後片付け2
土を運んでいる途中、イオワニとカタジニに会った。カタジニは言った。
「おう。来たな、アオイ。俺たちは午前働いたから、もう引き上げるところだ」
「お疲れ様でした」
「ユタから聞いた。マタトアの後遺症でつぶれてたそうだな。無理するなよ」
「はい」
イオワニは酒を飲んでいた。持参の酒瓶を空にしていた上に、帰る前に天幕で酒を貰っていた。門の内側に消えた後ろ姿は、遠目に見ても上機嫌だった。
「アオイセナ殿」ふいに背後から声をかけられた。「この調子なら二日で終わりそうですね」
振り返ると、女のように綺麗な顔をした若者が立っていた。細面で切れ長の目。歳は彼と同じくらい。知らない顔だったが、声に憶えがあった。しかも腕に包帯を巻き、肩から吊っていた。
「そうですね」答えながら、この人がまさか––? 驚いていると、相手の方が気附いて詫びた。
「あ、これは失礼しました。あの時は頭巾をかぶったままでしたから。オニマルサザキベです」
「やっぱり」もっと厳つい男を想像していた。「どうも、……」思わず口にして、間抜けな感じの挨拶だと自分で思った。「アオイセナです」笑って手を差し出した。
あらためて握手を交わした。オニマルサザキベも「あらためて。よろしく」と微笑んで。
「肩は大丈夫ですか?」
「ヒビが入っていたようです」他人事のように言った。
「ヒビが?」ヒビが入っていてあれほど動き回り、平気なふりをしていたとは。「痛くなかったんですか?」
「ええ。リリナネ様のマタトアのおかげで」
「え? マタトアで!?」
「ええ」当然至極とばかり。
マタトア凄いな、感心するアオイを他所に。
「一ヶ月ほどで治るそうです」オニマルサザキベは笑って言った。話をアオイの剣技に移した。
「アオイ殿は、敵の目前で完全に一回転してますね。躯を廻して間合いに飛び込んだり、敵の攻撃を躯を廻して横に逃れたり」
「ええ。してますが」
「ううむ、剛胆な……」オニマルサザキベは信じられないとばかりに唸った。「一瞬とは言え、敵から完全に目を離してしまって怖くはないのですか?」
真面目に問われても恐縮した。
「いや……。相手が斧ばかりでしたから。剣を持った相手にはとても……」
「いやいや、謙遜なされるな。あの速さ故、出来る業と思います。皆がアオイ殿を何と呼んでいるかご存じですか?」
「もしかしてツバクロですか」
「そうです」
「ツバクロって実は知らないんですが、どんな鳥ですか?」
「ツバクロは丁度今時分が季節ですから、あ、ほら、あそこに飛んでます。ひらりひらりと」
オニマルサザキベの指差す方を見るとツバメが飛んでいた。空中の虫を追い、ヒラリヒラリと。しかし、飛び方と白黒模様はツバメだったが、記憶にある姿より大きかった。だからこれはツバメではなくツバクロなんだろう、と理解した。あるいは訛りかも知れない。「なるほど」と答えた。あれですな、と口から出かかり、変だと思ってやめた。「あれですか」
「本当に記憶がないのですね」オニマルサザキベは笑みを浮かべて言った。
「ええ。何だか、憶えていても記憶違いばかりで」
並んで歩いていると、再び、後ろから声をかけられた。
「アオイさま、オニマルさま」
ふり返るとルルオシヌミだった。「ご苦労様です……」。相変わらずうつむき加減で、ほんの気持ち首を傾げ、恥ずかしげな笑みを浮かべていた。
「やあ、ルルさん」オニマルが答えた。どうやら知り合いの様子。それから同じことに気附いた。「アオイ殿とお知り合いですか?」
アオイが答えるより先に、ルルは答えた。恥ずかしげに目を伏せて。
「はい。実は交際を……」
「え?」「へっ?」二人同時に言った。勿論、「え?」がオニマルサザキベ。「へっ?」はアオイセナ。オニマルサザキベの眦がわずかにつり上がった。が、アオイは気附かなかった。それどころじゃなかった。どうしてそういう風に話しが変わったのか問い詰めたい気分だった。が、ルルオシヌミは続きを言った。
「を、前提にお友達に……」
その通りだった。あの時の話しはその通りで、まったく嘘は言っていなかった。そんな言い回しがあるのかどうかはともかく。が。
「ほう……」オニマルサザキベはにっこり笑いながらアオイに訊いた。「そうなのですか。アオイ殿」
にっこり笑っていたが唇の端が少し引きつっていた。が、アオイは気附かなかった。アオイは女性に対して鈍いだけではなかった。そういう事柄全般に対して鈍かった。
「あ、ええ……そうなんですが……」その通りにしても、そういう紛らわしい言い方をしなくても良さそうに思い焦っていた。この子は天然なのか––、それともわざとなのか––、どっちなんだ––。分からなかった。
しかしそもそも、彼を痴漢にしておいてその隙に仲良くなろうと言う発想自体、策略家だった。そしてこの策略家は、意図せず以下の仕事もした。
アオイにようやく出来かけた同じ歳の友人、その心を離してしまった。策略家は策略家でまた、自分自身に向けられている好意には鈍かった。




