古代都市のピクルス
身じろぎ1つ出来ない状況、身体は胸の上まで地面埋まり、これ以上沈まないよう両手と顎で精一杯ツタを掴む。埋まっている下半身は、宙に浮いているような感覚がするので、地面の直ぐ下は空洞になっているのかも知れない。
ここまで似たような窪地を何度か通ったが、その時は底が抜けるような気は全くしなかった。こうなったのは、倒木の上から飛び降りる形になったのが良くなかったのだろう。
フレッシュピンクの髪の毛を、うなじ辺りでおさげに括り、黄緑のカチューシャ載っけて、前は眉上サッパリ揃え、もみ上げは刈り上げてジョリジョリ。ターコイズブルーの大きな瞳、切れ長の目尻に映える長い睫毛、ツンと整った鼻、潤い艶々な薄い唇、初々しくも清潭な顔立ちをした少女、モモエはなぜこうなったのか思い返す。
特に木の上を通る必要はなかった。橋のように窪地に架かった倒木を見て、面白そう!と思ったから通った。そしたら向かい側から、ヌマルネコが渡ってきたので端によった。かわいい!と思ってたら苔がズル剥けバランスを崩した。せいぜい自分の背丈と同じくらい、林檎12.5個分程度の高さ、まあいっか!と飛び降り踏み抜き今に至る。
這い上がろうと腕に力を込めた。全方位からツタの切れる音がなる。動けない。
底を覗こうと首を傾げる。先程より大きな音が響き、続けて風を切る何かの落下音が聴こえた。
だが、至って冷静に耳を澄ます。音は1秒間に林檎2720個分進むので、何秒後に底に着いた時の音が帰ってくるかで、だいたいの深さが分かる。
ぜろ、いち、もうこの時点で中々の深さ、に〜、さん、ょ。足下から小さな爆発音が聴こえてきた。深さの計算は必要なさそう。。。
脱出に使えそうなものが何かないかと考えていると、先程のヌマルネコが死角からぬるっと顔面目掛けて飛びかかってきた。反射的に上体を反らすと、身体を中心にゆっくり地面が沈み始める。
「 〜!」
言葉にならない悲鳴が溢れる。でも、あんまりゆっくり沈むので
「あっ 行けるっ!止まるぅ!!たすか!?あぁあああ〜〜・・・」
一瞬持ち堪えるんじゃないかと思ったが、希望虚しく落っこちた。
落ち始めて直ぐツタに足が引っかかった所為で、側転を決め始めた身体は、遠心力に引っ張られ自分の意思と関係無く、服は捲れへそを晒し大の字になって回り続ける。中程まで落ちたところで、悲鳴は出し切り肺は真空状態になったので、代わりにもやとか煙とか、アストラルっぽいのが出始めた。
連鎖的に崩れて行く天井から、木漏れ日が射し込み一帯を照らし出す。左右に断壁が切り立ち、底まで垂直に続いている。壁は岩にしては滑らかな表面をしており、均等に縦長の窓のような穴があいていた。
遠くに人を模った巨大なモニュメントが見える。片手を突き上げ、頭が角?で一周覆われている。
どうもここは、いつかの文明消失が起こる以前に造られた古代都市のようで、その建築様式は、まるで地球神話に出てくるUSAのNYCをそのまま移してきたかのようだった。
湿気たっぷりの腐葉土に覆われた地面が迫る。身体を無理矢理捻り足を下にして突入する。腐葉土がクッションの役割を一切果たさず弾け飛び、剥き出しのアスファルトへ足、お尻、背中、後頭部の順に叩きつけられた。
身体が林檎3個分バウンドする。鹿の蹄を模した燻銀色のハーフブーツから、軽い金属音と共に放熱板が展開され、内蔵されたE量変換機構が位置エネルギーを熱へと変換させて行く。ブーツに接する湿気った土から蒸気が上がり、焦げたチーズのような臭いが漂い出す。
濃いベージュ色をした折襟式ブラウスと、セットアップのミニスカートとショートパンツは、非機構化人体用の強化外骨格を薄手の生体素材で皮膜し、魔素を含んだ抽象的な刺繍を施した王族仕様の絶品で、落下の衝撃を漏れ無く吸収し、臨戦態勢へ移行する。
カチューシャ型の非埋め込み式補助電脳は、思考を加速させ後方の視界まで確保したが、それ以上の機能は無いので後頭部を地面へ強か打ち付けた。
頭を中心に黒いアスファルトに亀裂が入る。そこに髪が挟まり引っ張られたが、無視して身体を起こして横になり、体重を片方の肘で支える。呼吸を思い出したかのように深呼吸して上を見上げる。
有史以前から先祖代々繰り返されてきた品種改良により、植物的特徴を獲得し強化され造られた少女の肉体は、この程度の高さで負傷することなどあり得なかったが、落下の恐怖を抑え込むほどの精神力は、持ち合わせていなかった。
大きな溜め息を吐くと少し落ち着いた気がした。何も出来ずに落ちる恐怖は尾を引いたが、ネコに対する怒りが薄れさせ、そう言えばネコ何処に行ったのだろうと考えた。
上に残ったのか、それとも一緒に落ちたのか、落ちたのなら死んだかな?相応の報いだ!あああああああ!!!
・・・そんなことより落下に対して何か対応策を考えとかなきゃと思った。
薄明かりの中、化石とかした古代都市を取り敢えず天井の低くなっている方へ歩き出す。
見上げるほどの高層建築は、かつての繁栄を寂しく語り、道路を覆う大量の土は、この都市が放棄されて久しいことを物語る。
十字路を覗き込むと高層ビル3棟を跨いで刳る爪痕があり、その奥に巨大な爬虫類を思わせる、狂獣のミイラがビルにもたれ掛かっていた。
進む程に破壊の跡と狂獣の遺骸が目立ち始め、遺跡は地獄の様相を呈して行く。
狂獣による災厄で滅んだ都市の果てが見え始めた頃、視線を感じて振り返った。