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この多重宇宙のどこかで  作者: かべちょろ
冥界篇
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冥界篇6

六.[聖杖授与]



 翌朝。


 冥界入りする六名は、それぞれ、タパに指示された場所へ行き、指示された時間に出立し、六方向から政治堂へ向かう。その方角と時刻は神託に依る。


 アオイが指示された場所は廟堂から南へ三区画下った通りの辻だった。アオイがその場所に立つと、気附いた人々が周りに集まり人だかりが出来た。けれどみな話しかけはしなかった。手を合わせてずっと祈ってくれた。

 アオイは黙礼を返し、そして懐中時計を見つめ、時を待った。


 その時。


 一陣の風吹き抜け、獅子の胴服をなびかせた。額にかかった髪が吹き上げられ、額の古傷をあらわにした。

 眼光鋭く行く手をにらみ据え。口一文字に結び。アオイは政治堂へ向かい、歩き始めた。

 家々の窓から人が顔を覗かせ、アオイが歩いてくると、みな戸口から駆け出てきて、深々とお辞儀した。お年寄りは手を合わせていた。

 アオイはその中に顔なじみの人を沢山見つけた。けれどただ軽く目を伏せ返礼するにとどめた。しかし人々と並びキトラニケが手を合わせているのを見つけたときは、足が止まった。アオイは深くお辞儀を返した。キトラニケは気附いていなかった。一心に祈っていた。



 政治堂前の三叉路。すでに人だかりができ、冥界入りする六名の到着を待っていた。道ばかりでなく、道に面した家々の二階や三階の窓という窓から顔を覗かせ、屋根の上にも鈴なりになって。


 その通りの西手二つめの辻。その辻へ、今、アオイが南からやって来た。そして。


 彼は北から歩いて来たリリナネの姿を見つけた。少し緊張した面持ちで目を伏せていた。アオイに気附くと顔をあげた。二人は無言で頷きあった。辻で合流すると、無言で目と目を交わしもう一度頷きあい、東へ折れ、肩を並べて政治堂へ向かった。

 前方からカタジニとイオワニが歩いてきていた。幾分緊張気味のこちら二名と違い、カタジニは余裕の表情で。イオワニはいつもと変わらぬ風体で。


 こらえきれなくなったかのように、人々から歓声が起こった。はじめてんでバラバラに沸き上がった声は、次第に揃い、冥界入りする勇者らの歩みにあわせた声になった。徐々に早くなる。アオイの位置からは見えないが、人々の様子を見れば、南からシュスとアヅハナウラが歩いてきていると分かった。


 政治堂の前で、カタジニ、イオワニと合流した。ほぼ同時に、南からシュスローとアヅハナウラも現れて合流し、ここに冥界入り六名が集結した。かけ声がどっと崩れ、空を揺るがす歓声に変わった。

 アオイは割れんばかりの声に包まれ軽い眩暈に襲われた。上を見上げ、民家の屋根に友人ココオリベの姿を見つけた。

 目が合うとココはニヤッと笑った。何か言った。声は聞こえなかったが口の動きで分かった。「世界を救え」。アオイは真一文字に口を結び応えた。


 政治堂の扉が内側から大きく開かれた。



 そこは政治堂で一番広い議事会場。前面に段があり、しかし宗教色はなく、祭壇のような飾りは一切ない。そこに向かい合って質素な長椅子が並んでいる。長椅子につめ寄せて座っているのはクムラギ政治堂参議の面々。そして、ラエモミ、プアロアから来た代表者。しわぶき一つなく。


 議事堂に宗教色はないものの、天井には鮮やかな色彩で四方の神獣が描かれている。それは廟堂の祭祀場の天井にあるものと同じだが、クムラギを守護する聖獣ゆえ政治堂にも描かれている。並んだ長椅子中央に道がある。緋色の敷物が敷かれている。

 その敷物の上を歩み、冥界入り勇者六名は進み来て、段上の巫術師らの前に跪いた。シュスを中央に五名が並び、アオイはシュスの背後にひかえて跪いた。


 段上の巫術師は三都を代表する巫術師三名。中央にタパタイラ。両脇にラエモミ、プアロアから来た両都第一位の巫術師。クムラギ第一位はニシヌタ老婆であるが、高齢故外出は出来ない。よって次位のタパがクムラギ代表をつとめている。ラエモミの巫術師が口を開いた。厳かに。


「そこには草木すらない。命たる命は一欠片もない。そこに荒れ果てた大地はあれど、大地のように見えて大地のように感じるだけで、大地ではないという。我々の知る世界とはまったく異なる異質な世界。そこは幾重もの層が重なっているとも言われている。人間界と冥界との狭間、マウオラの層を皮切りに、幾重もの層が折り重なり、そこは在るという。五萬の悪魔が巣くう階層、そして、光の導神集う聖なる山。此度、そなたらが向かう場所は其処である」


 次いで口を開いたのはプアロアの巫術師。


「一本の草木もないのであれば、そこに在る土は草木の亡骸の堆積である土ではなくそのように見え在るように感じられるだけである。しかし悪魔らには他に手段がない。我らに元素魔法が使えぬように、悪魔らにも術を施す材料がない。使えるのはそれらの土や岩だけ。それらを獣形や人型に変化させ意のままに操る、それは出来よう。しかしこれよりそなたらに授けるこの聖杖が、その術を容易く打ち砕く」


 五名の子供が進み出て、段上の五本の聖杖を受け取り、跪く冥界入り五名の前に持ち来た。

 長さは棒術の棒と同じくらい。鉄ではない緑灰色の金属製。何かは分からない。何の飾りもない棒。握る部分に皮が巻かれている。それは、元々あったモノではなく、クムラギの職人が施したモノ。せめてもの、思いを込め。


 段上中央のタパが言った。

「時は来た。受け取りなさい」


 五名が立ち上がった。子供らは両手で聖杖をかかげ、勇者らに差し出した。先ずシュスが両手で受け取り、次いで、リリナネ、アヅハナウラ、イオワニ、カタジニの順で受け取った。アオイは背後にひかえ、頭を垂れていた。


 このうち、シュスかリリナネの受け取ったモノを、自分が受け取ることになる––。アオイは頭を垂れ胸に拳をあてた姿勢のまま、覚悟を新たにした。


 次いで子供達は首飾りを差し出した。銀の鎖で綺麗な色の石が一つはめられている。悪魔の憑依を防ぐ石。かがんだ勇者達の首に、子供達は首飾りをかけた。


 タパは言った。

「杖も石も護法の一つ。しかし此度の冥界入りを象徴するもの。与えられし勇者よ。今ぞ時。発ち、おもむきなさい。そして成しなさい。人の手で。人が成さねばならぬことを。そなた達の歩みが道を開き、そなた達の手が希望を開く」


 人々が皆立ち上がり、大会議場は割れんばかりの拍手に包まれた。


 段上の巫術師らに一礼すると、シュスを先頭に、冥界入りする六名は敷物の上を歩んで議事堂をあとにした。

 アオイは仲間達の一番最後について出て、扉の外でふっと息をついた。やはり緊張していた。鳴り止まぬ拍手に背後をふり返ると、人々が皆こっちを見ていた。


 議事堂の扉が閉じ、薄暗い廊下に六名だけになった。高い窓から光線射し込んでいた。思わず足が止まり、射し込む陽光の中に佇んだ六名。

「いよいよだな」カタジニがみなをふり返り言った。「思い返せば長い道のりだった」いつもと変わらぬ磊落な笑み。しかし。万感の思い、こもっていた。

 途中から、というより最後の段になって参加したアオイにも分かる。呪文材料集めに始まり、守宮猿を訪ね憑依を防ぐ石と聖杖を受け取り、とても容易ではない長い旅を繰り返してきたのだ。

 イオワニが言った。満足げな笑みを浮かべ。

「今のうちに言っておく。シュス。貴様と出会え、共に戦えたことを光栄に思う」

 カタジニも笑って頷いた。逆光の中で少し寂しげな笑顔だった。

「俺もだ。誇りに思う」

 リリナネが戸惑った顔をし、アヅが複雑な表情になった。その話は避けたい様子がありありとうかがえた。が、当のシュスはイオワニ同様満足げな笑みを浮かべ、

「うむ。俺の方こそ。礼を言う。良い仲間に恵まれた」と。

 次いでアオイを見た。笑みを浮かべて。「頼むぞ」


 仄暗い陽光の中のその人の顔を、アオイはまともに見れなかった。かろうじて頷いた。


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