アオイ初陣4
足元に綱がある。敵睨み据え、眼光で威嚇しながら、刃を綱にあてた。しかし簡単には切れない。頑丈な上、ブラ下がる小鬼族の重みでピンと張っている。綱の下に切っ先を抉じ入れてグイと引き裂いた。ピッと切れ目が入った。小さな切れ目はみるみる裂けて、ぶら下がっていた敵が闇の中へ吸い込まれていった。
前面と背後の敵が示し合わせて襲いかかってきた。
腰を落とし素早く前後に突き繰り出した。背後の敵に石突喰らわせ前面の敵に鉾身をぶち込み引き倒し、廻した勢いそのままに、隣の敵頭骨を石突で砕いた。返す勢いでもう一匹石突喰らわせ、身を廻し、背後の敵に向き合い鋒繰り出す。
しかし敵が多い。アオイの隙をついて背後から鉞振り上げて襲いきた敵。アオイは気配で察し、間に合わないと踏んで柄を持つ左手離し、印を結んだ。が。
突如空気中に出現した八本の剣がそいつを串刺しにした。そして立て続けにアオイの周囲で炸裂する劍呪。下に目をやった。しかし一瞬のことでは何処にいるのか分からなかった。
きっとどこかから見て援護してくれているんだ––。
勢いづいて斬馬刀を振るうアオイ。彼にとって厄介な位置の敵、危ないタイミング、全てリリナネの劍呪が取り除いてくれる。
リリナネばかりではなかった。彼から離れた場所に次々打ち込まれる灯火の矢。おかげで闇の中の一本道、細い戦場が仄かに照らされた。
足元に最前断ち切ったのと同様の綱。
綱を登って壁上に顔出した小鬼の額に鉾身をぶち込み、引き抜くや躰を廻して後ろ蹴り喰らわせた。闇の底に吸い込まれていった敵の体。
アオイは最前同様の方法で綱を切った。鈴なりにぶら下がっていた小鬼どもが悲鳴をあげて落ちていった。
間髪入れず敵の中に躍り込む。斬馬刀廻し。
ここでは小技は使えない。力任せに薙ぎ払う。背後や、手に余る敵はリリナネに任せた。踏み込む度、石を蹴る度、兵靴の鉄の歯が火花を散らす。カッ、と石を刻む。石の上では、鉄の歯が逆効果だった。時に滑りそうになる。石を砕くほど蹴ればいいだけだ、そう思った。
アオイは屍を踏み越え敵を斬り倒しながら、隙を見て綱を切った。
壁の外側から一本の梯子が立てかけられているのに気附いた。一体どうやってこんな長い梯子を造ったのかは知らないが、この梯子でここに登り綱を渡したに違いない。
登ってきていた小鬼族を斬り殺し、梯子を蹴ったが梯子は倒れない。闇の中目を凝らすと、これもまた小鬼族が鈴なりに群がり登ってきている。
アオイは素早く斬馬刀足元に置いて、梯子に肩をあてた。体重をかけて押した。敵に囲まれて無防備な姿勢さらしたが、リリナネを信じていた。
ここぞとばかり襲いかかって来た敵。託したその期待通り、全てリリナネの劍呪が片付けてくれた。
それでもその猛攻を潜り抜けてきた敵、一匹。アオイの背めがけ斧振り上げた。
既に梯子は動いていた。アオイは壁のへりに兵靴の鉄歯食い込ませ、渾身の力振り絞り、梯子押した。
斧は空を切った。一瞬早く、梯子は倒れ、闇の中へ。同時に吸い込まれるように、アオイの体も闇の底へ。
戦場どよめいた。リリナネの悲鳴が聞こえた気がした。しかし既に印は結んでいる。
落ちながら首を捻り闇雲に上方睨みすえ、移動呪。強風の星空の中に翔び、眼下の壁上見てとるや再び移動呪。
壁上に現れるやいなや、側に立つ敵に後ろ回し蹴り。度肝をぬかれた格好の周囲の敵。宙を舞い後ろ蹴りを腹に喰らわせ一匹を転がし、さらに一匹の眼前に立つや、右脚振り上げてカケ蹴りで顎蹴り砕いた。
立て続けに敵蹴り倒し、己の斬馬刀拾い上げた。下の方で歓声が沸いた。
再び斬馬刀で敵斬り倒す。その周囲で次々炸裂する劍呪。その劍呪に助けられながら綱を切っていくアオイ。
綱は全て切った。敵はまだ残っているが封じ込めたも同然。アオイは石の縁を蹴り、空中に飛び出した。背に向けて数本の斧が放り投げられた。が、掠めることすらなかった。落ちながら唱えた。
地上に現れたアオイセナ。
そこは畑の中だった。すぐ側にイオワニがいた。数匹の小鬼族と切り結んでいる。アオイは一匹を斬り伏せ、イオワニと背中合わせに立った。
敵を睨み据えながら、イオワニは背中越しに言った。
「大した働きだな。大活躍じゃないか」
「見てましたか」
「見らいでか。皆見てたぞ」
襲いかかってきた敵をそれぞれ斬り伏せた。地が軟らかで足をとられる。イオワニは言った。
「アオイ。ここは足場が悪い。道まで跳べ」
「え?」
「いいか。俺がつかまったらすぐに唱えろ」
「いや、えっと、俺は自分以外跳ばせないんです……」
「馬鹿たれ。お前の体にくっついているモノは全てお前と共に跳ぶ。そうでなければ、お前は跳んだ先で丸裸になるじゃないか」
「あ、そうですね……」
言われてみればその通りだった。手を翳して人や物を移動させられないだけ、だった。
団子になって一斉に襲いかかってきた小鬼族。イオワニがアオイの肩をつかんだ。「よし、跳べ」
アオイは素早く印を結び唱えた。敵が斧を振り下ろした時には、二人の姿は消えていた。
広い道、中央に跳んだ。騎馬と小鬼族が激しく切り結んでいる。現れるやいなや、二人とも斬馬刀をふるい、それぞれ一匹と二匹を斬り捨てた。武人達が沸いた。「おお! 壁上の」「ツフガの剣士殿だ」口々に。その中にリリナネの声。
「アオイ!」
見るとすぐ側にいた。リリナネを護るように斬馬刀をふるうカタジニも。
「おう! 来たな。色男。壁の上で大働きじゃないか。次は俺も連れて行け」敵を斬り伏せながら笑って言った。
「良かった。会えましたね」斬馬刀を構えたままアオイは答えた。「さっきはありがとうございました」リリナネに援護の礼を言った。
「息が切れてるじゃない。ちょっとじっとしてて」リリナネはそう言うと、アオイの前に回り手を翳した。
「マタトア」リリナネが呪文唱えると。
不思議な事に息切れがおさまり、心が静まった。何かが躯の芯に据わった。しかも知覚が高まった気がした。視力、聴力、共に。慌ただしく動き回る戦場の様子が、まるで止まっているかのように感じる。
「これは?」
「神経呪よ。戦士に勇気と落ち着きを与え、五感を高めるわ。怪我してる時は、逆に鎮痛効果がある」
「へぇ……、凄いですね。ありがとうございます」
斬馬刀を構え、敵と睨み合いながらイオワニは言った。
「内側の小鬼族は残り僅かだ。全て退治して外門を開くぞ。アオイ。剣を抜け。お前の剣術を俺に見せろ」
斬馬刀は柄が金属で重く、今まで腕力でふり廻していた。彼本来の動きではない。イオワニは見抜いていた。
「分かりました」
アオイは斬馬刀を地に突き立て、劍竜環頭太刀を抜いた。印を結んだ。カタジニが気附いて慌てた。「おい、待て。俺も連れて行け」
待たずに唱えた。
人と蠻族が一番激しく切り結んでいる場所に跳んだ。門のすぐ側の激戦区。
「こら、ずるいぞ、貴様」カタジニの声が後方に聞こえた。




