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島ねこコテツと山神の呪い  作者: たらふく
3/35

三、上陸



やがて船は、岡山の笠岡という町に着いた。

俺たちは、乗客の足と足の間を上手く潜り抜け、桟橋へ降り立った。

振り向くとフクは、タラップの手前で俺たちを見ていた。


「フク、そのまま帰ったらええんじゃからの!」


ソラが大声でそう言った。

けれどもフクは、不安げな眼差しで俺たちをじっと見ていた。


「あら~この猫ちゃん、船に乗ってたのね」


そこで中年の女性がフクを見つけ、そう言った。


「お母さん、この子、迷子かな」


娘らしき女の子がそう言った。


「どうなんだろね」

「この子、迷子だよ」

「このままここに置いとくわけにもいかないかなぁ・・」

「ねぇ、連れて帰ろうよ」

「えぇ~・・それはどうかなぁ」


するとそこで、女の子はフクを抱き上げようとした。

フクはそれを察したのか、急いでタラップを降りてきた。


「あらら~逃げちゃった」


女の子は残念そうに言った。

フクは仕方がない様子で、俺たちのところまで走ってきた。


「フク、引き返せ」


ソラがそう言った。


「お前、どうするんじゃ。このまま俺たちと行く言うんか」


マサがフクの覚悟を試すかのように、そう言った。


「す・・すぐに引き返すんか・・」


フクは不安げに呟いた。


「そのつもりじゃけど、とりあえず陸を見てみんとの。せっかく来たんじゃし」

「フク・・お前も行くか・・?」


俺はそう訊いた。


「う・・うん・・」

「ほうか。ほんなら着いて来たらええが」

「お前ら・・どげなつもりで島を出たんじゃ」

「どげな、言うたって、陸を見たい思うたんじゃが」

「そがなこと言うたって、父ちゃんは島を出たらあかん言うとった」

「ほなから、知らんが」

「フク、今更そげなこと言うたって、どうにもならんが」


ソラがそう言った。


「着いて来るんか、来んのか」

「い・・行くけんど・・遠くはあかんぞ!」

「遠くやこ、行かん」

「ほんまか?」

「ああ。ほんまじゃ」


俺たちが桟橋で話していると、人間のおっさんが「しっしっ」と俺たちを追い払っていた。


「ほら、行くぞ」


マサがそう言い、俺たちは桟橋から陸へ上がった。


「マサ、どこへ行くんじゃ?」


俺がそう訊いた。


「そうよの、とりあえず海から離れるかの」


俺たちはマサの後を着いて行った。

「陸」の様子は、さして島とは変わりがなく、俺は少し拍子抜けしていた。

それでも歩き続けていると、島では見たこともない大きな建物や店などが現れ、俺は「陸」の大きさを感じていた。


それと車の多さだ。

島にも車で乗り付ける観光客がいるが、多くても二台くらいのものだ。

陸とは・・こげなところなんか・・

人間も多い。

島では年寄りばかりだが、若者もたくさん歩いている。


ソラとマサとフクも、初めて見る光景に、半ば唖然としていた。


「こげな世界があるんやのぅ・・」


マサは、しみじみと呟いた。


「マサ、あれよの。猫も裕福なんじゃろの」

「それはどうかの、ソラ。人間が多いと面倒もあるんじゃないかの」

「人間が多いから、餌もようさん貰えるんじゃないんか」

「どうかの~。俺は、ある噂を耳にしたことがあるんじゃが、どうやら猫を捕まえとるらしいぞ」

「えっ・・それはどけな意味じゃ」

「捕まえられた猫は、殺されるらしいぞ」

「えっ!だから言うたが!行ったらあかん言うたが!」


そこでフクが叫んだ。


「父ちゃんが言うとった。島を出たらあかん言うとった!」

「あ~あ・・。ほんまフクは、おとっちゃまじゃの」  ※ 「おとっちゃま」は、怖がりという意味です。


マサが辟易として呟いた。

しばらくすると、ある猫に出くわした。

おお・・岡山もんの猫じゃ・・


「お前ら・・よそもんか」


その猫は、年は俺と同じくらいで、身体は白、茶、黒の毛で覆われていた。


「ほうやが」


マサが答えた。


「ここで、なにしよん」

「俺ら、船に乗って来たんじゃけど」

「えっ、船に?」

「ほうやが」

「まさか・・お前がタロウか・・」

「え・・違うけんど」

「なんじゃ、違うたんか」

「お前、タロウ知っとんか」

「うん・・会うたことはねぇが、知っとる」

「それ、俺の父ちゃんじゃ!」


そこでフクが叫んだ。


「ほぅ・・お前の父ちゃんなんか。それで親父は来とらんのか」

「うん・・来とらん」

「で、お前らここに何しに来たんじゃ」

「お前、名前は?」


俺がそう訊いた。


「わしはトラ」

「俺は、コテツ」

「俺は、ソラ」

「俺は、マサ」

「お・・俺は、フクじゃ!」

「あはは、一番小せぇんが、威勢がええの」

「俺は、ボスの息子じゃ!」

「ボスの息子ねぇ。まあ、タロウならボスになるんも、簡単だったんじゃろうな」

「トラ、ボスのタロウが岡山もんや言うん、ほんまか」


マサがそう訊いた。


「ああ、ほんまじゃけ。タロウはここから近い山でボスをやっとったけぇ」

「えっ・・山でボスを・・」

「俺が生まれた時は、もうおらんかったが、この話はほんまじゃけぇ」

「タロウは、山でボスをやっとったのに、なんで島へ来たんじゃ」

「逃げたんじゃ」

「そがなこと嘘じゃ!父ちゃんが逃げるはずがありゃせん!」


フクは父親をバカにされたことで、怒りを露わにした。


「嘘なもんか。ほんまじゃけ」

「どがなことが、あったんなら」


ソラが訊いた。


「あそこに山が見えとろう」


トラが視線を向けた方角には、確かに山が見えていた。


「あの山でタロウはボスとして、仲間を纏めとったんじゃけど、ある日、タロウは仲間を裏切ってしもうての」

「裏切った?」


マサがそう訊いた。


「それはどげなことじゃ!」


フクが叫んだ。


「縄張りを奪うために別の群れが山に入って来たんじゃが、タロウは戦うこともせんと、あっさり縄張りを明け渡してしもうたんじゃ」

「う・・嘘じゃ!父ちゃんは、そげな弱虫じゃありゃせん!」

「仲間を捨てて逃げてしもうた。その後、仲間は、まさしく仲間割れをし、新たなボスの軍門に下ったもんや、よその土地へ流れたもんや、みんな散り散りになってしもうた。生きていくにはそれも仕方がねぇことじゃけ、みんなは裏切られたことを忘れることにしたんじゃ」

「・・・」

「じゃけど、最近になって新しい情報が耳に入って来たんじゃ」

「その情報とは、なんなら」


マサがそう訊いた。


「タロウは裏切ったんやのうて、あることを言われたんじゃ」

「それは、どけなことなら」

「新しいボスは、命令に従わんと仲間を殺す言うて脅しよった。じゃけど、新しいボスは本気で殺す気やこ、なかった」

「トラ、話がようわからんが」

「マサ、黙って聞け。新しいボスの要求はこうじゃった。お前は直ちにこの山を下り、船で逃げぇ言よった。仲間にも同じことを言いよった。当然、タロウは拒否したんじゃが、なんでもこの山には何年かに一度、山神さんが降りてきて、我ら猫族に災いをもたらすという伝説があるらしいんじゃ。当時のタロウはボスじゃったけど、まだ年が若かった。山神さんに歯向かうには無理じゃったけぇ、新しいボスは、いわば身代わりになることで、タロウや仲間を逃がしたんじゃ」

「・・・」

「タロウが島に渡って、もう五年になる。そんでじゃ、今年がその山神さんが降りてくる年じゃけぇな、その際には必ず生贄となる猫がおらんといけんのじゃ」

「そ・・それが父ちゃんじゃ言うんか!新しいボスは、どうしたんなら!」

「新しいボスはタロウの身代わりになって直ぐに死んだ。その後、別の猫がボスになったんじゃが、山神さんを恐れて逃げてしもうたけ。山に住む猫族は自分が生贄になるんじゃねぇかと、これまたみんな山を下りた。山神さんが現れるまでに誰かが山に戻らんと、天災が起こると言われとんじゃが」

「あっ・・それでシゲいう岡山もんが、わざわざ船に乗って来たんか」


ソラがそう言った。


「ああ、シゲか。わしは無理じゃ言うたんじゃけど、あいつは行きよったけの」

「俺は父ちゃんを生贄にやこ、せんぞ!」

「あのな・・フク、よう聞け」

「なんなら!」

「タロウはあの山で生まれた」

「それが、どしたんなら!」

「あの山で生まれたもんしか、山神さんを鎮めることができんけぇ」

「えっ・・」

「そして・・タロウの血を受け継ぐもんしか、の」

「そがなこと、できんが」


俺はそう言った。


「フクは、まだ子供じゃが。こいつを生贄にするいうんやこ、俺は絶対に許さんけの」

「わしはフクを生贄にやこ、言うとらんが。まずはタロウがここに来て、山へ入るべきや言うとんじゃけぇ」

「・・・」

「もうあまり時間もねぇんじゃ」

「タロウはこのこと知っとるんか」


ソラがそう訊いた。


「いや、タロウは仲間を殺されるより、自分が身を引くことで収まるんなら、それがええと思うたんじゃろな。山の事情を知らずに島へ渡ったんじゃ」

「・・・」

「お前ら、島へ帰ってタロウに話してくれりゃあせんか」

「俺は嫌じゃ!父ちゃんに話したら、きっと行くに決まっとる!」

「それならフク。お前が山へ入ってくれる言うんか」

「そっ・・それは・・」

「フクを行かせるわけにはいかん」


マサもそう言った。


「トラ」

「なんじゃ、マサ」

「ここの猫を集めてくれんか」

「え・・それでどうするんじゃ」

「みんなで話し合う方が、ええと思うんじゃ」

「まあ、それはそうじゃの。わかった。この先に公園があるけぇ、夜になったらそこで集まることにするけの」


そして俺たちは、夜まで公園で待つことにした。

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