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三.[大楽]
「その事であれば如何様にもお力添え致しましょう。知っている事はお話しし、必要な物があれば揃えます。何なりとお申し附けください」
顔附きを見ればタパタイラも事件を憂えていることが分った。シュスはさっそく質問した。
「では先ず、この事について既に神霊に伺いをたてられたのであればお聞かせ願えますか」
「つい先日のこと、クリイ・ラギ様が召喚に応じてくださいましたが……」
「その時、何と?」
「質問に面を曇らせ、分らぬと。神隠しに遭った人々の行方も、それを行う者の姿も、闇に包まれて見えぬ、と」
尋常ではない答えだった。神霊の目を遮る闇が在るとなれば、必然的に思い至る。
「まさか犯人は悪魔の力を借りた妖術により目眩ましを……、それ故見えぬのでしょうか……」
「かも知れませぬ……」
シュスは唸った。悪魔の力を借りる術は魔導師にも巫術師にも厳に禁じられている。
「人の仕業でしょうか、それとも害獣……」
「どちらとも……」
「実は此処に来る途中でフィオラパに逢いました。その話では、人々はまだ生きていると」
「おお。それは朗報。では……」
「しかし、こう言われました。生きているうちに捜し出せたら何も起こらないが、もし死んでしまっていたら、大変だと。もっと沢山、人が死ぬと……」
一旦明るくなった巫術師の表情が再び曇った。眉間に皺を寄せて考え込み、しきりに首を捻った。「それは一体……」。
シュスは自身の力不足を詫びた。
「申し訳ありません。わたしではそれ以上訊き出す事が……」
「いえいえ。気に為されるな。それだけ訊き出せただけでも大したもの……」
「しかし一体その意味は……」
「分りませぬが、何かとんでもない禍が起ころうとしている。それは確かなのでしょう……」
二人はしばし黙り込み、事件を思った。禍を思い、消えた人々を思った。人々の悲痛な叫びが聞こえてくる気がした。沈鬱な事件。
「何としても、人々を救い出す、今はそれしか……」
「うむ。実は此処クムラギの政治堂でも、この事件を調査する爲の人々を特別に選任しました。明日、一人の男を紹介しましょう。わたしが推輓した者で、リケミチモリ(リケ・道守)という若い武人です。協力して事にあたられると良いでしょう。また、明日からはアヅを案内に附けましょう。この子は少年ながら頭が良く何かと気が効きます。見聞きした事を人に話すこともありません。調査のお役に立ててください。細かい用事などもアヅに任せると良いでしょう」
「それはありがたい……」
「クムラギに居られる間は此処にお泊り下さい。今、アヅに部屋を用意させます故、少々お待ちを」
「何から何までかたじけない……」
その後、アヅハナウラ少年が部屋を用意してくれるまで、暫らく二人で事件について語り合った。此処クムラギでの神隠しは十八件という事だった。人々がいなくなった時の状況も、シュスが知るものと全て同じだった。つまり、誰も何も見ていない。皆、気が附けば居なくなっていた。
やがて現われたアズハナウラ少年に案内されて部屋へ向かった。附いて行くと、少年は入り口から外へ出た。手にした棒に粉をふりかけ、灯火の呪文を唱えた。棒が優しい光を放ち夜の庭を仄かに照らした。この類の呪文はケイを必要とせず、調合した魔法を粉や液体のまま持ち歩いたり、持ち物に宿しておき必要な時使う。魔導師でなくても使える。シュスは思わず苦笑いを浮かべた。
「クムラギは硝子の筒灯で有名な筈」
少年はふり返り笑みを浮かべ答えた。
「こちらの方が簡単ですし、タパ様がいくらでも調合してくださいますから」
呪文材料の調合はシュスら魔導師の専売特許ではなく、巫術師も能くする。
少年は先を歩き、やがて高楼の扉の前に立った。シュスは面食らった。
「此処は宝物や古い書を保管しているのでは?」
「はい。しかし最上階は何もありません。タパ様にこちらへお通しするよう言われました。宿泊用にはなっておりませんので多少ご不便かと思いますが」
「一体、何故……?」
少年はにこっと笑った。
「フィオラパは夜飛びます。高い塔の上の大魔導師様の姿を見れば、また降りて来るかも知れません」
シュスは苦笑しつつ頷いた。




