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この多重宇宙のどこかで  作者: かべちょろ
冥界篇
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冥界篇19

二十二.異質な光景



 驚愕したアオイの目の前で、それらは徐々に実体が朧になり、透き通ってゆき、完全に消え去った。さらに驚き目をみはったアオイ。

「消えた……」

 今、ここに在ったのは、間違いなく、興福寺に在るという八部衆像。国宝。そればかりでなく、霧の中朧に見えた輪郭の数々も、全て興福寺国宝館に在るという仏像に見えた。勿論彼が砕いた物も国宝の一つ。

「どういうことだ……」意味がわからなかった。

「国宝一つ砕いちゃったのか、俺……?」

 意味も理由も解らなかったが、もし本物だとしたらそこが気になった。




 時は遡り。


 アオイが気附かず悪魔の術中にはまり偽の影を追っていたその頃。冥界入りの仲間はアオイのいないことに既に気附いていた。


「私が悪い」唇を噛み自分を責めリリナネは言った。「あの子は様子がおかしかった。私がもっと注意してなければいけなかったのに……」


「お前の所為じゃない」

「あいつなら心配要らない。きっと。すぐに追いつくだろう」

 口々に慰めるイオワニとカタジニ。


「でも……この広い冥界で……こんな霧の中ではぐれたら……」到底無理、二度と会えない。けれどそれを言葉にすると本当にそうなりそうに思えて、口をつぐんだリリナネ。


 アヅが言った。重い口調ながら、その口の端に優しい笑みを含み。

「今朝、マアシナの部屋で、お前たちは感じなかったか? 一瞬、六つの識が交錯した。その時、俺は異質なモノを垣間見た。かつて見たことのない光景を」

 なんだ、お前もか? そんな顔附きになったイオワニとカタジニ。

「ああ、俺も見たぞ」

「貴様も見たのか」

 リリナネもまた見ていた。信じられないといった面持ちで問い返した。

「それって、地上が何処までも明るい星々で埋め尽くされた……地平線まで……」

 皆、同じ光景を見ていた。カタジニとイオワニが続けざま答えた。

「ああ」

「夜空の星より何倍も明るい、しかも美しい色とりどりの星が混ざり合った、眩い平原だった」

 再びアヅが口を開いた。

「あの光景が我々の記憶の裡に存在しない以上、あれはアオイ君の見た光景だ。あれはおそらく、彼が住んでいた世界だろう」

「うむ」

 頷き、霧の奥にたたずむフィオラパをちらりと見やり、イオワニは言った。案内のフィオラパは、彼らが足を止めると、やはり先へ進まずその場で待っていた。そのフィオラパをちらりと見て、意味ありげにニヤリと笑い。

「ならば奴は、星の天津国あまつくにからこの定めを完遂させるため遣わされた男だ。故にきっと追いつく。奴抜きでは、この定めは成就せん」

 リリナネは目尻をこすり頷いた。

「定めの導きを信じよう」冥界入り筆頭アヅハナウラ。「アオイ君がここで逸れたならば、それもまた、彼にとって必要な事なのだろう。それが定めの意思ならばきっと何かを得て戻ってくる」

 全員、得心がいった顔で頷いた。

「それよりも……」眉間皺をいつものように人差し指で軽く押さえ、背後に流し目をくれてイオワニ。「やって来たようだ」


 気附けば周囲に黒い影。群れなしていた。

「ようやくお出ましか。待ちわびたくらいだ」鼻息荒くカタジニ。豪快な笑みを浮かべ。

 そして次の瞬間。

 身構えた四人に四方八方から襲い来た人型の石塊、土塊。とても土塊とは思えない俊敏さ。

「くっ」面食らいながらも笑みを崩さずカタジニは。「脆いが、速いな。まるでアオイセナの様だ」軽口を言った。

「貴様は」呆れ顔でイオワニ。「よくそんな冗談を言う余裕があるな」

 かばい合い、また、己に襲い来る敵を砕きながら戦う四人。リリナネもまた聖杖ふるっていたが、ここでの彼女の役割は少し違う。当然、彼女の剣技は他の者に劣る。皆が自分を庇って戦っていることは明白だった。

「太陽神魂呪を」思わず口にした彼女に。

 イオワニは言った。

「やめとけ。シュスの苦しみを見てきただろう。そいつはいよいよどうにもならない時のために、最後の切り札に取っておけ」

「うむ」然りとばかりに頷いたアヅとカタジニ。

「このくらいこのカタ様が片付けてやる。お前は大船に乗ったつもりでいろ」逞しい豪腕ふるい磊落に笑った豪傑に。

 またまた目尻をこすりながらリリナネは言った。ただ、今度はいつもの軽口だった。いつものカタジニとのやりとり。

「すまない……。男色でなければ貴様はクムラギ中の女から惚れられただろうな」


 カタジニは不服そうに口を曲げた。

「冗談のつもりか。俺様は女からもててもちっとも嬉しくないわい」

 全員噴き出して笑った。


 噴き出しながらイオワニが言った。「ジレンマだな」

 聖杖ふるう手を思わずとめて、怪訝に問い返したリリナネとカタジニ。

「じれ……」

「なに、それ?」

 迂闊に無防備な体勢さらした二人。に、襲いかかった土塊打ち砕いてイオワニは言った。

「聖女様がフィオラパから聞いた言葉だそうだ。こういう時に使うんじゃないのか?」

 自身は休むことなく聖杖ふるいながら、アヅナウラが説明した。彼は聖女の叔父故に、それらの語群よく聞いていた。

「二つの事柄どちらとも決しがたい状況に陥ったときのことを言う。カタの意思はどちらか明白故その言葉あてはまらぬ」

「なんだそうなのか。とんだマンザイだな」

 戦いながら楽しげに笑った四名。


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