2.すき間-護衛の男
周囲に気配察知の魔法を展開した後、ふと隣に視線を向けると先程疲れないかと聞いてきた狭間の気配が消えていた。
一瞬、転移魔法でどこかにいったのかと隣を慌てて見ると、ただ単に床に蹲って微動だにしない。
何かの魔法を展開しているのだろうか?
それにしても、毎回毎回見ているが本当に見事な魔法だ。
どんなに目を凝らして周囲をみていても、とても防御魔法を展開しているとは思えなかった。
普通は魔方陣を展開して魔法を発動していると、うっすらと魔力が高いものにはその残滓が見えるものだが、その痕跡がどんなに目を凝らしてもまったくわからなかった。
それでいて寝室からは今も、物音一つ、聞こえてこない。
これがなければ魔法陣を展開していることすら疑ってしまう出来栄えだ。
さすがにこの国随一の武闘の名門貴族出身であり、”魔法の達人”といわれるだけはある。
それにしても、いつ見ても変わった顔をしているな。
周囲にいる人間とは違って、髪色は真っ黒だし瞳も黒い。
肌色も自分や主とは違い良く狩猟で捕られる狼の牙と同じ色だ。
この国に姫の護衛騎士としてついて来て、彼女を始めて見た時は驚きで固まった。
加えて小柄な彼女が姫の結婚相手である王の護衛役と聞いた時は、二度ビックリした。
もっともこの十年、何度もお互いの主が閨を共にする度に受ける外部からの襲撃を何度も彼女が魔法で撃退するうちに、その実力の凄さに感心させられている。
今では見た目で彼女の実力を疑った当時の自分の見る目のなさが情けなく思える。
それくらい、自分の隣で目を閉じている人物は凄腕だった。
もしかしたら、彼女がいなければ自分の主は今頃死んでいたかも知れないと思った場面も、一度や二度ではない。
そんなことを考えていたら、いきなり隣で目を閉じていた彼女がむくりと立ち上がった。
慌てて自分も腰の剣に手を掛けた。
彼女は一点を見つめると、指で何かの絵を描くとその白い模様を目線の先に向け弾いた。
魔法が飛んで行った方向を窓から見ると、庭の一角が白く光りすぐに消えた。
バタバタとした足音が聞こえて、周囲で警護していた守備隊の面々の声がざわざわと風に乗って聞こえてきた。
油断なく気配察知を展開していると、通路の向こうから部下が走り込んで来た。
「聖隊長。」
「捕まえたのか?」
聖が問いかける前に、隣にいた彼女が言葉を掛けていた。
黙って頷く部下。
どうやら侵入者を捕らえたようだ。
部下はそれから視線は自分に向けながらも、なんとなく隣の彼女に向けて詳細な説明をすると、すぐにまた引き返していった。
これで何回目、いや何十回目だろうか。
ふと過去に起こった同じような案件を思い起こしていた。
そんなことをしているうちに隣にいた彼女は、先程と同じようにまた目を閉じて、通路に座り込んでいた。
いくら魔力量が桁外れとは言え疲れるのだろう。
聖は、何も言わずに床に座り込む彼女から視線を外すと、先程より広範囲に気配察知の魔法を展開した。