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緋色の神託姫と金色の娘

作者: 永月るか

あらすじとタグに非常に悩みました。とりあえずガールズラブ的にも読めると思いますので、苦手な方はご注意ください。(男性はほぼ出てきません)

真っ白な神殿の回廊を6人の女が歩いていた。

老いた女が先導し、若いの女2人が付き従い、中年の女が2人がその後に続く。

若い女達と中年の女達の間には幼く白い少女が1人。

守られるかのように、閉じ込められるかのように歩を進めていた。


緊張に顔を強張らせる若い女に比べられないほど涼しげな表情で。

優雅に歩む中年の女が達よりも気品に満ちた足取りで。

堂々たる態度で先導する老女よりも、威厳ある雰囲気をまとい。

真っ白な少女は歩を進める。


白くどこまでも続くような床を踏みしめ、白く高い天井を見上げることなく、白い石をくり抜いて作られた柱の間を、真っ白な服を着た女達が行く。

そのどこまでも白い世界の中で、床よりも天井よりも柱よりも衣よりも白い少女の髪が、さらりと揺れた。

それは一枚の絵画のような光景だった。


やがて6人は1つの扉に辿り着く。

歩みを止めた老女の前へと、若い女達が静々と歩み出てその扉を恭しく開く。

それを当然のように表情を変えぬまま見守り、老女は再び歩を進めた。

その後に少女が続き、少しだけ顔を強張らせた中年の女たちが続く。


その先には広く白い部屋があった。


床の中央に敷かれているのは、真っ白な絨毯。

金糸で縁取りされ、銀糸で刺繍されたその上を4人になった女達がゆっくりと進む。

そして程なくして現れた段の下で老女はゆっくりと跪いた。

中年の女達も倣うように膝をつき、顔を床へと向けた。

そんな中、白い少女だけが顔を上げ、段の上の美しい紗のカーテンを見ていた。


「無礼な」


声を上げたのは段の上にいる3人の女の1人だった。

紗のカーテンの左手前にいた、女は不快を隠すことなく白い少女を見ていた。

静寂を切り裂いたその声に、侮蔑を含んだその視線に。

けれど、少女はなんの感慨も抱かなかった。


「何が無礼なのですか?」


少女の口から鈴のような声が零れる。

それは疑問の形をしながらも、何も疑問に思っていない声だった。

ただ冷ややかに相手を断罪する声だった。


少女が白いかんばせを、声を上げた女へと向ける。

緋色の瞳が女を淡々と見つめる。

何の感情も浮かばない瞳に、声を上げた女が息を飲み、その背筋を冷たいものが駆け抜けていった。


「貴女が宰相の娘だからですか? それとも姫巫女の側近だからですか? でも、本当にそうかしら?」

「何を……」

「宰相殿はいつまで宰相なのでしょうね? その後ろはなんと暗いのでしょうね?」


息を飲んだ宰相の娘に、淡々と少女は続ける。


「姫巫女の側近……貴女に、その資格が、まだ、あるのかしら? あぁ、そう、1月も騙せたのですものね? きっとこのまま、その女ならば騙せたのでしょうね?」


言葉もなく、宰相の娘が膝から崩れ落ちる。

そんな娘から、ゆっくりと少女は紗のカーテンへと視線を戻した。

緋色の瞳がその先に居る、青白い顔をした女を見つめる。


「姫巫女殿。平時なれば、貴女でもよかったのでしょうね。けれど、今はわたくしがいる。大臣殿が、どこからか買ってきた嘘つき娘でなく、わたくしが。けれど、そうですわね……貴女が望むのでしたら」


ーーどうしてその事を

ーーアルスヴァイスの化け物めが

ーーあぁ、でも、そうよ

ーーどちらが嘘かなんてわからない筈よ


紗の向こうの女の声を聞きながら、首を緩く傾げて、歌うように少女は言葉を続けた。


「どちらが本物の化け物で、どちらが本物の嘘つきか。命をかけて、勝負なさいます?」


その日、神殿の姫巫女は代替わりした。




✳︎




閉じられた神殿の中は、とても静かで心地の良い場所だった。

少女はゆったりと紗のカーテンで区切られた部屋の真っ白なソファーに身を預け、少し前の自分を思う。


ブランネージュ・アルスヴァイス。

それが少女の名前だった。

アルスヴァイス王国の王と王妃の第1子。

それが少女の立場だった。


王と王妃は愛し合っていた。

けれど子供はブランネージュただ1人だった。

だから、彼女は煩わしく騒がしい王宮で育てられたのだ。


それは苦痛の日々だった。


彼女の耳は他人の心の声を聞き、彼女の瞳は数多の人々の運命を映す。

様々な人の優しい声と、それとは裏腹な心を聞き、様々な人の宿命さだめを見た。

優しく平然とつかれる嘘と、聞きたくもない本音と、見たくもない数々の人生と。

それらを前にして、よく壊れなかったものだと、ブランネージュは自分自身でそう思う。


「ねぇ、お母様。わたくし、もっと静かな場所へ行きたいわ」

「そんなに悲しいことを言わないで、わたくしのブランネージュ」


物心つく頃からブランネージュが何度も繰り返したたった1つの願いは、けれど聞き入れられる事はなかった。

ブランネージュが願うたびに、母である王妃は悲しそうにその双眸をかげらせた。


ブランネージュは渋々と母の言葉に頷く。


母の言葉に嘘がない事は、痛いほどよく分かった。

優しい母の悲しみは、ブランネージュの心を王宮に引き止めた。

やがて彼女は、その切望を封印した。


「本当に麗しい」

ーー顔だけは。けれどなんとおぞましい瞳の色だ


「本当にお賢い」

ーー子供らしくなく、気持ち悪いほどに


「本当にお優しい」

ーーなんて無表情。心はあるのかしら


王女として過ごす日々は苦痛の時間だった。

嘘ばかりが世界に溢れている訳ではないとブランネージュは知っていた。

優しい父と母がいて、彼女を慈しみ愛してくれた。

けれど、そんな優しい世界は、本当に狭くて。

世界の大半は嘘で埋れていた。


そんな世界で生きる日々は、残酷にブランネージュを傷つけていった。

ゆるやかに時が過ぎていくのを、ただ緩慢に祈るように繰り返した。


そんなある日のことだ。

ブランネージュはが母の腹の中に、光を見つけたのは。


「お母様。わたくしに弟が出来るのね」

「……え?」


その瞬間の母の嬉しそうな顔。

そして生まれたランヴァイセは、ブランネージュの場所を……奪った。


ーーもう、大丈夫。ランヴァイセがいるもの。それに、この子も


それは弟が3歳になった年。

母が優しく自らの光る腹を撫でながら、ブランネージュを見た。


「いらっしゃい、私の可愛いブランネージュ。貴女にもう1人、兄弟が出来るのよ」


その母の嘘に、ブランネージュは寂しく笑ったのだった。

そして彼女の風化した切望は、9歳の誕生日に聞き遂げられた。




✳︎




白い扉が音もなく開かれる。

その気配に、ゆっくりとブランネージュは緋色の瞳を開いた。


今日は誰が来るのだったか。

病の淵にある国王の使いか、愛しい息子たちの未来を憂う王妃の使いか、それとも国の命運を不安がる国の重鎮たちの使いか。


王は間も無く、没する。

けれど、摂政に王妃がつき、王子たちは健やかに育ち。

国を揺るがす何かは、訪れない。


何度繰り返せばいいのだろう、と思いながら紗のカーテンの向こうを見て。

そこに1人の少女がいる事に、ゆっくりと瞳を瞬かせた。


「誰?」


呟くようなブランネージュの言葉は存外に大きく響いて、答えるために少女が名を名乗ろうした。

神殿には不似合いな鮮やかな緋色のドレスをつまみながら、少女が優雅に礼をする。

その指先が震えている事を見ながら、ブランネージュは自らの問いに自らで答えた。


「エスカルラータ・ルヴェルロッソ……ルヴェルロッソ伯爵の娘、ね。それでわたくしに何のご用かしら?」

「お初にお目にかかります、エスカルラータ・ルヴェルロッソにございます。この度はブランネージュ姫様のお側にお仕えしますことを、お許し頂きたくお目もじ願いました」


ゆっくりとエスカルラータが顔を上げる。

豊かに波うつ金の髪が揺れてその麗しい顔を縁取り、青々とした双眸が紗のカーテンを優しく見つめる。

けれどブランネージュが思わず息を飲んだのは、彼女が美しかったからではなかった。


「どういうことかしら、ヴィリディス」


紗のカーテンに背を向けながらエスカルラータに対面する自らの世話をする女にブランネージュは声をかけた。


「国王陛下と王妃陛下の御指示にございます」

ーーわたくしだけなんて……そんな酷い事、あるものですか


あぁ、そういえばこのヴィリディスは侯爵の娘だったか……と今さらながらにブランネージュは思い出し、エスカルラータへと視線を移す。


(1人で化け物に仕えるのは、余程恐ろしいのでしょうね)


だから、こうして新たな生贄を用意した。

国王夫妻から見捨てられた娘に媚びても、何の得も無いのだから。


(……そう、何の得も無いのに)


そこで、ちらりとブランネージュはエスカルラータを見た。

豪奢な緋色のドレスを着こなした、美しい伯爵令嬢。

哀れなる生贄。

その生贄エスカルラータからは、何の声も聞こえない。


「そう、ヴェリディス。確かに貴女1人でわたくしの世話をするのは大変ですものね」

ーー化け物が知った口を


「ブランネージュ様のお優しさは、いつもありがたき事にございます。けれど、姫巫女のお世話が1人とは外聞も悪く……」

ーーあと数人増えれば、わたくしだって帰れる


「そうね。けれど、あの侯爵には貴女は必要ないようよ? 娘が5人もいれば、1人くらい王女付きにしておいた方が外聞がいいものね?」


ヴェリディスの運命をその双眸に映しながら、ブランネージュはゆっくりと口の端を上げる。


「でも、貴女は帰りたいのね。仕方が無いわ……侯爵にはわたくしから伝えましょう。エスカルラータ」

「はい」

「側に仕える事を許します。それから侯爵に使いを」


ーーそんなわたくしはっ。

「ブランネージュ様、どうぞお慈悲を」

ーーせっかく、ここまで使えてやったのに!

ーーお父様がわたくしを捨てる筈がない

ーーあぁ、けれどお怒りを買ったらどうしましょう……!


声に出さぬ悲鳴と同時にヴェリディスが紗のカーテンを振り向き、様々な心情を交錯させながらブランネージュを縋るように見た。

そんなヴェリディスに己の表情が見えないのを確信しながらもブランネージュは優しく微笑み、穏やかに声をかけた。


「そうね、ヴェリディス。貴女はあの日からよく使えてくれたわ……だから、そうね、貴女の運命を教えてあげましょう。侯爵の怒りをかい、姫巫女の不況をかった哀れな侯爵令嬢は、遠い神殿へ。そこは、随分寂れた場所のようね? そして、貴女はそこで運命を終えるの」


ヴェルディスの運命を厳かに優しく告げても、エスカルラータからは、たった1つの声も聞こえなかった。




✳︎




エスカルラータは不思議な娘だった。

伯爵令嬢でありながら、嘘がつけない人間だった。

優しい微笑みは、真実に思い遣る心からのもので。

穏やかな言葉の裏から、心の声が聞こえる事はない。


「ブランネージュ様、ご昼食をお持ち致しました」

「……こんなに冷めた料理をわたくしに食しよ、と?」

「申し訳ありません……すぐに取り替えて参ります」


どれほどブランネージュが冷たくあたろうとも、優しく微笑む。

柔らかな声で心から謝罪する。


居心地がいい筈の空間が、けれどブランネージュにはとても怖かった。


毎夜、王宮の夢を見るようになった。

優しかった母が自分を捨てた時の夢だ。

夢だとわかっているのに苦しかった。

目覚める度に、目元は涙で濡れていた。


ーーいらっしゃい、私の可愛いブランネージュ。貴女にもう1人、兄弟が出来るのよ


その日の朝、目覚めるとそこにはエスカルラータの美しい顔があった。

麗しいその顔は、今は悲壮な色を湛え、ブランネージュを見ていた。


「……ブランネージュ様」

「エスカルラータ……朝は1人で起きると、言っておいたでしょう」


名を呼ぶエスカルラータにブランネージュは背を向けた。

申し訳ありません、とそうエスカルラータ返ってくるのを待っていると……ふいに背中から腕を回された。

白く華奢な腕はエスカルラータのものだ。

温かな彼女の体温が背中越しに伝わってくる。

小さな嗚咽が聞こえてきた。

……それでも、エスカルラータの心の声は聞こえない。


「なぜ、貴女が泣くの」

わたくしが、悲しいからです」


やっぱり、彼女エスカルラータの心の声は聞こえなかった。




✳︎




その日から、ブランネージュにとってエスカルラータとの時間だけは穏やかで幸せな時間になった。

そうして親しくなっても、エスカルラータは相変わらず優しく嘘をつく事は決してなかった。


それだけではない。


ブランネージュが出来る限り彼女に報いようと、給金を上げる話をしたり、彼女が辛いならば側に仕えるものを増やそうと提案しても、特権として赤いドレスを待とうことを言っても、首を縦には振らなかった。

あるいは伯爵家へ帰ることを提案しても、エスカルラータは微笑んで首を横に振るのだ。


「どうぞ、ブランネージュ様の側に仕えさせて下さいませ」


そう穏やかに優しく、幸せそうに微笑むのだ。


けれどブランネージュには、エスカルラータがどうしてそんな風に幸せそうに微笑むことが出来るのかが分からなかった。

彼女が、本当に幸せなのか、不安になった。

いつまで彼女が側にいてくれるのか、怖くなった。


ブランネージュは他人の心の声を聞くことができる。

運命を見ることができる。

その力を持って姫巫女になったのだ。


けれど、その力がなんだというのだ。


アルスヴァイス国にとっては、必要だろう。

だからブランネージュ自身が無下にされる事はない。

神殿暮らしも彼女が望んだものだ。


けれど、エスカルラータにとってはどうだろう?

生贄としてこの神殿にきた彼女は……本当に、幸せなのだろうか?


ブランネージュが何度エスカルラータに問うても、彼女は幸せだと言う。

けれど、それは本心なのだろうか?

単にエスカルラータにだけ、自分の力が通じないだけなのではないのか?


それに、もしエスカルラータが今、幸せだだとしても、とブランネージュは思う。


この幸せは、ずっと続くのだろうか。


ブランネージュの耳にはエスカルラータの心の声が聞こえない。

ブランネージュの目は、自らの運命は見通せない。


だから、ブランネージュは怖かった。

この幸せな時間が壊れてしまう瞬間が。




✳︎




その瞬間は案外あっけなくきた。

エスカルラータが珍しく頬を紅潮させ、ブランネージュに願い事を口にしたのだ。


「ブランネージュ様……図々しい願いだとは分かっております。けれど、どうかわたくしの運命を教えて頂けないでしょうか?」


エスカルラータたっての願いだ、叶えたい。

そう思った瞬間、ブランネージュの緋色の瞳が力を宿して、エスカルラータの過去を映した。


白い手紙が彼女の元に届いた瞬間の、花が綻ぶような笑顔。

手紙の差出人が彼女の思い人だ。

手紙には彼女を恋う内容がつづられていた。


けれどブランネージュの双眸は、その手紙の真実をも映す。

……その手紙は偽りで溢れていた。


そして続けて、エスカルラータの未来が見えた。


思い人であろう男と、結婚式を挙げる日が。

その男が妾を連れてくる日が。

エスカルラータが可愛らしい女の子を生む日が。

けれど男とは上手くいかない日々が。

それでも娘を見て、優しく微笑むエスカルラータが。


見えてしまった。


ブランネージュは唇を噛んだ。

真実を伝えるべきだと分かっていた。

エスカルラータは今まで、自分に嘘をつかなかった人だ。

その彼女に嘘をつくなんて、と思う。


けれど。


その言葉を伝えた時に、ブランネージュはエスカルラータを失うだろう。

それは、とても怖くて。

そしてブランネージュは、始めて嘘をつく人間の心を理解した。


「その男と一緒になっても、幸せにはなれないわ」


気がつけば口が勝手にそんな言葉を告げていた。

ブランネージュが慌てて手を口元にやってももう遅い。

エスカルラータの双眸は悲しみに揺れ、今にも涙が零れ落ちそうだった。


「ありがとうございます……お手を煩わせて、申し訳ありません。申し訳ありませんが、少し、お時間をいただけませんか」


涙に潤む声で言うエスカルラータにブランネージュは緩慢に頷いて。

エスカルラータは震えながらも礼をして、部屋へ辞していった。

その背中に、ブランネージュは別の未来を見ていた。




✳︎




緋色の神託姫ブランネージュ。

アルスヴァイス王国の王女として生まれ、類稀なる才を持ちよわい9つで姫巫女となる。

かの王女の瞳は運命を映し、その耳は神の声を聞き、その才を持って弟であるランヴァイセ王を助け、国を安寧に導いたという。

そんな彼女の傍らには、常に金の髪の麗しい娘がおり、死ぬまで仕え続けたとアルスヴァイス王史は伝える。




無性にヤンデレが書きたくなって、書いていたのですが……書いてる途中で、あれ、これヤンデレ?むしろヤンデるだけじゃない?となりました。

エスカルラータを少年にしようか散々悩んだのですが、神殿だし、別に百合もいいよね?となりました。

そんなその場の勢いの作品ですが、エスカルラータは案外気に入ってます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どうなることかとハラハラしながら読ませていただきました。円満に解決して良かったです。 ありがとうございます。
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