アオイ初陣9
十三.[灰呪]
門の周囲に、武人らは陣形を組んでいた。門を中心に緩い半円。アオイとリリナネは中に飛び込んだ。最後の一群だった。背後にはもう蠻族のみ。陣の中にシュスとアヅハナウラはいた。アオイが見上げると馬上の大魔導師と目があった。大魔導師シュスは何も言わず前方に目を戻した。オニマルサザキベが報告していた。大魔導師は頷き、馬を陣の外側に進めた。アヅハナウラと、オニマルサザキベをはじめとする数人の武人が術者を護り左右に立った。
いつの間にか側に来ていたイオワニが、ニヤッと笑って言った。「アオイ。聞いてると思うが、見るなよ」
「え?」
次の瞬間、眼前が輝いた。群がっていた小鬼族、闇の奥を駆けていた小鬼族、その全てが光った。大魔導師の走らせた右手に沿って、全て。光の洪水。アオイはまともに光を見てしまい目が眩んだ。何も見えなくなった。
リリナネの声が耳元で聞こえた。「大丈夫? アオイ」。イオワニの声もした。「何だ。見ちゃったのか。灰呪を見たら暫く目が効かんぞ。おいおい、誰も教えてなかったのか?」
「聞いていません……」
術が撃ち漏らした敵は武人らが始末していた。中の一匹が人の盾を突破して飛び込んできた。半狂乱になって斧ふり回す。目が見えず立ちすくんでいるアオイを見つけ、躍りかかった。イオワニ、カタジニが剣をふるうより、リリナネが手を翳すより早く、二人の武人が槍で貫き始末した。二人の武人は、イオワニらと目で笑みをかわし、立ち去った。
視力が戻った時、うっすらと夜が明けていた。風もおさまっていた。周りに武人は多くいるが、イオワニとカタジニの姿はなかった。シュスローとアヅハナウラの姿も。リリナネが一人、見えないアオイの爲に残ってくれていたみたいだった。
「見えるようになった?」
「はい。すみません」
リリナネは笑顔で答えた。「いいのよ。見ちゃったんだもの。仕方ないわ。言ってなかった私達も悪いし」
「敵はもう」
「全部退治したわ。壁の上に残っていた奴も」
「そうなんですか……。何だか、最後は役に立たなかったですね。すみません」
リリナネは笑顔で首をふった。
「あれだけ活躍したんだもの。充分よ」
「みんなは?」
「タパ様の廟堂に向かったわ。私達も戻りましょう」
「はい」
話している二人の側に、武人がやってきた。無骨な顔立ちで三十代半ば、服の柄に見覚えがある。にこやかに笑いながら言った。
「見事な働きでしたな、ツフガの剣士アオイ殿。まさに、ミチモリ様より伺っていたとおり。私はモモナリマソノ(百成・真苑)。先ほどはご挨拶できず失礼した。今後またこのような事があれば、是非とも力を貸して頂きたい」
「はい。勿論」握手を交わした。
「アオイ殿のお歳は幾つかな?」
「いや……、あの、実はハッキリ憶えてなくて」
「ああ。記憶がないのでしたな。しかし見た処、甥っ子のオニマルと同じくらい。どうか仲良くしてやって頂ければ。親友にもなりましょうし何かと力にもなりましょう」
「はい。あの……、オニマル、君は?」
「肩を痛めて手当てに帰った。脱臼か骨折か知らぬが。まったく。落馬したくらいで軟弱至極。アオイセナ殿のお耳に入れるのは恥ずかしい限り」豪放に笑った。
「え、じゃあ、やっぱりあの時」肩をやられていたのだ。なのに平気なふりをして、あれほど動きまわり働いて。軟弱という非難はまったくあたらないと思った。
モモナリマソノは豪快に笑いながら「ではまたお会いしましょう」と言い残して立ち去った。
アオイはリリナネに言った。「俺の斬馬刀を取ってきます」
「うん。じゃあ、ここで待ってる」
薄明かりの空の下、平原を覆い尽くすように黒こげの死体が横たわっている。その中を歩いた。途中、立ち止まり、目を閉じ、手を合わせた。
祈り終わり頭をあげると、後ろで待っていたはずのリリナネが隣にいて、一緒に手を合わせていた。リリナネが祈り終わるのを待って、歩き始めた。
「意思の疎通は出来ないんですよね……」
「うん……。私達の言葉は理解しない。蠻族の言葉は、私達には喋れない……。たとえ話せたとしても、無理……。操り人形とは言わないまでも、それに近いものだから……」
自分の斬馬刀を見つけた。側にイオワニとカタジニの斬馬刀も刺さっていた。戦いのさなかのことを思いだし、暗鬱に沈んだ気持ちが少し軽くなった。
自分に友達がいたのかどうか記憶はない。それが良い仲間だったのか良くない仲間だったのかも。けれど、戦いながら感じていた。この仲間はいい––。友達と呼ぶには、皆、歳が離れている。イオワニもカタジニも。けれど仲間だった。そしてこの仲間は良かった。
三本の鉾を抜き、まとめて肩に担いだ。
「帰りましょう」リリナネが言った。




