表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

あやかし、落ちる

作者: 雨川

結局旅立ち篇しか書けなかった…

連載の要望が出たら書こうかな…

 「お前、人間くさいんだよ!!」

 「くさい鴇羽(ときは)はどっかに行け!!」


 石を投げつけられ、俺は堪らず木の陰に逃げ込んだ。暫くすると彼らはどこかへ行ったのか、石の攻撃がやんだ。ほっと息をすると、思いだしたかのように右腕が痛んだ。どうやら石の内の一つが右腕に当たっていたらしい。俺はちっと舌打ちをした。


 ここは、あやかし達が住んでいる“モノノケの森”だ。森、とはいっても実際に森なのはモノノケの森の一部だけ。それでも森と呼ばれているのには理由がある。ここ、モノノケの森はあやかしの村で、あやかし達の集落だ。当然、一歩外に出れば人がいる。人が下手に入ってこないよう、村全体に妖術がかかっていて、人の目にはただの森に見えるのだ。妖術には、森になんとなく入りたくない気分にさせる、という便利なオプションが付いているので、誰もこの村に入ってこようとはしない。


 村全体を覆う程の妖力を有しているのはおじじ様だけ。因みに、おじじ様といっても俺の身内ではない。おじじ様は一人身だ。昔は想い人が村にいたとかいなかったとか。まぁ、それはどうでもいい。それよりも重要なのは、おじじ様が死んだら当然次の代の村長が妖術を施さねばならない、ということだ。そしてその最有力候補が、この俺、鴇羽なのである。


 おじじ様自ら俺に修業を施してくださっているので、実質候補(、、)などではなく確定事項なのだが。まぁ、次期村長という肩書が素直に俺のもとに降りてこないのには俺の出自が関係する。


 俺は、妖孤の九影(くかげ)を父、妖鳥の穂鴇(ほとき)を母に産まれたハーフの妖怪である。母の腹の中にいた頃は、当然両親の特徴を受け継いで産まれてくるものだろうと思われていた。…のだが。


 何もなかった(、、、、、、)のだ。父の九尾も、母の羽も。何も。それどころか、俺の容姿は人間そのものだった。強烈な妖力こそ感じるが、見た目は人間そのもの。村人は俺を忌避したし、両親も俺をどこか遠ざけていた。おじじ様だけは俺を見た瞬間、次の村長として育てると宣言したのだが。両親は産まれたばかりの俺をさっさとおじじ様に譲り渡した。だから俺は今、おじじ様のもとで暮させてもらっている。


 俺の産まれた次の年。まるで両親が俺のやり直しでもしようとしたかのように弟が産まれた。弟は、母の羽を受け継いでいた。両親はとても喜んだ。弟は、穂影(ほかげ)と名付けられた。


 おじじ様と俺の住む家に帰り、薬箱を取り出す。患部に塗り薬を塗り込んでいると、おじじ様がひょいと顔を出した。


 「帰ったか、お帰り」

 「ただいま帰りました、おじじ様」


 崩していた足を整え正座をし、頭を下げて挨拶をした。おじじ様はそれを見て頷いた後、俺の右腕を見て顔を顰めた。


 「怪我か」

 「はい」


 いつものことだから、おじじ様も怪我の理由くらい察している。おじじ様は俺の返事を聞き、更に顔のシワを深めた。しかめっ面が一層恐ろしげなものになり、俺は少し体を竦めた。


 「羽は」

 「多分、大丈夫です。開いてみましょうか」


 俺は人間の腕そのものの見た目をした自身の腕に妖力を纏わせた。一瞬、腕に血管のような光の筋が走ったかと思うと、ふわり、と柔らかいながらも丈夫な羽の姿に変わる。患部の辺りは、少し痛むが問題なさそうだった。


 「大丈夫そうです」

 「なら、よい。安静にな」

 「はい」


 俺はおじじ様の言葉に頭を下げ、感謝の意を表した。おじじ様は、それを見ると俺の部屋を後にした。


 村の者からは異端だと叫ばれ、人間の血でも混じっているのではと言われている俺だが、純度100%の妖怪である。おじじ様曰く、妖力の強いものは人間の姿を取ることも出来るらしく、産まれたときから人間形態を取っていた俺はかなり妖力が強いらしい。


 なんでも、妖怪から妖力を全て取り去ると人間とほとんど変わらない見た目になるらしく、俺は産まれた時から妖力の抑制が上手く出来ていただけだったらしい。妖力の強いものほどそういったことを無意識に出来る傾向にあるが、産まれた瞬間からあそこまで完璧な妖力の抑制を出来るものを初めて見た、とおじじ様に言われたことがある。


 その強い妖力を持った妖怪の中の妖怪である俺が他の弱い妖怪たちに人間と蔑まれるなんて皮肉な話だ。弟の穂影は普通に妖怪ルックで産まれたらしい。つまり、弱い。両親も強い妖怪で、大妖怪とすら呼ばれていたらしいが、俺が人間形態を取っていたことに忌避感を示したということは本当に強い妖怪が人間形態をとれるということを知らなかったということだろう。おじじ様は若いころに人間形態をとれる友人がいたから知っていたらしいが、今ではほとんどの妖怪が『本当に強い妖怪は人間形態をとれる』ということを忘れてしまっている。おじじ様の若かったころ、なんて長命の妖怪では云万年と前の話になってしまう。覚えている人の方が少ない、というのも無理のない話だった。


 村の者に忌避されるのは、俺が人間のようななりをしているからだが、奴らもただ人間みたいだからという理由で俺を疎外しているのではない。人間の世には、陰陽師なるものが存在する。その、長く修業した力ある陰陽師の気配というのが妖力の気配に近しいのだ。すなわち、俺は熟練の陰陽師によく似ている、らしい。弱い奴らからしたら天敵なのだ。俺という存在は。


 おじじ様からは、妖力を使いこなすための修業と、妖力の気配を欠片も残さず隠す修業を授けられている。力を使いこなすための修行は、ポンポン外に妖力を出すだけだから簡単なのだが、気配を隠す修業の方がなかなか難しい。隠すだけなら簡単なのに、気配まで隠す、ともなるとなかなか…。だが、これが出来たら――もうすぐの話だ――、人間の世を見て回ってきてもいいと言われている。なんでも、狭いあやかしの世界だけでなく、人間の世界を見ることもお前には必要だろう、と。完璧に人間に擬態できたら人間から疎外されることはないだろうから、これはきっとおじじ様の配慮なのだ。疎外されることのない世を見てみろという。


 俺は将来村のために生きることを堅く決められた存在である。これは、力あるものの義務だ。おじじ様は、俺に責務が与えられ、俺の自由がなくなってしまうまでの間、俺に自由を与えてくれたのだ。本来、中の者を人間の中に入れたところで、百害あっても一利なしだ。情報が漏れる危険性が増えるだけで、あやかしには何の得もない。だから、本来モノノケの森では集落の外に出ることを許可されていないのだ。村の者は、ついにおじじ様が俺を疎んで追い出すのだと噂しているが、これはおじじ様の配慮以外の何物でもない。


 他の集落では普通に許可されていることなのかもしれないが、この村にとっては重大な特例。俺がこの先村の者を優しい目で見ることができるようにというおじじ様の配慮。


 俺が、俺を疎まない世界を知れるように。疎む彼らをも守ることができるように。おじじ様は、危険を承知で俺を思ってくれた。俺は何よりそれが嬉しい。





 数ヵ月後、いよいよ人間の世に旅立てるという日付になった日。俺が水場で洗濯をしていると、弟の穂影が友達らしきを連れて近づいてきた。


 「明日追い出されるんだってな、出来損ない」

 「いい気味だ、ばぁか」

 「おじじ様にまで見離されるなんて何したんだぁ?」


 嫌な顔をしながらそう言い、あははははとバカ笑いをする彼らを、俺は相手にしなかった。俺の頭の中は、明日この村を離れられるという嬉しさと、明日おじじ様の傍を暫く暇乞いせねばならないという寂しさでいっぱいだった。こんな低俗な奴らを相手にすることが面倒くさくもあった。


 俺が一切を無視するのが面白くなかったのか、弟たちは俺に水を掛けてきた。髪の毛から水がしたたって気持ちが悪い。弟たちは無言のままの俺を見て、何が面白いのか笑い続けた。


 「……ちっ」


 忌々しい、という気持ちから思わず舌打ちをしてしまった。明日この村を離れられることで気が緩んでいたのか。いつもではあり得ない失態だった。弟たちは笑みを消し、俺に掴みかかってきた。俺の髪を乱雑に掴み上げ、しゃがんでいた俺の体を引っ張り上げる。ブチブチブチ、と髪がごっそり抜ける音がした。


 「こんな、さぁ」


 抜けた髪をパラパラと俺に見せつけるように落とす穂影。完全な妖怪ルックな彼らには髪の毛なるものがない。彼らにとっては俺の髪さえも嘲笑の対象だった。


 「人間臭いんだよ、失敗作」


 確かに、俺のやり直しとして産まれた穂影は、俺という“失敗作”に対しての成功作に他ならなかった。が。悪いが俺にとっては


 「お前の方が失敗作だ」


 おじじ様にやりすぎるなと言われていたがもう限界だ。明日村を離れるのだ。少しくらい反撃したっていいだろう。


 「妖力が真に強いものは人間に化けることができる。それも無意識に」


 一歩、威圧感を出しながら歩を進める。迫りくる不穏な気配に何かを感じたのか、彼らは一歩退いた。その距離を更に詰めるかのようにまた一歩歩を進める。


 「おじじ様が何度そう言ってもお前らは信じなかったね。おじじ様が折角俺にストップを掛けていたのに」


 産まれた時から無意識に人間形態を取ってしまうほどの力。力を認めさせるには力を示すのが一番。なぜそうしないのか。


 強すぎるからだ。


 俺が力を全て解放すると恐らく近くにいたものはその妖力に当てられて死ぬだろう。妖怪、人間に拘わらず。だからこそ産まれた時から抑制することが出来ていたのでは、とおじじ様は考えている。


 大妖怪の両親の力を素直に相乗したのが俺だ。素直に掛け合わせることができれば普通に俺並みの妖怪が産まれる。俺みたいなバカげた強さの妖怪が産まれないのは、素直に掛け合わせる、というのが奇跡的な確率でのみ可能だからだ。それを体現した俺、という存在を成功作だとすると、


 「穂影。失敗作はお前だよ」


 俺は、妖力を解放し、笑いながら言った。俺がずっと思っていたこと。おじじ様も分かっていたこと。俺がこの上ない妖怪だと知れたら穂影が追い詰められるだろう、と。


 俺のやり直しとして産まれ落ちた穂影は、所謂俺の代用品だ。しかも、それが成り立つ前提として、俺が失敗作であることが必須となる。俺が失敗作でないのなら、


 ―――“代用品の有用価値って何だ?”


 穂影に痛いほどに突き付けられた問いに、穂影は震えた。無論、俺の妖力に当てられたのもあるだろうが。オトモダチの二人は早くも俺の妖力に当てられて気絶している。俺だって殺すつもりはないから、力の加減くらいはしている。雑魚一匹殺しやしない。


 それでもそれなりに妖力を解放しているのに震えるだけで倒れはしない穂影は大妖怪くらいの妖力は持っているのだろう。俺は口笛をひゅぅ、と吹いた。


 「その尻尾…。羽まで…」


 穂影は、俺の腕と尾に気付いたらしい。普段は変化させたい部分だけ使って排出する妖力を調整しているのだが、今回はそれなりに放出しているから両方出ているらしい。全部解放すると俺はどんな姿なんだろうか。まだ誰も殺す気など起きたことがないから俺は俺の本当の姿を知らないのだ。


 「俺は両親の能力を受け継いでいないなど一言も言っていない」


 茫然としている穂影に俺は残酷な真実を伝える。出来損ないと言ったのも、能力を受け継いでいないと言ったのも、全部何も知らない、知ろうとしないでおじじ様の言葉にすら耳を閉じた村人だけだ。俺じゃない。


 「だから言っただろ」


 失敗作はお前だって。


 俺の言葉に穂影は今度こそ絶句した。それが事実だと悟ったからだろう。俺は今までの鬱憤を晴らしたくて、苛々とした気持ちを妖力にぶつけた。妖力をただ込めただけの塊は、地面をえぐる。


 「…ッ、くそ、くそ、くそッ!!」


 無差別に妖力を放っていた俺の背に、手を置かれた。荒れ狂っていた気持ちが落ち着き、俺は妖力を治めた。俺の姿がまた人間のそれへと変わる。だってこの手は、優しい、大切な、俺の、


 「おじじ様……」


 おじじ様は、いつもと同じ優しい目をしていた。おじじ様は、えぐれた地面を一瞥したが、それについては何も言わなかった。


 「鴇羽。旅立ちは明日、となっていたが今日今から行け」


 なんで。


 「俺が、邪魔になりましたか。暴れて、しまったから」


 荷物はもう整えておいた、と俺の物を包んだ風呂敷を俺の手に持たせるおじじ様に、俺は唯一の味方にまで嫌われてしまったのではという恐れで、声が震えた。あぁ、そうか。穂影はこの恐ろしさを味わったんだ。自分の根幹が揺らぐ、この恐ろしさを。


 初めて、穂影に申し訳ないと思った。可哀相だとも。


 「違う。お主も、穂影も今は不安定だ。特に鴇羽。お主、我慢が限界に来ているだろう」


 心配なのだ、と言うおじじ様に、俺は子供として大切に育ててくれる筈だった両親の姿を見た。ずっと、俺を見守っていてくれたこの老妖は、俺が思っていた以上に俺を子供として可愛がっていてくれた。俺は、我慢のきかなかった己を恥じ、頭を項垂れた。情けなかった。


 そんな俺の頭に、おじじ様はシワシワで硬い手を置いた。ぎこちなく俺の頭を撫でてくるその手に、俺は身を任せた。


 ふと、おじじ様の手が止まった時、俺は言った。今しかないと思った。


 「おじじ様。今まで、ありがとうございました」


 ――――おじじ様がいたからこそ俺は今までこの村で生きていけました。


 「必ず、帰ってきます」


 下げていた頭を上げて、まっすぐおじじ様の目を見つめると、おじじ様の目は涙で濡れていた。初めて見るおじじ様の泣き顔に、俺は思わず戸惑った。慌てて立ち上がって、おじじ様の体を抱きしめる。いつの間にか背も俺の方が高くなっていた。


 「立派に、なったな」

 「はい」

 「もう一人でも大丈夫だな」

 「はい」

 「また帰ってきてくれるか」

 「はい」

 「…そうか」

 「はい」


 おじじ様は俺の顔を見つめ、優しく笑った。俺の目も、涙で濡れていた。


 「行っておいで」


 そこにいるのは、村の村長などではなく、俺の親でしかなかった。俺を引き取り育ててくれた、俺の親。


 「行ってきます!!」


 俺は風呂敷をしっかり握りしめ、村を後にした。村と村の外の境界線を踏み越えると、そこにあるのはただの森だった。老爺の姿はもうそこにはない。


 一歩一歩、踏み締めながら歩を進める。前を睨みつけるようにして歩く俺は他の人から見たら奇異に映ったかもしれないが、そんなこと知ったことではなかった。俺はおじじ様のもとを離れるという覚悟を決めなければあそこを離れることなど出来なかったのだから。


 あの、優しいおじじ様のもとを離れる。あやかしの命長しと言えども、おじじ様だってもう結構な年だ。いつ死んでもそうおかしくはない。次あそこに戻った時、おじじ様はまだ健在だろうか。そう思うと心配で心配でしょうがなかった。


 「…行ってきます」


 俺は振りかえって森を見、もう一度一人でそう呟いた。おじじ様は、まだそこにいるのだろうか。妖術のかかった村が相手では、よく分からないけど。


 それでも、俺には俺の行く先をじっと見守るおじじ様の姿が見える気がした。







 これからどこへ行こう。俺は道すがら考える。なんでも、人間の世にはがっこう(、、、、)というものが存在するらしい。陰陽師を養成するための機関で、有名な陰陽師を数多く輩出しているのだとか。折角力を完璧に秘匿できるようになったのだから、陰陽師の学校へ通う、というのも面白いかもしれない。


 そう考えると、なんだかワクワクしてきた。落ち込んでいた気持ちが高揚するのを感じる。とにかく、行き先は学校に決定だ。






 数年後。若くして力ある陰陽師が誕生したという噂がモノノケの森まで噂で広がり、村中のあやかし達が震撼したとかしてないとか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あやかしモノ! [気になる点] 短編で終わってしまうかもということ [一言] これはこれで! 時代的には平安かな? 陰陽師、大好物です
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ