪留めをつけてお洒落をしていた。
歩きながらアオイは訊いた。「ツキツキって何ですか?」ユタに訊こうと思って忘れていた。
ルルオシヌミははたと頭を悩ませた風だった。
「ツキツキは……」悩んだ末答えた。「ツキツキです……お答えしようがありません……」
「どんなのですか?」何かの試合だというのは、アオイにも予想が附いていた。
「ええっと……こうするのです」
ルルは真似をして見せた。小さな拳を握りしめて構えると、可愛い声でシュッシュッと言いながら繰り出した。のろい上に全然格好になっていなかったが、アオイにも通じた。
「ああ」通じたものの言葉が出てこなかった。「それ、ボク……」
「僕……?」
「ええ。アレです。うーん……ボクサン」
「僕さん?」
「いや、うーん……」いくら考えても言葉が出てこない。
ツキツキでいいや––。投げやりにそう思った。
やがて一際広くにぎやかな通りに出た。そこに幟が何本も立ち並んでいた。建物は大きいが安普請。けれども前には人が溢れかえっている。風にはためく幟の文字を読んだ。
『ホンジツ ツキツキオウ ケッテイセン』
『アラシヲヨブ フウウンジ チョウセンシャ ニコニコ』
『ハチクノ レンショウカイドウ オウジャ ケレケレ』
「随分人気なんですね」隣のルルオシヌミに訊くと、「はい……」と答え、向かいの建物を指差し「向かいには芝居小屋もあります」と言った。
こちらは白壁に立派な屋根の建物で、正面入り口の上に、芝居の一幕らしき絵が描かれた大きな看板をかかげていた。異国風の街の景色と、クムラギとは異質な服装をした人物の絵。絵と一緒に書かれていた大きな文字は『マーホーズ ノ リョシュウ』
リョシュウは虜囚か旅愁、絵を見る限り虜囚––、と思ったが、「魔ー法ズ?」
「はい。マーホーズは西の遠国の港街の名前です。今は歌劇がかかっています。西方から来た歌劇団です」
「へえ……」街の名前か、言わなくてよかった––。言われてみれば聞いたことある気がした。意味も港という意味だったと思った。それより。
彼はさっきから気になっていた。近かった。隣りの立ち位置。始めはもっと離れていたのに徐々に接近してきて今は腕が触れそうなくらい。きちんと言っておくべきかなと感じた。
「あの……」
「はい……」
「俺たちは友達ですよね?」
「はい……」
「こないだオニマル君に言ったような説明は誤解されると思うんですが……」
「ごめんなさい……」ルルは目を伏せて素直に謝った。「嬉しくて、つい……」
「いえ……分かってくれれば……気にしなくていいです」伏せた目が潤んでいるような気がして彼は焦った。反省しているみたいだからもう良いと思った。
しかしそれは反省しているのではなかった。小技のたぐいだった。




