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江都穿孔断穴

 連合加盟国の都市の中でも有数の巨大都市、江運河跡(ごうのうんがあと)最上層都市区画・江都(ごうと)、7層からなる超巨大都市構造体は、1つ1つの層が並みの山を越えるほど高く、それぞれが地球神話に出てくるの四国くらいの広さを持っていた。

 しかし、それ程の広さの中で、実際に人の住める環境が整っているのは、最上層の都市部のみで1つ下に降りれば、狂獣の蔓延る狂界と化していた。

 そこから稀によく溢れ出す災厄は、6人の連合軍局地防衛戦力によって押し込められ、平穏を護られている。


 最上層の都市部から遥か離れ、星の丸みで都市が地平に沈むくらいの距離に、超巨大都市構造体を、底の運河跡まで穿つ大穴が開いていた。


 3000年前、下層に住んでいた人類を最上層へと追いやった災厄の跡は、生温かく瘴気にも似た大気を吹き上げ、底が直ぐそこにあるのではと錯覚してしまうような、おどろしい辺り一面の闇をたたえている。


 今やこの狂穴は、災厄の湧き出す危険区域としてだけでなく、都市に巣食う不吉の象徴として忌み嫌われ、自殺志願者でもなければ寄り付かない虚無の出入り口となっていた。


 狂穴への進入を阻む最後の無いよりマシ程度の網フェンスは、好き勝手に引き裂かれ全ての支柱がなぎ倒されている。

 その中1つの折れた支柱の根本から、高速で滑る金属を押し付けたような、今付けられたばかりの滑走痕が遠く続いている。


 大破した6000kcal(キロカロリー)クラスの1人乗り大型多脚車輌 (バイク)が千切れた脚やミラー、砕けたシャーシ、外れたパイプを泥のようなオイルとともに撒き散らし、放射状に穴へ向かって散らばっている。


 多脚の持ち主、サキュラさんは虚ろな足取りで狂穴の淵に向かって歩く。


 鋏角人種としても大きめの体格と実ったたわわ!群青色の髪の毛は体格に似合わぬ巨大なツインテールで、頭部の鋏角を覆い隠している。

 同じく群青の薄いキチン質の肌は、削れて破けギリギリになった紺色の地味目なクレリックシャツと、ロングスカートの隙間から露わに艶めく。


 狂界と殆んど区別のつかないこの場おいて、彼女を引き留める者は誰1人としていない。


 穴の淵から迫り出した構造体の骨組みに足をかけ、綱渡りのようにゆっくりと歩き出す。


 手を伸ばせば届いてしまいそうな深淵の底を覗き込むと、不思議と心が落ち着いた。


 骨組みの終わりが少しづつ近付いてくる。

歩幅を狭め、両手を広げ、徐々に細くなる踏み場を、踏み外さないよう注意深く渡って行く。


 とうとう、これ以上進めない所までやってきた。

 途轍もない達成感が身体を満たす。生まれてきて初めて、何かを最後までやりきる喜びを感じたような気がする。


 もう、誰もわたしを止められない!!!


 瞼を閉じる。手を胸の前で組む。揃えた両脚の踵を持ち上げゆっくりと前へ倒れ込む。


 重力のとばりから解放された身体は舞い踊るように闇へと登って行く。


 あんまり終わるの遅いので、たまに瞼を開いて構造体の内側を覗く。

 現人類未開の地、7つの階層1つ1つ違う景色は、いずれも美しく輝いて、とてもこの世のものとは思えなかった。


 永遠のような幸せにも終わりが近づく。届きそうで結局、届かないんじゃないかと思えた地の底の輪郭が形を帯び始める。


 沼が乾いたような地形に、巨大な貨物船や城のようにそびえる客船、その他諸々雑多な船がこれまた雑に並んでいる。


 はぁ・・・せっかく気持ち良く逝けると思ったのに!!


 一気に現実に引き戻された気がする。結局最後まで1つも良いことなんて無かったのだ。


 鉄柱の剥き出しになった構造体の基礎が猛烈な勢いで迫り来る。8㎞以上落ちてきた上に、あれなら幾ら鋏角人種とはいえ一発だろう。


 ふと、この場に似つかわしくない桃色の光りが、目に入る。


 人がいる。離れていても良くわかる桃色の頭髪、健康的な黄白色の肌には、蒼く透き通った瞳が2つ、宝石のように潤み艶めきながら此方を見つめている。


 こんな寂しい所に居合わせた彼女は何ものなのだろう。なぜ、そんなに泣きそうな顔をしているの?

 目が離せなくなる。


 わたしなんかの為に泣いてくれているの?


 時が止まる程の一瞬の内に幸福が胸を締め付け、申し訳なさでいっぱいになる。


 桃色の天使に向かって精一杯の笑顔を向ける。


 生まれて初めて、心から微笑んだ気がした。

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