8.すき間-影の支配者
狭間はふかふかのベッドで目を覚ました。
横を見ると長兄の嫁である瞳が心配そうな顔でそこにいた。
そのすぐ隣には、次兄の嫁である茉奈が狭間の額を冷たいタオルで拭って、こちらも不安そうな顔でそこにいた。
喉が渇いた。
彼女は水を飲もうと体を起こそうとして、ぐらりと揺れた。
左腕を支えにしようとしたが、左腕を犠牲にしたことを想い出すことになっただけだった。
呆けていると彼女の背に瞳の手が添えられ、口元に冷たい水が入ったコップが添えられた。
我に返って右手でそれを掴むと、ごくごくと水を飲んだ。
おいしい。
生き返る。
何回かお代わりを貰ったところで、母が寝室に入って来た。
急に抱きしめられた。
無言で抱きしめた母は、今はここから一歩も動かないようにと、そう厳命してきた。
有言実行。
母は言葉だけじゃなく、本当にそれから数日間は彼女をベッドに釘付けにして、一歩もそこから出さなかった。
三日後にやっと起き上がって、フラフラながらも王の護衛任務に戻ろうとしたら、また母が現れて第一側妃が懐妊したことや今回の犯人が第二側妃であったことを知らされた。
どうやらこんな状態になってから、やっと護衛を解任されたらしい。
なんとも皮肉な話だ。
この状態では、後妻どころか結婚自体が無理そうだ。
やはり魔力の大きな男を襲って、子供だけでも作ろうか。
そんなことをつらつらと考えていると、扉の外で喚く声が聞こえた。
昔、自分の護衛についていた瞳と茉奈の声だ。
相手は次兄と長兄のようだ。
「どういうことかしら?」
瞳の声が響く。
「どういうこととは?」
長兄のとぼけた声が聞こえた。
今の瞳にあの態度は自裁行為だ。
「なんで狭間様がケガをされているんですか?」
隣にいた茉奈が横合いから突っ込んだ。
「王の護衛だ。こんなこともある。」
「今回は王の護衛ではなく、第一側妃の暗殺に巻き込まれたんですよね。なんでこの件を事前に掴めなかったんですか?」
「それは・・・。」
長兄は二人に詰めよられてタジタジだ。
「あなたたち、病人が寝ている部屋の前で、何をしているのかしら?」
母の声が聞こえて、急に静かになった。
扉が開く音が聞こえ、母が寝室に入って来た。
”傾国の美姫”と言われた美貌はいまも健在で、ちょっと小首でも傾げようものなら悩殺ものだ。
自分の母親ながら、この年でこれではバケモノなのかこの人はと思う時がある。
母は扉を閉めると狭間が横たわっているベッドの淵に腰を降ろした。
「さて、狭間。あなたは何がほしいの?」
小首を傾げて妖艶にそう聞いてきた。
自分が男だったらもうこれで落とされているなとそう思った。
それでも娘ではあるし、ここで母の魅力に屈するわけにはいかない。
そこでなんとか気力を振り絞って、何がとそう問い返してみた。
「あの聖とかいう護衛がほしいかと聞いているのよ。」
母は振り絞った彼女のの気力をあっさりとへし折った。
「えっと何の話かと・・・。」
背筋を冷や汗が滴った。
素直に話してはいけないと第六感が警笛を鳴らしている。
「あら、素直じゃないわね。いいのかしら?」
悪魔に魅入られた人はみんなこんな気持ちになるんだろうか?
この屋敷の影のドン、いや本当の絶対君主が笑っていた。
そう言えば、自分が小さい時になんで両親が結婚したんだ聞いたことがあった。
父は無言になり、母はなんともあからさまに語ってくれた。
酒に酔わせて襲いかかったとそう聞かされた。
どうやって襲ったのは次兄に耳を塞がれて全部は聞けなかった。
いや、それ以上聞かなかったのがきっと正解だろう。
長兄と次兄は母がその話をしていた時、彼女の隣でそれはそれは嫌そうな顔で聞いていたので、たぶんどこかでその話を父から聞かされていたのだろう。
この人は自分がしたい事は誰が止めようとも聞かないし、やり遂げる。
ある意味、物凄く恐ろしい人なのだ。
「じゃ、誰と結婚したいのかしら?」
蛇に睨まれたカエルの気分だ。
狭間は母にベッド端に追い詰められて、回答を迫られた。
「でっ。」
美麗な顔で微笑まれた。
「聖がいいです。」
狭間が小声で答えた時、扉の前でなぜか聖の声が聞こえた。
母が扉を開け、寝室に彼を入れた。
「じゃ、後はきちんと責任を取ってもらってね。」
母はぱたんと扉を閉めると出て行った。
やられた。
本人がいるとは思わなかったので、うっかり本音を吐き出してしまった。
だが小声だ。
聞こえていないのでは?
聖はそんな狭間の心境を知ってか知らずか。
黙ってベッドに近づいてくると、心配そうにそこに腰かけ彼女を見た。
「体は大丈夫なのか?」
剣だこが出来たごつごつした手を伸ばされた。
左腕ごとゆっくりと抱き占められた。
狭間が好きな彼の筋肉質な体に包まれる。
温かい。
狭間は頷いた。
聖はいいにくそうにしばらく黙っていたがゆっくり彼女に告白してくれた。
狭間が”対価の魔法”を使って第一側妃を助けてくれた時、彼は心の中ではそんなことをするより自分たちを見捨てて先に逃げて欲しかったとそう教えてくれた。
それどころか、第一側妃の護衛をあの場で放棄して彼女だけを助けようと考えている自分に気がついたことも素直に語ってくれた。
でも、それは同情・憐みの類なのではないだろうか?
そう思って聖を見れば、彼は彼女の顎に手を添えてじっと彼女の目を見ると爆弾発言をしてくれた。
ここに来る直前に狭間の母である麗華に”真実の瞳”に掛けられたと、真っ赤な顔で告白した。
”真実の瞳”とは、自分の奥底に潜んでいる想いを白日の下にさらす魔法だ。
これに掛けられて暴けない真実はない。
それも心の奥底にあればあるほど、素直に告白させるという恐ろしいものだ。
これは推測だが酒に酔わされた時父もそれに掛けられたのではないかと狭間は推測していた。
しかし、それにしても手際がすごい。
さすが我が家の”影の支配者”。
やることがなんとも・・・。
狭間がそんなことを考えているうちに聖にベッドに押し倒された。
「愛している、狭間。」
聖の吐息と顔が迫ってきた。
二人の顔が近づいた。
翌朝、起き上がろうとしたら、あらぬところが筋肉痛になっていた。
なぜか立ち上がれず・・・。
聖に抱き上げられて世話を焼かれ、着替えてから家族が待つ食堂に向かった。
階段を降り屋敷の一階にある食堂のドアを開けると、そこには家族全員がすでにそろっていた。
朝食の席には顔を腫らした実兄二人とその隣で微笑む義姉、それに両親がいた。
聖が狭間を降ろして席に着くと、彼らの前に狭間の両親と隣国にいるはずの彼の両親がサインした結婚承諾書が置かれた。
もちろん、これには両国の王のサインもあった。
驚愕している聖に、母の一言が襲いかかった。
「あら、まさか責任を放棄するつもりかしら。」
小首を傾げて微笑んでいる美貌の母に、聖は慌てて首を横に振ると感謝の言葉を連発した。
いささか顔が引きつってみえるが、それを気にするものはこの席には誰もいなかった。
狭間と聖は、朝食前にその出された書類にサインした。
急転直下。
二人は夫婦になった。




