アオイ初陣10
十四.[帰路]
リリナネと並んで廟堂へ向かっていると、町の人みんなに挨拶され労われた。「ごくろうさまでした」。「お疲れ様だねえ」。みんな一様にホッとした表情でにこやかに笑いながら、口々に。
笑顔と挨拶を返しながら二人並んで歩いた。誇らしいような、くすぐったいような変な気分だった。
「お廟で少し休憩したら、後片付けに行くわよ。寝てなくて大変だけど頑張って」歩きながらリリナネは言った。
「はい。後片付けって?」
「死体を片付けなきゃ。それは、町の人総出でやるの。男の人は穴掘り。女の人は炊き出し」
「へえ……」
「今回の大群だと何日かかかるわね……」
「そうですね……」面倒くさがる気持ちはないが、あまり嬉しい作業ではなかった。
あの大きな犬について、と言うよりも害獣について教えてくれた。
「この地方に四頭、世界中で三十数頭の害獣がいるの。姿形は様々。奴らは魔力をおびていてその爲死なない。何百年も生きてる。魔力の素になる魔方陣が何処かにあるの。それぞれに。でも、何処にあるのかは全く分からない。中には元素術を反射する奴もいる。さっきの黒犬も、シュスが術を使っても効いてなかったでしょ。そしてあの黒犬は大抵蜥人がつれてるの。蜥人の守り神みたいなもの。だから蜥人がきっと近くにいたはず」
「へえ……。セキジンはどんな奴なんですか」
「小鬼族より大型の蠻族よ。丁度人と同じくらいの背丈で、人よりずっと頑丈。がっしりしてる。顔は灰色で蜥蜴みたい。蜥人のセキは蜥蜴の意味よ」
「へえ……」
「蜥人は弓も使うから注意してね。灯火の槍や斬馬刀を手にしていたら、的にされる」
「そうなんですか」
「でも、君なら大丈夫。弓さえ気を附けてれば」
気になっていたことを一つ訊いた。「イオワニが言ってた、扉の神召喚を蠻族に気取られたって、まずいんですか……?」
「うん。奴らじゃなくて、悪龍に気取られたってこと。これだけの数の小鬼族が攻めてきたって事は、きっともう気附かれてる。奴らは踊らされてるだけ。これはきっと悪龍の意図。イロキノが霊波を送り蠻族をここに集結させてるの」
「悪龍は地の底にいるのにどうしてこの世界の状況を把握できるんですか……?」
「蠻族や害獣の目を通して知るんじゃないかって言われてる。逆に霊波を捉えているんじゃないかって」
「そうなんですか……」教えて貰いついでに聞いた。ツフガの言葉には全て意味がある。「イロキノってどういう意味なんですか……?」
「ツフガの言葉で、悪い蛆という意味」
「蛆ですか」
「うん」
龍に名付けて『蛆』ってどうなんだろう、その姿を見たことないアオイは感じたが。それよりも気になっていたことを聞いた。
「シュスロー様とアヅハナウラ様が戻ってきたということは、最後の呪文材料を捜しに出発するんですか?」
「うん。でも人選はツフガの会合で決めるから。この状況なら政治堂から要請があると思うの。町の守備にツフガ側の人間も残しておいてくれって」
町が蠻族の攻撃に晒されている現在の状況では、リリナネかシュスのどちらかが町に残る公算が高い、という事だと理解した。そしてその通りだった。リリナネは言った。「私かシュスのどちらかが残ることになると思うの」
「そうですか……」
自分はどちらにしても残ろうと思っていた。この町を護る。自分が役に立てると分かった。ユタとの約束もある。出来れば、リリナネに残って欲しい。が。
そんなこと言えないよな––。
「アオイさまあ」
前の方からユタとリュウ少年が駆けてきた。顔を輝かせ息せき切って。リュウ少年はニコニコ笑っていた。ユタも笑顔だったが、アオイの前に立つと袖でごしごしと目を擦った。
「ご無事で戻られて、何よりです……」
「ああ、ホントにそうだな」
二人の少年は口々に言った。
「お風呂の用意が出来てます」
「みんなが帰ってきたら入って貰おうと思って、僕たちで沸かしたんです」
「そうか。ありがとう」
「本当はアオイさまに一番に入って貰おうと思ってたんだけど、カタジニさまに取られちゃった」
リリナネがプッと噴き出して笑い、アオイもつられて笑った。
「そうか」
四人並んで廟堂へ帰った。




