二十五、葛藤
ある日、俺はふと鏡を見た。
すると目つきが明らかに、以前よりもきつくなっていた。
成長したんか・・
もう俺も一歳半じゃ。
顔も変化するように、目つきも変化するんじゃろうの。
「コテツ、どうしたの?」
そこに慎平がきた。
「別に、どうもせんが」
俺は洗面台から下りた。
「昨日さ、ネットで見つけたんだけどね」
「なにをなら」
「まだ確実とは言えないんだけど、呪いを解く方法」
「そうか」
「え・・コテツ、喜ばないの?」
「そがなことやこ、ええが。それで、どがにすんなら」
俺の心は日を増すごとに、呪いを解く方法から関心が失せるようになっていた。
「僕の部屋へ行こう」
慎平はそう言って、階段を上がって行った。
俺も後に続いた。
慎平は部屋に入ってから、すぐにパソコンの前に座った。
「ちょっと待ってよ~。探すからね」
慎平は独り言を呟きながら、画面を見ていた。
「あっ、あったあった。これなんだけどね」
俺は字など読めるはずもないので、床に座っていた。
「いい?読むから聞いてね」
慎平はそう言って、話を続けた。
「先に言っとくけど、これはあくまでも一例に過ぎないし、信憑性も不確かだからね」
「ごちゃごちゃ言うとらんと、はよ言え」
「このサイトは、飼い猫の様子が変わったことで、飼い主がいろいろ調べた結果を公表してるんだけど、元々この猫は大人しくて、人間や他の猫のにも危害を加えたりするような猫じゃなかったんだって。だけど飼い始めて一年が過ぎた頃から凶暴になっていったらしく、それで獣医に診せたりしたんだけど、原因不明っていうか、身体は健康そのものだったって。飼い主は餌を変えたり、ストレスを溜めないように努力してみたんだけど、それも効果がなくてね。それである日、散歩がてらに、たまたま神社へ行ったんだって。そしたらその日から猫の様子が元に戻ったんだって」
「ふーん」
「確かコテツも神社がその場所だよね」
「そうじゃが」
「やっぱり呪いを解くには、元の場所へ行った方がいいんじゃないかな」
「ほうか」
「まあ、この猫の場合は、憑りつかれていたかどうかは定かではないんだけど・・」
「・・・」
「でも、コテツのケースと似てる気がするんだよね」
「俺に出て行け、言よんか」
「そんな、出て行けだなんて言ってないよ。元の場所へ行ってみるのも手じゃないかなって思ってね」
「わかった。戻ってみるけに」
俺はそう言いつつも、戻るつもりは更々なかった。
「もうすぐ冬休みだから、僕が連れてってあげようか?」
「いや、ええけに」
「なんで?僕と一緒なら、新幹線であっという間だよ」
「戻るんじゃたら、俺一匹で行くけに」
「そんな連れないこと言うなよ。コテツだけだと、辿り着けるかどうかもわかんないよ」
「ふんっ。東京へ来る時やこも、俺たちだけで来たんじゃ。戻ることやこ、簡単じゃけに」
「まあ、考えといてよ。時間はあるんだし」
「もうええ!それより飯を食わせぇ!」
「はいはい、わかりましたっ」
俺はあんなに呪いを解く方法を探していたにもかかわらず、戻るという気持ちが全く湧いてこなかった。
それどころか、面倒だと思っていた。
なんでなんじゃろ・・
やっぱり山神の影響なんか・・
俺は山神の影響だと考えることも、面倒になっていた。
それより、この家を出て行こうと思い始めていた。
慎平には世話になったと思いつつも、慎平と話をすることや、ましてや呪いを解く方法など、どうでもよくなっていた。
次の日の早朝・・
慎平や母親になにも言わずに、俺は家を出た。
そして河川敷へ向かった。
河川敷といっても、サムたちが屯していた側の方だ。
反対側じゃと、ソラやシンバに会うかも知れん・・
俺はそれを避けたかった。
俺は以前、サムと戦った場所まできた。
ここを縄張りにしていた猫たちは、もうどこにもいなかった。
まあええ。
今日から俺はここに住むんじゃ。
ここまでは慎平も来んじゃろし。
「あっ!お前!」
俺が草むらで寝ころんでいると、ジロウが声をかけてきた。
「なんじゃ、ジロウか」
俺は立ち上がり、そう言った。
「またここに来たのか。来るなと言ったはずだけど」
「ふんっ。勝手に言うとけ」
「呪われた猫め。汚らわしい・・」
「生意気な口を利きよったら、痛い目に遭わせるけに」
「なっ・・なんだとっ!」
「言うとくがの、今日からここは俺の縄張りじゃけに」
「なにを勝手なことを!早く立ち去れ!」
「それとも、ここはお前の縄張りじゃあ言うんか」
「そうだよ!少ないけど、仲間たちと住んでるんだ!」
「ふーん。その仲間とやらは、どこにおるんなら」
「お前に関係ないだろ!」
「ボスはどこなら、ボスは」
「おっ・・俺がボスだ!」
「へぇ~、サムがおらんようになって、お前がボスか。頼りねぇのう」
「なっ・・なにをっ!」
「ここの流儀じゃあ、他人の縄張りに足を踏み入れた者は排除するんじゃったの」
「え・・」
「さあ、かかって来んか」
俺はそう言って、牙を剥き出し身構えた。
「来んのか。じゃったらこっちから行くけに!」
俺はジロウに逃げる隙も与えず、直ぐに捕らえジロウは倒れた。
自分の前脚で、ジロウの前脚を押さえ、顔の近くで牙を見せた。
そして「俺がボスじゃ」と、冷たく言った。
「ぼ・・僕を殺すのか・・」
「望みとあらば、そうしてやるけに」
「た・・頼む・・殺さないでくれ・・」
「早くも命乞いか。情けねぇのう」
「お前・・戦いなんてしたくなかったんじゃないのか・・」
「そがなことやこ、知らん。さあ、どうすんなら。ここを明け渡すんか」
「わっ・・わかった・・僕はここを出て行く・・」
「ほうか。なんともあっさりじゃな」
「だから放してくれ・・」
そして俺はジロウを解放した。
するとジロウは、一目散に逃げて行った。
これで誰にも邪魔されんと、俺はここで生きて行けるんじゃ。
それにしても、ボスいうたって、大したことねぇのう。
あれじゃ仲間も着いて来んじゃろの。
それから俺はここを根城とし、特に変りもなく毎日を生きていた。
時たま、通りすがりの猫もいたが、俺に近づく者はいなかった。
俺は時々、川に自分の姿を映していた。
慎平の家で見た時よりも、顔の表情がきつく変化していた。
それでも俺は、さして気にも留めなかった。
俺は次第に、山神のことも忘れるようになっていた。
「コテツ~~!ほら、こっちへ来んか~~!」
「おお~~、待て待て、フク~!」
「ここは、ええとこじゃな」
「ほうじゃろ。ここなら誰にも邪魔されんと、自由に生きていけらぁの」
俺とフクは河川敷を走り回っていた。
「それにしてもフク。お前、ちっとも成長しとらんの」
「なに言よんな。コテツじゃって同じじゃが」
「小せぇままじゃが」
「そがなことより、コテツ」
「なんなら」
「お前、牙と爪が元に戻ってよかったのう」
「え・・あっ!ほんまじゃな!元に戻っとるが」
俺は自分の牙と爪が、猫の「それ」になっていることに気がついていなかった。
「いつの間に・・」
「コテツ、島へ戻らんか」
「え・・」
「お前はもう、以前のコテツに戻ったんじゃけに、ここにおる必要やこ、なかろう」
「確かにそうじゃな・・」
「やっぱり迎えに来て、よかった」
「ほうか・・お前、迎えに来てくれたんか」
「当たり前じゃ!俺たちは親友じゃし、仲良うせんといけんもんな」
「よし、わかった。島へ戻ろう」
「あそこから船に乗るんじゃ」
フクはそう言って、川まで走った。
「フク、ここに定期船が来るんか」
俺はフクに追いつき、そう言った。
「そうじゃが。お前、知らんかったんか」
「知らなんだ・・」
「ほれみぃ。いうとる間に、船が来たが」
フクの言うように、遠くから定期船がこっちへ向かってくるのが見えた。
「ほんまじゃな!あれに乗ったら帰れるんじゃな!」
「ソラやマサも待っとるけに」
「ほ・・ほうか・・」
・・・
・・・・
・・・・・
フク・・フク・・
はっ!
俺は目が覚めた。
今のは・・夢じゃったんか・・
俺は急いで川べりへ行き、フクと船を探した。
けれどもフクどころか、船の影も形もなかった。
やっぱり夢じゃったんか・・
そして川に自分の姿を映してみた。
牙もなくなっとらん・・
爪も同じじゃ・・
顔つきも、きついままじゃ・・
なんで、フクの夢やこ、見たんなら。
俺はもう、島へは戻らん。
じゃけど・・
今の俺は、少しだけ以前の「コテツ」に戻っていた。
ソラにもシンバにも、悪いことをした。
慎平にもじゃ・・
そういや慎平は、神社へ戻った方がええ言よったな・・
確かにそうかも知れん・・
ソラを訪ねてみるか・・
じゃけど、俺はあがな酷いことをしてしもうたんじゃけに、今更、許してくれるはずやこ、ありゃせんが・・
友達いうたって、誰もおりゃせんが・・
なんで俺は、あがなこと・・してしもうたんじゃ・・
この時点で俺の中には、本来の俺がまだ生きていることに、葛藤めいたものを覚えていた。




