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この多重宇宙のどこかで  作者: かべちょろ
旅立ち篇
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旅立ち篇7

六.[先延ばしにしてきた回答]


 翌日。アヅハナウラ突然の逐電ちくでんに人々は慌てふためいていた。逐電と表現すれば逃げ出したようで人聞きが悪いが、人々からしてみればまさに落雷のような衝撃。知らせを聞いてお廟に集まった沢山の人。


 置き手紙を読んだタパが彼の気持ちを代弁して説明してやっても、人々、特にリケミチモリやモモナリマソノは残念そうな顔をしていた。

「うーん……。気持ちは分からんでもないが……。叙任式を終えてからでも」

「うむ。せめて叙任式に出てくれれば」

 腕組みして、返す返すも残念とばかり繰り返す二人の武人。


 その顔を見たらなにやら叙任式に仕掛けあり、アヅの気遣いが杞憂であるように思えたアオイ。とはいえ、大剣士は二人いらぬというのはアヅの詭弁であり、本心はまったく違うと推測ついている。

 自分にはその資格ない、それが本心だろう。アオイもまったく同じ。仲間を死なせて戻ってきた。救えなかった。どころか、自らの手で殺めて。

 好きな女性ひと一人護れないでなにが英雄だ、そう思う。アヅハナウラの気持ちも同じだと思う。

 けれど彼が甘んじてその称号受けるのは、先に説明したとおり。贖罪。アヅは辞退する。自分にその資格ないと。彼は受ける。その身に責め苦を負うため。


 アヅハナウラ失踪という大事件に、廟堂に大勢の人が詰めかけた中、その子はやって来た。人混みの中にアオイの姿を見つけるとホッとした笑みを浮かべ、トコトコと前までやって来て「良かった。やっと見つけましたよ。ルルオシヌミさまから預かってきました」と、封書を差し出した。


「ん? ルルさんから?」

「はい」


 アオイは封書を受け取った。「ご苦労だったね」お礼を言ってお駄賃を出そうと懐に手を入れた。

 その子は「いえいえ」とかぶりをふった。「ルルオシヌミさまから頂いてます」と。


 だったらなおさらと思った。「ルルさんはいくら君にあげたの?」


「ええっと。言っていいのかな……」十二歳くらいのその子は弱り果てた顔をしたが、大剣士様の質問に答えないのは失礼と思ったようで、正直に金額を答えた。


「そう。だったら」アオイはその倍のお金を出してその子の手に握らせた。


「え? 駄目です。こんなに頂いては」恐縮した顔をしながらもパッと目を輝かせたげんきんな少年。「いいから。いいから」とアオイが言うと、何度も頭をさげて駆け去った。


 アオイは気付かれないように人混みを抜け出し、ひとけない裏庭で手紙を読んだ。短い手紙だった。「いつものバルで待っています」とだけ。


 アオイは部屋に戻り外出の支度をした。とはいえ、普段着にツフガの道服を羽織り太刀をおびただけ。褒められる処と言えば、ちゃんとしとうずを履いたトコくらい。

 手紙には時間が記されていない。きっとあの子のことだから、今既に待っていて、彼が来るまでいつまでも待っているに違いない。


 廟堂の玄関を出るとラナイ少年が待っていた。めざとい。が。お供してもらうわけにはいかない。


「今日はいいから」と言うと、困った顔をした。

「タパ様から言われています」

「えっとね、プライベートな用事だから」

「ぷらい……なんですか?」

「うーん……」こっちの言葉で言うと逢瀬だが、それでは意味合いがまったく違う。「女の子とお話ししてくる。ルルオシヌミさん」


「あ……。失礼しました」さっしたのか真っ赤な顔して頭をさげた。




 いつものバルとは、廟堂から歩いて三分ほどの場所にある。いつも芝居見物の帰りに立ち寄った。


 バルに到着するとやはり失笑してしまった。これのどこがバルなんだ? と。


 入ってすぐの土間にはカウンターがありスツールが並んでいる。だが雰囲気は角打ち。九州的な、酒屋で一杯ひっかける感じ。

 勿論スツールも「スツール」なんて名称で呼ばれてないし、オシャレな洋風感は皆無。

 カウンターの向かいには駄菓子の棚があり子供たちが群がっている。カウンターでひっかけている酔客も、時にスツールを降りてつまみを探しに来る。

 土間の奥に上がりかまちあり、板の間が広がっている。四人がけの座卓が沢山並んでいる。

 酒も出し軽食も出す。喫茶としても利用できる。意味合い的にはまさしくバルだが視覚的には全然バルではない。駄菓子屋と居酒屋がごっちゃになった形態。


 西方から伝わった名称かな……。だったら西方にはやっぱりスペイン人がいるのか……? なんでスペイン人なんだろう? 含み笑い浮かべ、アオイは土間に踏み込んだ。少年達が気付いてアッとふり返った。袖を引っ張り合って教え合い、ざわついた。


 その視線を照れくさく感じながら奥へと進み、座敷に上がった。すぐにルルオシヌミの姿を見つけた。緊張した面持ちでうつむいて座っていた。近付くと気付いて顔をあげた。真っ赤になり再びうつむいた。


 アオイは真向かいに座った。

「お待たせしましたか?」


 ルルオシヌミは無言で首をふった。意を決したように口を開いた。きっと彼が来るまで胸中で何度も練習していたに違いない言葉。

「あの。私、あきらめます……」

 顔をあげた。涙で潤んだ瞳。可愛らしかった。人差し指で、涙ぬぐった。その仕草も可愛らしかった。

「リリナネ様にはかないませんもの」泣きながらニコッと笑った。


 アオイはなんと答えるのが適当か分からなかった。

 正直な処を言えば、ホッとした。自分から切り出さずに済んだ。最低限の思いやりとして、彼女から切り出した事で彼女のプライドを傷付けずに済んだ。それを内心ホッとした。

 慰める言葉を探して「ルルさんならきっと良い人が見つかります」と言った。勿論、その『良い人』の心当たりがあるから。けれどそれが誰かは言わない方が良いと思った。それは本人が頑張って伝える事柄。

 しかし女性にうまく気持ち伝えることができるタイプとは到底思えなかったので、ちょっとくらいにおわせた方が良いかとも思った。


「ええっと……」オニマルとか、どう思ってます? そう口にしようとして、やはりやめた。

 それにしても、と感じた。この子鈍すぎるな、と。自分の事は棚に上げて。


「知ってます?」

「え?」

「小さな男の子って、好きな女の子に意地悪しちゃうんですよ」

「はい?」

 暗にオニマルのことを教えたつもりだったが、会話に脈絡なさ過ぎだった。



 その日。ニシヌタ老婆の喪も明けた。にわかに華やいだ町の雰囲気。明日、アオイの叙任式がある。






七.[夢の逢瀬]


 叙任式では、これと言って記憶に残るような出来事はなにもなかった。

 ただ、朝早くからユタがいつもの三割り増しで世話焼きしてくれて、煩わしかったことを憶えている。


 政治堂で彼に向けられた称賛も美辞麗句も、彼の中を素通りした。


 ひとつ意外だったのは、称号が大剣士ではなかったこと。前代未聞のその称号は『大魔法剣士』。大剣士の称号『雷人』と大魔導師の称号『龍者』からそれぞれ一字ずつ取り、『雷竜』。


 クムラギ指導者らの腹づもりではアオイセナに大魔法剣士、アヅハナウラに大剣士の称号を与えバランスを取るつもりだったらしい。アヅ失踪を知ったときのモモナリマソノとリケミチモリの無念ぶりが納得できた。


 大魔導師に白練りの道服が与えられるのと同様に、大剣士にもその称号をあしらった胴服が与えられる。彼に与えられた胴服は、雷をまとった竜の図柄。


 叙任式を終え、胴服を羽織り政治堂の外へ出て来たアオイを、沢山の人が待っていた。ユタやリュウやラナイ、お廟の少年達は勿論、親友のオニマルも、道場の少年達も、研ぎ師のロコオリノも、顔なじみの町のおじさんおばさん達も。

 みんな自分の事のように喜んでいた。


 人の輪の中に迎えられ、彼は気付いた。自分がこの人々の誇りとなっていることを。

 叙位されたことを少しも嬉しく思わなかった彼だが、その事は嬉しく感じた。




 その夜。


 彼は夢を見た。


 彼は砂浜を歩いていて隣にはリリナネがいた。楽しげに微笑んで。彼も楽しげな笑みを返した。波打ち際を歩き、寄せる波に足を洗われ、ずぶ濡れになった靴を捨て、その様子を笑い合いながら、二人で歩いた。


 眠りの中にありながらも、彼には、コレは夢だという意識があった。分かっていた。ただ、自分の願望が夢へ現れただけだと。この世界でリリナネと海辺を歩いた記憶はない。この世界の海がどんなかも知らない。だから、コレは自分の記憶の中にある海の景色の中で、勝手にリリナネを想っているだけだと。けれど。


 リリナネが逢いに来てくれたと思いたかった。


 岬の先には綺麗な都市が広がっていて、それは彼は見たことがない記憶。きっとテレビか何かで見た外国の景色だと、夢の中の朧な意識で思った。夢の中の光景を他者に見せることなどできないが、もしもこの地方の人にその都市を見せれば、ラエモミと即答するだろう。


 二人は終始笑い合いながら、たわいない会話交わしながら、楽しげに歩いた。リリナネが波打ち際にしゃがみ、アオイも隣にしゃがんだ。リリナネが細い指先で砂に絵を描き、波が消してゆく様を眺めた。


 リリナネが顔を上げ微笑んで言った。

「クムラギの英雄になったね」


 楽しげだったアオイの顔が曇った。

「全然……、違う……。君を救えなかった」


 リリナネは微笑んだ。

「救ってくれたよ」

「助けられなかった」

「ううん。助けてくれた。聞いて。私は消えてしまうところだった。私は、君を好きだというこの気持ちを消したくなかった……」

「そんな、そんなこんなで命を落としたら……」


「いいの。私達は皆んな、この宇宙の一部。私が死んでも、君を好きだっていう私の気持ちはこの宇宙のどこかに小さく刻まれる。それで良かったの。大袈裟かな」照れ臭そうに笑った。


「そんなの……」

「そんな顔しない」口をキュッと結んで咎めた。けれど口の端が微かに上がり笑んでいた。

「俺も……」深く深く刻みたい。刻めるものならば。今この時も、この先もずっと。永劫。

 俯いた彼の横でリリナネは立ち上がり明るい口調で促した。

「歩きましょう」

 彼は顔を上げ微笑みを返す。そして立ち上がり一緒に歩き始める。波と戯れるリリナネを優しい目で見つめる。振り返ったリリナネと笑顔を交わす。


 夢の中の彼は終始明るい笑顔だったが、閉じた瞼からは大粒の涙止まることなく零れ続けていた。


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