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異世界神話群生地  作者: 羊
1/1

導入

 白い空間だ。

 

 まるで奥行きというものを感じさせない、例えるなら白いペンキに満ちた部屋とでも言えるだろうか。


 一人の男が蹲って座っていた。体を縮こまらせ、膝に顔を埋め、両腕で強く脚を抱えている。


 まるで拒絶という表題の安易な作品物の様な男。


 微動だにしないその男の向かいで、光のカタマリの様なものがため息をついた。


「どうしてここに戻ってくるのかな?」


 知らない、と男は心の中で思った。そんなことは、知らない。


「結構、いや、実に良い人生に見えたし、君も幸せそうだった。良い環境、良い伴侶、良い子供達、良い職、良い晩年。なによりも総合的に良い運命だった。つまり、人間味がある、という意味だ。悲しみもあった、憤りもあった。しかし、だからこそそれは君だけの人生だった。人は自らの不幸を事前に選択することは、根本的に出来ない。であるから、特に君みたいな転生を繰り返して大よそ何でも出来てしまう人間には、完璧な意味において丁度良い人生だったはずだ」


 知らない、と男は呟いた。言葉は妙に響いた様にも思えたが、まったくの一瞬で消え去ったようにも思えた。


 やはり、光のカタマリは、これ見よがしのため息をつく。


「ねぇ、君。僕はね、今新しい法則を発見したんだ。運命に強く介入したのがよくなかった。運命に少しだけ介入したのがよくなかった。運命に完全に介入しないのがよくなかった。ねぇ、どうだろう? 未知の事象にぶつかった場合の行動として、特定の方法を三度取ってもダメな場合、根本的にその方法の実施は意味がない、という法則さ。どうだい? ありそうだろう? でもどうだろう。はっきり言って、僕に出来ることは人の運命に介入することだけだ。そうして君達転生者に満足してもらって、昇華してもらうのが、いわば仕事だからね。ねぇ、君。どうだろう? 僕はこの運命の介入度合いの割合を零パーセントから百パーセントまで一つ一つ実施していけば、いつしか君は転生の輪から抜け出してくれるのかな?」


 知らない。知らない。知らない。


「まぁ、うん。そうだ。君は知らない。けど、僕は知っている。多くの場合、転生者は多くて二度の転生で満足する。何故か? それが人の精神の許容量だからさ。そう言う点で言えば、君はただでさえ稀有ならが、さらに実に稀有な存在だ。ねぇ、知ってる? 稀有ってのは多くの場合、面倒、という言葉と同義といってもいいんだよ」


 光のカタマリからの辛辣な言葉にも、男は姿勢を崩さず、その脳裏にはただ悲しき無知のみが占めている。


 よし、と光のカタマリは決意を表すように、二三度点滅した。


「愚痴っぽくなって、ただの苛立ちをぶつけるだけになっちゃったよ。まぁ、君は僕からすればそうされるに足る存在だから、どうしようもないね。まぁ、ね。はっきり言ってしまえば、君のように転生者として選ばれる完全自発性精神保持者はね、一般的に幸福と呼ばれる状態で死んでくれないと困るんだよ。有り体に言えば、システム的に、という言葉がより近似なんだけどさ。……まぁ、もういいや」


 ふ、と男が顔を上げた。光のカタマリを見つめるその表情は、特に意気消沈している風でも、もちろん意気揚々している訳でもない。実に、極普通で、且つ、柔らかい表情を称えていた。


「うん、いつも通りの君の顔だ。自身の絶望の存在を認知し、他人に自身の絶望に気付いて欲しくもあり、それが実に傲慢で卑猥な精神であることも知っているから克己し、しかしそれが解消しない類であると諦め、そうでありながら他者の救いの手と取り、愛を知り愛を与え、そしてやはりここに辿りついてしまう。どうしようもない君だ」


 さぁ、と光のカタマリは道を示すかのように白い空間の天高くへと、あるいは奥底の深遠へと、見果てぬ果てへと遠のいていく。


 ただ、その声、あるいは意思というものだけが、男に強く伝わる。


「ねぇ、可愛そうな君。先ほどの法則に対処するには、二つの方法がある。まったく新しい試みを行うか、あるいは愚直に同様の試みを行い続けるか。前者は夢、後者は希望。僕は夢より希望が好きなんだ」


 男は落ちていく。あるいは天に昇る。最果てへと遠のく。


「さぁ、永遠の転生。あるいは、我慢比べだ。勝ち負けがあるかは知らないけれど」


 知らない、と男は呟いた。

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