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世界の異変



「マティス副団長!たった今、先発から連絡がありました!やはり南の街道には魔物が潜んでいるようです!」


「わかった。我々も向かう。皆、くれぐれも警戒を怠るなよ!…やはり噂は本当なのか…」


ここ一年で、魔物による被害が世界規模で急増し始めた。

その原因として『2000年前に封印した魔王復活』の噂が囁かれている。

各国は2000年前の伝承にならい、魔王封印の為に魔法使いを集め、万が一の復活に備えて勇者を募っているらしい。


「フェリアは大丈夫だろうか…」


フェリアが祖父と旅立ってから三年。

始めの頃は頻繁に送られてきた手紙も、今は月に一度に減っていた。

それもごく簡素に、今南にいますとか、元気です、なんて内容で、近況を知ることは出来ない。


「だが、お祖父様と一緒ならば、この国にいるよりは安心かもしれないな。」


年老いた身なれど、一国の英雄であり剛腕自慢の祖父ならば、どんな魔物が相手でもフェリアを守って下さるに違いない。


(それに…)


今、貴族達の中ではエリシュナ様の婚姻が噂されている。

エリシュナ様もエキドナ様も、もうお子を授かっているような年齢だが、オーエング公爵はフェリアがまだ未婚な為に二人の結婚を許されていない。

しかし、ラードン侯爵は3年経ったのだからとオーエング公爵を説得し、近々結婚が発表されるのではないかと囁かれていた。


しかも、父は魔物との戦いで負傷し、私は父から第十三師団副団長の地位を引き継いだばかり。

弟のユリスも脚に怪我を負い、今は自宅療養中…。

母も家族の負傷に心を痛め、床に伏せている。


(これでは心配をかけてしまう。フェリアがこの国に戻ってくる前に、魔物をなんとかしなければ!)


魔物潜伏の報告を受けた南のオリアド街道は、ウェストリア国境からモルガート領へと続く主要の道。

この街道で魔物が暴れれば、モルガート領の民に被害が出るだろう。


「モルガートの民は私が護る‼︎」


駐屯地から馬で駆けて、第十三師団団長であるミルアノット男爵の部隊へ合流を急ぐ。

が、合流予定地で見たものは、信じ難い光景だった。


「わ…ワイバーンだと⁉︎」


ワイバーンは小型の飛竜だが、素早い身のこなしで弓を躱し、鋭い牙と爪で肉を裂く獰猛な魔物だ。

対空戦に長けた魔法使いでもいなければ倒せない難敵に師団の半数は倒れ、残りの者はなすすべもなく逃げ惑っている。


「マ、マティス…副団長…」


倒れた団員の中から、這いずりながら血塗れの手を伸ばす声が聞こえる。


「大丈夫か⁉︎何故撤退しなかった‼︎」


ワイバーンはテリトリー意識が高い。

見つけてすぐに撤退すれば、ここまでの被害は出なかった筈だ。

そんな事子供でも知っている常識だというのに…


「森の中で眠っていた奴を…団、長が、仕留めよ、と…、」


「クッ、ミルアノット‼︎功を焦ったか!団長はどこにいる!」


「混乱の、中…姿が、グッ、」


「分かった。よく生きていてくれた。各員負傷者を連れて奴のテリトリーから抜けろ!急げ!」


「副団長‼︎どちらに行かれるのですか‼︎」


「残った兵を見捨ててはおけん!一度指揮を取り戻し脱出する!俺に構わず離脱しろ!」


「団長‼︎」


ワイバーンの元に駆けながら、団員達に声を掛けて撤退を指示する。

四方に逃げれば生存確率は上がるだろう。

しかし、このまま逃してはくれそうもない。


「こっちだ、ワイバーン‼︎」


落ちていた弓を放てば、躱しながらもこちらに視線を向ける。

魔物特有の赤い瞳が、狂気を孕んで燃えるように輝いていた。


(せめて団員達が逃げる時間を稼がねば‼︎)


滑降してくる鋭い爪を紙一重で避けるが、避けるだけで精一杯だ。

反撃を許す隙も与えず、爪と牙が容赦なく襲いかかる。


「つっ‼︎」


切り裂かれた右腕に体勢が崩れ、しまった!と空を見上げる。

が、絶望はそれだけではなかった。


(なん…だと…)


空に羽ばたく黒い影が三つ。

一体は先程のワイバーンの倍はある巨体で、その爪にぐったりした団員を掴みながらこちらを見ていた。


(退路はない…か。ならば…)


剣を構えてワイバーンを見つめる。

三体は無理でも、せめて一体…あの巨大なワイバーンを仕留めてやる。

あれが街を襲えば、モルガートの民が餌食になってしまう。


「こい!ワイバーン‼︎我が名はマティス・ルヴィーク・モルガート‼︎モルガートの民は、私が護る‼︎例えこの身に代えても‼︎」


大きく翼が羽ばたき、巨体が信じられない速さで滑降してくる。


(見極めろ。刺し違えてでも、奴の心臓を貫くんだ‼︎)




瞬きすら許されぬ一瞬。

爪が身に迫る一瞬先に、全身全霊をもって剣で身体を貫いて…


「………なっ…」


突如として世界が赤に染まる。

鉄の匂いに包まれて、手から剣が滑り落ちた。


(死…)


そう、死を覚悟した。

一太刀も返せずに死ぬかと。


しかし、


「ギャアアアアアアッ‼︎」


断末魔の叫びを上げたのは、巨体のワイバーンだった。


視界を染めたのは、今腹に風穴を開けているワイバーンの血。

自分が生きている事に疑問を感じた時、白い影が脇を抜けて空へと踊った。


「アイスランス‼︎」


「ギィイイイイイイッ‼︎」

「ギャアアアアアッ‼︎」


無数の氷の槍がワイバーンを貫き、地へ落ちる迄の一瞬で二体の首が胴から離れた。

その早すぎる剣技に、何が起こったのかを理解する事も出来ない。

分かるのは、目の前の剣士がワイバーン三体を一瞬で葬ったという事実のみ。


(信じられない…)


そう、事実を事実と理解しながらも、信じられない。

何故なら、剣を握るその手は細かったのだ。

屈強な団員達がなすすべもなかったのに、奴らを倒したのは、細腕の…女性だったのだから。


「っ…」


振り返った姿に言葉を失う。


返り血の一滴も浴びていない小麦色の美しい肌。

細身ながらも鍛えられている身体には不釣り合いなほどの豊かな胸を守る、露出の高い銀のビキニアーマー。

腰には細めのバスタードソード。

腰に巻き付けられた蒼のパレオから伸びる脚は長く、グリーヴには見た事も無い模様が彫られている。


(異国の戦士…なのだろうか…)


目元を細工の美しい銀のベネチアンマスクで隠してはいたが、整ったパーツは女性の美しさを確信させた。


「あ、失礼した。助けていただき、心から感謝します。私はマティス・ルヴィーク・モルガート。このモルガート領…の…?」


こちらを見つめて動かない女性のベネチアンマスクの奥の瞳が、大きく見開かれている。

一瞬言葉が通じていないのかと思ったが、潤んでいく瞳に、今度はこちらが目を見開いた。


「ま…まさか…」


「マティスお兄様っ‼︎」


高く結い上げた白銀の長い髪。

輝く黄金のような琥珀色の瞳。

何より…愛しい声と温もり…


「フェリア‼︎フェリアなんだな‼︎」


抱き締めた身体は幼かった頃のように、腕の中にすっぽりとは収まる事はない。

けれどはっきりと分かる。


「フェリア…会いたかった…会いたかったよ。」


「お兄様、私も、私もお会いしたかったです!」


「フェリア、ちゃんと顔を見せてくれないか?」


「えっ?あっ、すみません!」


マスクを外した顔は、想像していたよりもずっと美しかった。

幼い頃の甘やかさは影を潜めた、洗練された大人の女性の美しさ。

今のフェリアには、エキドナ嬢に劣る所など何一つない。

だが、


(良かった。本当に良かった…)


こんな事口には出せないが、フェリアがエリシュナ様と結婚しなくて、本当に良かった。

心からそう思えた。


(お前はこんな風に笑えたんだな。)


モルガート家の為、希望の子としての重責を背負ったまま結婚していたら、妹のこんな笑顔は見られなかったと思う。


「お兄様、ただいま帰りました。」


「あぁ、お帰り。」


目が眩むほど眩しい笑顔に、心が幸福感であふれそうだ。


この三年、世界は大きく変動した。

魔物の増加に凶暴化。

魔王復活の噂。


そして、最愛の妹の成長。


それは絶望の中の光。


(やっぱりお前は、モルガートの希望だよ。)


たくましく成長した妹を、もう一度ギュッと抱き締めた。








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