私が生まれたわけ
ずっと書きたかったお話しを形にしてみたくて始めました。
よろしくお願いします!
「…もう終わりにしよう。」
「……えっ?」
「他に好きな人が出来たんだ。だから、別れて欲しい。」
この日、私は生まれてきた意味を…
存在意義すべてを…
失った。
これは私が物心つく前から、数百、数千と聞かされた23年前のお話から始まる。
私の父、オリガ・ルヴィーク・モルガートは、大陸の中心に位置する大国 クリティアス王国で伯爵の地位を賜っている。
歴史の古い家だが、代々の当主は人が良く、領民の信頼も厚い反面、貧乏貴族であった。
モルガート領は領地の殆どが山林であり、特別な鉱石もなければ技術も無い。
観光地にもならない程なにもない田舎だ。
そんな大自然の中でのびのびと育った父は、歴代当主に漏れず、人が良すぎる正義感の強い優しい人だった。
伯爵の地位にありながら、父の官職は王国騎士団の末席にある、第十三師団の副師団長。
自分の実力では師団長の重責は負えないと、腕自慢のミルアノット男爵の下で務めていた。
自分より地位の低い者に従う姿は、他の貴族にはあまりに滑稽で恥知らずに見えたそうだ。
それでも父は、『プライドより人の命の方が重たいんだよ。』と、いつも部下達を思い遣り、慈しんでいた。
そんな父ではあったが、誠実な人柄から国王の信頼は厚く、第十三師団は外交の際同行することが多かった。
その外交先…モルガート領に近い南の国「ウェストリア」への同行の際、父は母 スティアナ・ウル・アルガードと出会った。
互いに一目で恋に落ちた、運命的な出会い。
だが、母との結婚は誰にも祝福されなかった。
アルガード家は伯爵の地位にあったが、元は平民の血筋。
平民であった兵士が、戦での活躍から騎士伯を賜り、出世と恵まれた婚姻により成り上がった一族だったからだ。
成り上がり貴族と貧乏貴族。
互いに得るもののない婚姻だと揶揄されながらも、二人は愛を貫き通して結婚した。
そんな時、父は北の国「ノトリア」との戦いの最中、奇襲を受けた第一師団団長、ナルキス・バル・オーエング公爵を身を呈して守り、一気に形成逆転となった戦いの勝利へと大きく貢献した。
父の勇気と人柄、忠誠心を気に入ったオーエング公は、命の恩人である父への感謝として、生まれたばかりの息子と、いつ生まれてくるかも知れぬモルガート家の娘との婚姻を申し出た。
これはモルガート家にとって、夢のような話だ。
地位、名声、栄誉、財力、全てにおいて優れたオーエング公爵家との縁が結ばれれば、モルガート家を揶揄し見下す貴族は減るだろう。
当然一族も両親も喜んだ。
が…生まれてくるのは男児ばかり。
アルガード家は男系一族であった事から、原因は母にあるのだと父以外の誰もが母を責めた。
しかし、五人目にして待望の女児…私を出産。
オーエング公の子息 エリシュナ様とは七歳の差があったが、女児誕生を喜んだオーエング公の計らいで、すぐに正式な婚約が交わされた。
物心つく前から始まった厳しい花嫁修行。
同年代の令嬢が楽しそうにお喋りして笑いあう姿を横目に、必死になって色々な事を勉強した。
度重なる出産で身体を壊した母の為にも、母を責める周囲の叱責や当主としての重責を一心に受ける父の為にも、女児ではないのかと親族から落胆されながら生まれてきた兄達の為にも、私は完璧な令嬢となって、オーエング公爵家へ嫁がなくてはいけない。
姿絵でのみ知るエリシュナ様はとても美しくて、とても優しそうに微笑んでいて、私はまだお会いした事のないエリシュナ様に想いを寄せていた。
だから何も辛くはなかった。
16歳になって、社交界にデビューし、エリシュナ様に初めてお会いした時は、こんなにも素敵な方の元に嫁げるのかと、幸せで胸がいっぱいだった。
優しくエスコートされる私を、誰もが羨望の眼差しで見つめる。
私は誰より幸せな令嬢なのだと、両親に感謝し、エリシュナ様をお慕いした。
その幸せの絶頂から3日。
エリシュナ様の婚約者として招待されたオーエング公の誕生日パーティー。
義父となる方のパーティーだからと、苦しい家計の中から無理をして新しいドレスを新調し、母の大切にしていたネックレスを胸に訪れた公爵家…
けれど、
3日前、私をエスコートしてくださっていた手は、違う令嬢の手をとっていた。
顔立ちも身体も幼い私とは正反対の、華やかな顔立ちと女性らしい身体。
美しいエリシュナ様の隣に見合う美しい令嬢。
まるで物語りの王子様とお姫様…そんな風に考えていた時、私に気付いたエリシュナ様が近付いてきてすぐに言った。
「もう終わりにしよう。」
と。
「他に好きな人が出来たんだ。別れて欲しい。」
って。
この後の記憶は曖昧で、自分がどんな返事をしたのか、どんな顔をしていたのかも覚えていない。
僅かに覚えているのは、エスコートしてくださっていたお父様が、強く抱き締めて下さった事。
お父様が優しく微笑んで下さった事。
翌朝、いつの間にか戻っていた自室で、輝く太陽を目にした時…
もう私には今日を生きる意味が無いのだと、
理解した。
9/23