一、島の猫
ここは瀬戸内海に浮かぶ、とある小さな島。
俺がここで生まれ育ってから、一年になる。
人間に例えると、二十歳になったばかりの若者だ。
子供とも大人とも言えない、微妙な年齢だ。
俺はオス猫のコテツ。
全身は黒い毛で覆われている。
俺の母親は、俺を産んで半年後、病気で死んだ。
兄弟たちは身体も弱く、次から次へと死んでいった。
たった一匹残された俺は、天涯孤独の身となったが、島の人間たちに餌をもらう形で何とか生き延びていた。
ポンポンポン・・
あっ、船が帰って来たぞ。
俺は根城にしている縁側の下で、船が帰ってくる音を聴いた。
すると屋根の上から飛び降り、庭先を走り抜ける「仲間」たちが俺の前を通った。
よし・・俺も早く行かんと・・
島の漁師たちが魚を釣って帰ると、猫たちは一斉にその場へ集まる。
いわゆる「おこぼれ」を貰うためだ。
「コテツ、はよう行かなんだら食いっぱぐれるんじゃが」
こいつは俺と同い年の、ソラというオス猫。
茶色の虎毛だ。
「ああ、わかっとる」
「俺、先に行っとるけんの」
「そがなこと言わんと。待ってくれ」
先に走るソラの後を追いかけ、俺も船着き場へ行った。
相変わらず・・すごい数だ。
この島に生息する猫の数は、人間より多い。
年老いた漁師の周りには、我先にと大勢の猫が群がっていた。
「ほらほら、待っとれ。今、やるけんの」
漁師は売りに出せない小魚を、猫たちに振る舞っていた。
俺も急いでその中へ入り、前足で小魚を待った。
「あっち行け」
そこで島のボスの息子、フクが俺を押しのけた。
「なにしょんなら」
「ええから、あっち行け」
「お前こそ、あっち行け」
「父ちゃんに言うぞ」
「なにを言よんなら。卑怯者」
「うるせぇんじゃ」
しばらく俺たちは、言い合っていた。
そうこうしているうちに、あっという間に餌は底を尽きた。
しまった・・
これを逃したら、定期船が来るまで何も食えんぞ・・。
「お前のせいじゃからの!」
フクは俺に向かって、猫パンチを食らわした。
「なにをするんじゃ!お前のせいじゃ!」
俺もパンチをお見舞いした。
そこで俺たちは乱闘になった。
他の猫たちは餌を食うのに必死で、俺たちの様子に目もくれなかった。
というか、こんなもめ事は日常茶飯事なのだ。
「ほらほら、ケンカせんでええ」
漁師は俺たちに、小魚を一匹ずつ与えてくれた。
「覚えとれ!」
フクは小魚を銜えて、猛スピードで走り去って行った。
「こげな小さな島にもの、お前らを見たい言うて、観光客がようさん来よんぞ」
漁師は俺が餌を食べる傍で、独り言を呟いた。
「なにが珍しいんか知らんがの、変わった人らや」
確かに漁師の言う通り、俺が生まれた時には既に、大勢の観光客が島に押し寄せていた。
今日も、この後の定期便に乗ってくるだろう。
観光客は猫好きとのことだが、俺たちにむやみに餌を与えることが問題にもなっていた。
そこで島の人たちは「餌やり場」を設けることによって、対処していた。
俺は腹ごしらえが済み、堤防の先で寝ころんでいた。
ここは空気もいいし、争いながらも餌にありつけるし、生きていくには十分の環境だと俺は満足していた。
フクは生まれて八カ月のオス猫だ。
身体は白の毛で覆われている。
ボスの息子ということで、わがままな面があり、俺に限らず他の猫にも生意気な行動を繰り返していた。
「コテツ~」
「おう、ソラか」
ソラは俺の横で寝そべった。
「ああ~お腹が一杯になったら、眠とうなるなぁ」
「ほうじゃの」
「コテツは、またフクとやっとったな」
「あいつ、ボスの息子や思うて、調子に乗っとんじゃ」
「あはは。でもフクは、気が弱いんじゃ」
「ほんまか?」
「俺、前に言いがかりつけられたことあるんじゃが、思いっ切りやり返したら、俺を避けるようになったんじゃが」
「へぇ~」
「まあ、コテツは身体が小さいからの」
俺は生まれてから半年後、母親を亡くしたせいもあり、身体の成長が遅く、ソラよりも一回り小さかった。
「まあなぁ・・」
「まあ、そがなことはええ。あぁ~~ぁ・・」
ソラは大きなあくびをし、目を瞑った。
俺もひと眠りするか・・
それからしばらくして、定期船が船着き場に到着した。
「コテツ、行こか」
「うん」
俺たちは走って桟橋へ行った。
他の猫たちも大勢駆けつけていた。
ほどなくして大勢の観光客が降りてきた。
若者、カップル、家族連れなどが、早速俺たちを見つけて嬉しそうに目を輝かせていた。
「わあ~、かわいいわね~」
「ほら、あんなに小さい子もいるわよ~」
「連れて帰りたいわぁ~」
観光客はそれぞれ口にし、早速、鞄の中から餌を取り出した。
「餌やりは、こちらでお願いします~」
島の住人が、そう案内していた。
みんなは一斉にその場へ行き、餌を置いた。
俺とソラもその場へ移動し、早速餌を食った。
「この子、かわいいわね~、まだ子猫だよね」
そう言って、俺の頭を撫でる若い女性がいた。
餌を食ってる時は、やめてほしいんじゃけどなぁ・・
俺は不満に思いながらも「いつものこと」として、受け入れていた。
「ほんとね~、しかも黒猫って、かわいいわよね」
「そうそう、神秘的っていうか、独特よね」
うるせぇなぁ・・
「こっちのトラちゃんも、かわいいわよね」
あ~あ・・ソラも撫でられとる・・
ソラは、全く意に介さず餌を食っていた。
「この子、かわいいね!」
少し離れたところで、フクを見て少年がそう言った。
「そうだね。まだ子猫だね」
父親らしき人がそう言った。
「わあ~、いいなぁ~、僕、この子、連れて帰っちゃダメかな」
「それはムリムリ。うちにはもうミミがいるだろ」
「そうなんだけど・・ミミのお友達ってことで」
「あはは。無理だよ。ママが許してくれないよ」
「そうかなぁ~」
少年は、ずっとフクを眺めていた。
俺は内心、連れて行きゃええが、と思っていた。
「ニャア~」
そこでフクは、甘えた風に少年に鳴いて見せた。
うげっ・・なんだ、あの気持ち悪い鳴き声は。
すると少年は「かわいい~」と言い、餌を追加していた。
フクは、どうすれば人間が喜ぶことを知っとるんじゃな。
ある意味・・強かで逞しい。
「コテツ、行くか」
ソラは満足気にそう言った。
「うん」
俺とソラは、その場を離れた。
しばらく歩いていると、見知らぬ猫に出くわした。
そいつはとても大きく、俺たちを見つけ上から見下ろす形で睨んでいた。
「ほほぅ・・島の田舎もんは、呑気でええのう」
そいつが俺たちに向かってそう言った。
「なんじゃ、お前は」
ソラが警戒しながらそう言い返した。
「けっ、ここのもんは、礼儀も知らんのけぇ」
「お前、見たことがねぇが、どこのもんなら」
「どこのもんでもええが。ちょっとここの噂を聞いて来たんじゃけ」
「その言葉・・広島か岡山じゃの」
「ようわかったの。わしは岡山じゃけぇ」
「ふーん。その岡山もんが、どうしてここに来たんなら」
「ここのボス・・タロウとかいうたけの。元々よそもんじゃあ言う話じゃが」
「そがなこと、俺は知らんが」
「まあええ。そのタロウはどこにおるんじゃ」
「自分で探しゃええが」
「ふんっ。愛想のないやつじゃ。ほな、次の定期便が来るまで探させてもらうけぇ」
そいつはそう言って、俺たちの前から去った。
「あいつ、なんなら」
俺はソラに訊ねた。
「岡山から来たいうことは、さっきの船に乗って来たんかの」
「さあ・・」
「飼い主と来たんかの」
「わからんのぅ・・」
「まさか・・一匹で乗って来たんかの」
「じゃけど「ボスはよそもん」言うっとったが」
「俺はそんなん知らんかったが、そうなんかの」
「俺も知らんが」
ボスのタロウは、俺が生まれた時には、既にボスとして君臨していた。
当然、この島の生まれだと思っていたが、違うのかも知れない。
だとしたら、なぜボスはこの島へ渡り、なにが目的でこの島に来たのか。
俺は一抹の不安を覚えていた。




