十七、川の向こう
俺たちが河川敷で暮らし始めて、はや二週間が過ぎた。
シンバは毎日のように、俺たちの根城に来ている。
たまにシンバの家へ行き、餌をご馳走になったり風呂にも入れてもらっていた。
ソラは相変わらず、風呂を嫌っていた。
「シンバ、そろそろ帰るけに」
俺がそう言った。
今もシンバの家へ遊びに来ていたところだった。
「ええ~まだいいじゃん~。僕の部屋で遊ぼうよ」
この家には、キハチと同じで猫の部屋があった。
「ソラ・・どないすんなら」
「そうよのう。まあええんじゃねぇかの」
「わーい、やった~」
そして俺たちは、シンバの部屋へ入った。
シンバはとても嬉しそうに、「どこに座っても寝そべってもいいよ」と言い、俺とソラは並んで床の上に座った。
俺たちの傍にシンバも座った。
「ところでシンバは、いつくなら」
俺がそう訊いた。
「僕はもうすぐ二歳だよ」
「ほうか。俺たちとあまり違わんのじゃな」
「そうだね。だから気が合うのかも知れないね」
「お前の友達いうんは、タマだけなんか」
「他にもいるよ。あっ、ほら、河川敷に住んでるタツキもそうだよ」
「ああ・・」
「タツキて・・なにもんなら」
ソラが訊いた。
「なにもんって・・ただの野良猫だけど」
「ほうか・・」
「タツキがどうかしたの?」
「いや・・まあ・・」
「なんだよ、ソラくん」
「あのな・・訊きたいんじゃが、ここらの野良猫が、どうもコテツを狙っとるようなんじゃけど、シンバは聞いたことがあるか」
「えっっ!そうなの?」
「タツキがそう言よったんじゃ」
「あのさ・・僕ね、飼い猫でしょ。だから何も教えてくれないんだ」
「そうなんか・・」
「野良猫たちは・・飼い猫をバカにしてるところがあってね・・」
「ほうか・・」
「あっ、でも、その噂が本当だとしたら・・きっとあいつたちのことじゃないかな・・」
「あいつたち・・?」
「うん・・。タツキは一匹で行動してるんだけど、河川敷の向こう側あるでしょ」
「ああ・・川を挟んだ向こう側じゃな」
「あそこに屯してる野良猫がいてね」
「ほう・・」
「とても凶暴なやつらだから、僕も向こう側へは行かないんだ」
そがな連中がおるんか・・
俺は黙ってシンバとソラの会話を聞いていた。
「タツキが言よったんは、おそらくそいつらのことじゃな」
「うん・・たぶんそうだと思う」
「・・・」
「絶対に行かない方がいいよ」
「ああ、わかっとる。絶対に行かん」
「まあ、向こうが来るとしても、川を渡らないと来れないし、無理だと思うよ」
「うん」
「船やこ、ねぇんか」
俺がそう訊いた。
「船はないよ。川を渡るには橋を通らないといけないんだ」
「ほうか・・」
「橋を渡るには、ずっと遠くまで回り道しないといけないし・・。いずれにしても来るのは無理だと思うよ」
「うん・・」
「コテツ、俺たちはあそこで大人しゅうしとりゃええんじゃ」
「うん、そうよの」
「それよりさ~、きみたち、ずっと河川敷で住むつもりなの?」
「そうじゃが」
俺がそう言った。
「ここに住もうよ~」
「だから、何度言うたらわかるんかいの。俺たちは飼い猫にやこ、なりとうねぇんじゃが」
「それは何度も聞いたけどぉ~」
「別にええが。毎日、会えるんじゃし」
「つまんないな~」
「お前、野良猫になりゃええが」
ソラがそう言った。
「ええ~~ソラくん、なに言ってるんだよ~。僕に野良はむりむり」
「ほうかの」
「っていうか・・飼い主が淋しがるだろうし」
「まあ・・の」
「ソラ、そろそろ帰るかの」
「そうじゃの。じゃ、シンバ、またの」
部屋を出て俺たちが帰ろうとしたら、飼い主の夫婦が「もう帰るの~」と、奥から叫んでいた。
ほんまに、ええ人間じゃの・・
俺たちはペットドアから外へ出た。
「なあ、コテツ」
家を出て歩いていると、ソラが声をかけてきた。
「なんなら」
「河川敷もええんじゃけど、ずっとあそこに住む言うんも、どうなら」
「どがな意味なら」
「お前、山神に「広い大地を走り回ってやる」言うたんじゃろ」
「ああ」
「じゃから、一定の場所に留まる言うんは、違うんじゃねぇんか」
「ああ・・まあな・・」
「俺、思うんじゃ・・」
「なにをなら」
「違う土地に移り住んで、それを転々と繰り返すことで、山神はお前の中から消えるんじゃねぇんかと」
「・・・」
「望みが叶うた、いうことでの」
「なるほど」
「まあ、急ぐわけじゃねぇし。そのうちの」
「うん」
確かにソラの言う通りかも知れん・・
山神の最期は、走りとうても走れんかったんじゃ・・
脚を折られて・・の・・
俺たちが河川敷へ戻ると、一匹の猫がウロウロしていた。
「コテツ・・近寄らん方がええぞ」
「うん」
俺とソラは、遠巻きにその猫を見ていた。
そいつは黒と白が斑になった毛で覆われていた。
「なにしよんかの・・」
俺がそう言った。
「お前を探しとるんかも知れんぞ・・」
「うん・・」
しばらくすると、そいつは去って行った。
俺たちは河川敷にある、ベンチの下に身を隠した。
「他に見つかりにくい場所を探した方がええの」
ソラがそう言った。
「そうよの・・」
「コテツ・・先に言うとくけんど、絶対に手を出したらいけんぞ」
「わかっとる・・」
「お前の爪と牙は凶器じゃけに、事が起こってしもうたら、取り返しがつかんけにの」
「じゃけど・・」
「なんなら」
「俺・・人間に牙を折ってもらおうとしたじゃろ」
「ああ・・うん」
「あの時、俺の意識とは別に、勝手に山神が出てきた。つまり・・俺を襲うて来るやつに対しては、山神が出てくると思うんじゃ・・」
「・・・」
「俺を殺さんために・・。つまり、山神は自分が殺されんために、そうすると思うんじゃ・・」
「確かにの・・」
「そがになったら・・どうしたらええんなら・・」
「そうならんように、危険なやつには接触せんことじゃな」
この牙さえなかったら・・
山神・・聞いとるか・・
俺は島を出て、わざわざ東京いうとこへ、来たんじゃ・・
それは誰のためなら・・
お前・・わかっとんじゃろ・・
ここを離れても、次の「陸」で駆け回ってやるけに・・
頼むけぇ・・出て行ってくれんか・・
俺がいくら呼びかけようとも、山神から反応はなかった。
そして次の日・・
俺たちが水を飲んでいると、昨日、河川敷をうろついていた猫がきた。
「ああ、いたいた」
そいつが俺たちを見つけて、そう言った。
「お前、なんなら」
ソラがそう言った。
「きみたちさ、遠い島から来たんだよね」
「そうじゃが」
「なるほど・・そっちの黒猫がそうか」
そいつは俺を見てそう言った。
「俺が、なんなら」
「コテツ、黙っとれ」
「ほなけど・・」
「ええけに、黙っとれ」
俺はソラの言う通りにした。
「コテツっていうんだ」
「それが、どしたんなら」
「あのさ、きみたちに相談があるんだけど」
「相談て、なんなら」
ソラはずっと警戒していた。
「実は僕、川の向こうから来たんだけどさ」
そう聞いて、ソラは更に警戒していた。
「結論から言うと、きみたちの力を貸してほしいんだけど」
「力・・?」
「コテツくんの力をね」
「どういうことなら」
「僕たちが住んでる縄張りを、最近、流れてきた集団に荒らされててさ。もう何匹も殺されてるんだ・・」
「え・・」
「そいつら・・情け容赦がないんだ・・」
「そ・・そうなんか・・」
「このままだと、皆殺しにされてしまうかも知れないんだ・・」
「それ・・ほんまか・・」
「ほんとだよ」
「あ・・もしかして・・荒くれ者の集団って、そいつらのことか」
「えっ・・知ってるんだ」
「ああ、タツキいうやつに聞いた」
「それなら話が早いよ。お願い、力を貸してくれないかな」
そこでソラは俺を見た。
「コテツ・・どうすんなら・・」
「俺は・・」
「コテツくん、その牙で僕たちを救ってくれないかな」
「じゃけど・・」
「子猫が殺されてるんだよ!」
「えっ・・」
「あいつら・・弱い者から殺してる・・」
子猫が・・殺されとる言うんか・・
じゃけど・・俺の牙は・・こがなことで戦うためにあるんじゃねぇけに・・
でも・・子猫が・・
救ってやらんといけんのか・・
「一度、お前らの縄張りへ行かんことには、なんとも言えんが・・」
俺はそう言った。
「うん、ぜひ、そうして」
「コテツ・・行くんか・・」
「ソラ・・お前は来んでええけに」
「あほな!お前を一匹でやこ、行かせるわけにはいかんけ!」
「ソラ・・」
「俺も着いて行くけにの」
「二匹で来てよ。今から案内するよ」
「お前、名前は?」
俺がそう訊いた。
「僕は、ジロウ」
そして俺たちは、ジロウの後を着いて行った。




