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この多重宇宙のどこかで  作者: かべちょろ
冥界篇
133/158

冥界篇34

三十七.[星の天原で]


「いや、救う。貴様を祓う」


 対峙するアオイセナとリリス。両者。リリスは不敵な笑みに目を歪め、アオイはそのリリスをにらみ据え。


 嘲るリリス。

「笑止。如何にして我を祓う。非力な人間に過ぎぬ貴様が」


 毅然と睨め返しアオイセナ。

「貴様を祓うのは俺じゃない」


「ほう。不思議なことを言う小僧だ。ここに貴様以外に誰がいる? 貴様でなければ誰が我を祓う」


「リリナネさん自身だ」


 リリスは狡猾にだんまりを決めこんだ。


「リリナネさん、聞こえますか」リリスを無視してリリナネに問いかけるアオイ。


 させるかと刃ふりかざして襲い来たリリス。「聞こえるものか」


「聞こえるはず。その耳はリリナネさんのものだ。貴様のじゃない。必ず届く」


「無駄なあがきよ」


 刃かいくぐり、必死に話しかけるアオイ。

「リリナネさん。聞こえますか。俺にはあなたを殺せません。愛しているからです。お願いです、リリナネさん。あなたを愛しています。悪魔と闘ってください。必ず勝てます。追い払えます」


 キリスト教会の伝承は信じるに値しないと、彼は思っている。けれど『キリスト』を否定しているわけではない。その人のことは全肯定している。その人は、一貫して愛を説いた。


「あなたを愛しています。お願いです。悪魔と闘ってください。祓えるのはあなただけです。難しいことじゃない。ただ、僕の言葉を聞いて下さい。それだけで良いんです。愛してます。僕の言葉を聞いて」


「小賢しいわっ、黙れ、アオイセナ!」


「貴様こそ黙れ、リリス。聞こえてますか、リリナネさん。何度でも繰り返します。あなたを愛しています。あなたに届くまで何度でも言います。愛してます。大好きでした。はじめて会ったときから、ずっと」


「無駄だ、届かぬわ! この小娘は我が闇の中」


「黙れ、リリス。きっと聞こえている。リリナネさん! 僕の声が聞こえますか。愛してます。あなたに聞こえるまで何度でも言います。あなたを愛しています。絶対に悪魔の思うようにはさせません。聞こえてますか。はじめて会ったときから、僕はあなたが—」


 突然、ふりかざしたその手が止まり。小刀が手からポトリと落ちた。同時にその身がガクリとくずおれ、地に倒れた。うつぶせ、震えている。


「リリナネさん!」


 アオイは駆け寄り、おこりのように震えている躰を抱き起こした。リリナネはうっすらと目を開いた。その目は彼女のものであり、その目にはしっかりと彼がうつっていた。


「良かった! 祓えた。祓えたんですね」


 しかしそれはアオイのぬか喜びだった。


 震える手で彼の手を握り、リリナネは怯えた顔で首をふった。震える唇で言った。「駄目。まだ、中にいる……」


 希望を、アオイは捨てなかった。

「でも、きっと祓える。頑張って」


 リリナネはもう一度首をふった。

「私の心が、あいつの苦手な感情であふれたから、あいつは奥へ逃れただけ。無理……。祓えない……」


「そんなこと言わないでください。お願いです。きっと祓えます。闘って」


「相手が、悪い……。強すぎる……。お願い、アオイ。あいつが戻ってくる前に、私を殺して」


「駄目です。絶対に駄目です」涙があふれこぼれた。「絶対にそんなこと出来ません。お願いです。リリナネさん。あきらめないで」


「お願い。私が私であるうちに。君の腕の中で死ねるなら……」


「いやです。絶対、いやです。そんなこと。出来ません」


「教えて。アオイ……。私にくれた輝赤石に、石銀で買ったあの石に、君は何をお願いしてくれたの……」


 もう、隠す気持ちもなければ、照れもなかった。

「リリナネさんと、結ばれますように—、そうお願いしました」


 それを聞いて微笑んだリリナネ。弱々しい笑み。

「嬉しい……。聞いて。私が君にあげた石にも同じお願いをしたの。この人といつか結ばれますように、って……」


 彼は涙を拭いて笑った。唇が変な形に歪んだ。「じゃあ、俺達は初めから」好き同士だったんですね、声にならない。


「二人とも輝赤石に同じことをお願いしたなら、きっと叶う。アオイ。来世で結ばれましょう……」


「そんな……」絶句した彼。「そんな物語みたいな、そんな夢みたいなことを言って誤魔化さないで……。だいいち、俺は」彼は違う世界から来た。たとえ百歩ゆずって来世の契りを信じるとしても、同じ世界に生まれるとは限らない。説明できず言葉が途切れた。


 リリナネは力なく微笑んだ。優しい笑み。

「知ってるよ。アオイ君。君がどこから来たのか。大丈夫……。神様はそんなに意地悪じゃない。きっと同じ世界に生まれさせてくれる……。アオイ君。星の天原で会いましょう……。きっと私を見つけてね……」


 彼は全身の力が抜けたように感じた。

「駄目です……、駄目です……」力なく繰り返した。首を振り。首を振る度、涙零れ落ちる。


 リリナネは二つのケイ、メアマタギとハハキリを首から外して、アオイの手に握らせた。「これを持って帰って」


「嫌です。あなたを置いていけません。一緒に……、一緒に帰りましょう……。お願い、お願いです……」涙で何もかも歪み、もう何が現実か、何が正しいのか、何が間違っているのか、分からなかった。悪い夢であってくれ、空しい願いが空虚にこだまする。


「こんな事間違ってる。俺にはできな」嗚咽で喉が詰まったアオイ。

「ううん。信じてるよ。……きっとまた逢える。今度会う時は……あの綺麗な星の天原で……君に逢」


 その時突然。急激に強ばったその人の躰。ガタガタと震え。「来た」怯えた目で彼に訴えた。「お願い。早く、殺して」


 アオイは嫌ですと言ったが言葉にならなかった。嗚咽と重なり。


「お願い、アオイ。私を見て」


 瞼を固く閉じ、目にあふれた涙をふりはらい、愛しい人の顔を見た。恐怖に怯えた瞳。涙。


「お願い。アオイ。助けて……」


 その言葉が終わる前に、眸の色が見る見るうちに陰り……。


 彼は叫んだ。咽が裂けんばかりに。


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