三十五、コテツの最期
「慎平~!電話よ!」
母親が階段の下から慎平を呼んだ。
「え~!誰~!」
慎平は部屋から顔を出して訊いた。
「なんか、テレビ局の人って言ってるわよ!」
「えぇ~~!テレビ局?」
「いいから早く下りてきなさい~!」
慎平は「なんだよテレビ局って」と言いながら下りて行った。
俺とフクも何事かと、慎平の後に続いた。
「お電話代わりました。なんでしょうか。はい、はい・・ああ・・そうなんですか。いやまあ・・そうですけど。はい、それは僕です。え・・いやいや、まさかそんな。あり得ませんよ。はい、はい、いえ無理です。いやもう結構です。はい、失礼します」
慎平は「はぁ~」とため息をつきながら、電話を切った。
「なんだったの?」
「なんかさ~、大会の日、僕がリレーでゴールするまでの様子を撮影してた人がいたんだって。それで、コテツとフクが僕の傍から離れずに一緒にゴールしただろ。その動画がネットで話題になってるらしくてさ。それを見つけたテレビ局が是非、出演してくれって」
「あらヤダ、そうなのね」
「まるで意思が通じてるようだったって。僕とコテツたちのね」
「通じてるじゃないの」
「いや、そうだけど」
「いいんじゃないの?テレビ出演」
「なに言ってるんだよ。それでさ、もしかしたら話をしてたんじゃないんですか?って。まったく・・」
「いや、してるじゃないの」
「お母さん」
「なによ」
「僕がコテツたちと話ができること、絶対に言わないでよ」
「うん・・そりゃまあ、言わないけど・・」
「僕はコテツやフクをペットと思ってないから」
「え・・じゃあ、なんなのよ」
「友達」
「・・・」
「友達を晒し者にするつもりは、全くないからね」
「まあねぇ・・」
「コテツ、フク。気にすることはないからね」
慎平が俺たちに向かってそう言った。
「テレビて、どがなもんなら」
フクが俺にそう訊いた。
「まあそうじゃのう・・人間がようさんおって、なんか機械もようさんあって、やたらと「きゃーきゃー」喚いとったの」
「ほうなんか・・」
「居心地のええとこでやこ、ありゃせん」
「ほうか・・」
「他の動物やこも、同じじゃった」
「他の動物て?」
「サルがおったんじゃが、早う帰りたい言うとったけに」
「ほうか。それじゃったら行く必要やこ、ねぇな」
「そうだよ、フク。僕も出す気なんて全くないから」
それでも慎平あてに、何度も電話がかかってきた。
その度に慎平は頑として断っていた。
すると、あろうことか、テレビ局の人間が家を訪ねて来たのだ。
慎平はこれまで、怒ることなど一度もなかったが、今回ばかりは激怒していた。
「家にまで押しかけてきて、一体どういうつもりなんですか!」
慎平は玄関先で怒鳴っていた。
その様子を俺とフクは、隠れて聞いていた。
「いや、あくまでも噂のレベルなんですが、どうやらきみと猫たちが話していたと耳にしたんですよ」
「バカなっ!話しなんて出来るわけありませんよ!」
「そうですかねぇ。あの競技場にいた人から聞いたんですよ」
「誰ですか、それって」
「いや、単なる観客ですが。ほら、猫がトラックに出て、一緒にゴールするなんて珍しいでしょ。だからきみたちの傍で様子を見ていた人がいてね。その時、話してたって」
「飼い主が猫に話しかけるって、よくあることじゃないですか」
「それはそうなんだけどね。でもね、その話しぶりは明らかに会話だったって」
「勘違いも甚だしいですよ!」
「それでね、その猫たちに会わせてくれないかな」
「お断りします!」
「少しだけでいいんだけどな」
「帰ってください!猫はあなたたちのオモチャじゃないんだ!」
「そうですか。わかりました」
そう言ってテレビ局の人間は帰って行った。
「慎平・・」
「コテツ・・フク・・」
慎平は振り向いてそう言った。
「聞いてたんだね」
「うん・・」
俺が頷いた。
「じゃけど、テレビ局の人間いうんは、嫌じゃいうとるもんに、あがなこと言うんじゃな」
フクがそう言った。
「ほんとだよね」
「なんで、あがにしつこいんなら」
「さあ。お金じゃないのかな」
「お金?」
「視聴率が上がれば、お金がたくさん入って来るんじゃないのかな」
「ほうか・・」
「でもこの話は終わり。また来ても断るからね」
その後、テレビ局が家に押しかけてきたこともあってか、近所の人や、果ては遠くからも俺たちを見に来る者が増えていった。
そのせいで、慎平と母親は対応に苦慮していた。
俺たちが外へ出るのも、ままならない状態だった。
「なあ、フク・・」
俺とフクは慎平が学校に行った後、部屋で寝そべっていた。
「なんなら」
「このままじゃと、慎平に迷惑がかかるばかりじゃが」
「うん・・」
「俺ら、ここを出た方がええんじゃないんかの」
「島へ帰るんか・・」
「それもええかもじゃ。もうここへ来て、だいぶ経っとるしの」
「そうじゃな・・」
「慎平は反対するじゃろうから、黙って出て行かんか」
「そがな・・。慎平が心配するが・・」
「いや、帰るいうたら、きっと自分のせいだと思うに違いねぇんじゃ。慎平はそういう人間じゃ」
「・・・」
「だからの、黙って出て行かんか」
「俺・・まだ慎平と一緒におりたいけに・・」
「フク・・」
「慎平が好きじゃけに・・」
「俺じゃって同じじゃ。もっと一緒におりたいて思うとる」
「じゃったら・・」
「フク・・島へ帰ろう・・」
「コテツ・・」
「やっぱりの、俺たちの生まれ育ったところへ帰るんが、一番ええけに」
「ほうじゃけど・・」
「そうせんか」
俺はそう言いながらも、自分の身体が島までたどり着けるのかと不安だった。
家の中を歩くのも、まるで老描のようになっていた。
それから数日経ったある日のこと・・
「コテツ、最近、歩くのも辛そうだけど、ほんとに具合が悪いんじゃないの?」
慎平が俺の様子を気にしてそう言った。
「そがなことは、ねぇけに」
「お医者さんへ行こうよ」
「いや、そがな必要やこ、ねぇけに」
「コテツ、外へ出とらんからじゃねぇんか」
フクがそう言った。
「ああ・・そっか。日を浴びてないしね・・。フクの言う通りかも」
「うん、そうかも知れんけに」
俺は適当にそう答えた。
「じゃったら外へ行かんか」
「そうだよね~フク」
「じゃけど、外には俺たちを見たい人間が、ようさんおるんじゃねぇんか」
「四六時中いるわけじゃないし。いない時を見計らって行こうよ」
「慎平の言う通りじゃ。コテツ、そうせんか」
「うん・・ほうじゃの」
外へ行く言うたって・・俺は歩くんもこがなのに・・走れやこ、せんが・・
目も霞んどるし・・
「僕、外の様子を見て来るね」
慎平はそう言って階段を下りて行った。
「コテツ・・ほんまはどうなら」
「どうならて・・」
「お前、身体がえらいんじゃねぇんか」
「アホな。えらいことやこ、ねぇけに」
「じゃったら、どして、そがな歩き方になっとんなら」
「お前も言うたが。外へ出とらんせいじゃと」
「あれは適当に言うたんじゃが」
「俺はそうやと思うた。これは外へ出とらんからじゃ」
「ほんまか?」
「ほんまじゃ」
「えろうねぇんじゃな」
「ああ。えろうねぇけに」
「コテツ~フク~」
慎平が部屋へ戻ってきた。
「今ならいいよ!」
「人間はおらんのか?」
フクがそう訊ねた。
「うん、いないよ。さっ、天気もいいし、行こう!」
そして俺たちは外へ出ることになった。
外へ出ると、慎平の言う通り、誰もいなかった。
「河川敷へ行くぞ!」
フクは久しぶりに走れることを、おおいに喜び、真っ先に駆けて行った。
フクの後に慎平も続いた。
けれども慎平は、走ることはできなかった。
俺と慎平は、並んで歩いていた。
「コテツ、走らないの?」
「え・・」
「僕はすぐに追いつくから、遠慮しないで走っていいんだよ」
「うん・・」
俺は最後の力を振り絞るように、なんとか走ろうと頑張ったが無理だった。
「慎平を一人にすると心配じゃけに」
「そんな~。なに言ってるんだよ」
「こけたら、いかんが」
「コテツ、優しいんだね。ありがとう」
やがて河川敷へ到着し、フクは川べりへ行き、水を飲んでいた。
「うひゃ~!冷てぇの~~!」
「どれどれ~~!」
慎平もフクの傍へ行き、手で水を触っていた。
「ひゃ~!ほんとだ。冷たいよ~」
俺は、酷く息切れしていた。
「コテツ、大丈夫?」
慎平が俺の傍まで来てそう言った。
「ああ・・ハッ・・ハッ・・平気じゃけに・・」
「ほんと・・?息が荒いよ」
「ちっと休めば、収まるけに」
「そっか・・」
慎平はその場へ座り、俺を膝の上に乗せた。
「コテツ・・やっぱりお医者さんへ行こうよ」
「いや・・平気じゃけに・・」
「そんな・・。家に帰ったら行くからね」
「ええ言うとるが・・」
「ダーメ。やっぱりコテツ、変だもん」
「なに言よなんら・・大袈裟じゃのう・・」
「コテツ、寒いでしょ」
慎平はそう言って、俺に上着をかけてくれた。
ああ・・気持ちがええ・・
慎平・・寒かろうにの・・
「コテツ~~!なにしよんなら~~!ほら~走らんか~~」
フクが遠くで俺を呼んでいた。
「フク~~!後で行くけに~~!」
「早う来いよ~~!」
フクはそう言って、走って行った。
フク・・待っちょってくれの・・
今すぐ行くけにの・・
俺はフクの走る後姿をずっと見ていた。
島のみんなは元気にしとるんかのう・・
タロウとは、あまり話もせなんだが・・ええボスじゃ・・
堤防の先で寝るんが、気持ちよかったの・・
フクとは、ようケンカしたのう・・
あがに生意気じゃったフクが・・今では親友じゃけにの・・
サムは今でも、動物園におるんかの・・
あいつが死んどらんで、ほんまによかった・・
シンバもええ人間に飼われて、あいつも幸せもんじゃ・・
タツキは、河川敷で生きとるんかの・・
よう逃げられたもんじゃ・・
あそこで逃げんかったら、あいつは殺されとったんじゃけに・・
ソラ・・お前は、ほんまにええやつじゃ・・
こがな俺を見捨てんと、よう東京へやこ・・来てくれたの・・
お前・・島が好きじゃったはずじゃのに・・
よう着いて来てくれたの・・
マサ・・お前が親になったとは、今でも信じられんが・・
タケを大事にせぇの・・
ほんまに色々あった・・
俺も何度も死ぬ目に遭うたが、慎平に助けられた・・
慎平・・
俺は慎平の顔を見た。
慎平はフクが走り回っているのを、嬉しそうに見ていた。
「慎平・・」
「ん?コテツ、どうしたの。まだ寒い?」
「いや・・寒うない。慎平のおかげで気持ちがええけに」
「そっか、よかった」
慎平は俺を包んだ服と共に、両腕で俺を優しく抱いた。
「こうするともっと温かいでしょ」
「ああ・・温かいけに・・」
「コテツも走って来る?」
「いや・・もう少し、このままでええけに・・」
「そっか。わかった」
そして俺は再びフクを見た。
ああ・・もう見えんようになるが・・
フク・・俺を置いて行くんか・・
フク・・楽しそうじゃの・・
ようさん走れよ・・
広い大地を・・目一杯、走れよ・・
島へ帰ったら、走り競争しようの・・
ソラも・・マサも・・待っとるけんの・・
慎平・・ありがとう・・
俺はお前に出会えて、幸せじゃった・・
俺とフクは・・島へ帰るけんど・・淋しい思わんとってくれの・・
俺の目はもう、フクも慎平も見えていなかった。
島へ帰ろうの・・フク・・
慎平・・フク・・
そして俺は静かに目を閉じ、慎平に抱かれたまま息を引きとった。
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最後までお読みくださり、ありがとうございました。




