始まり
腰を下ろしていたコンクリートにタバコを押し付ける。
先を潰したタバコを生徒手帳に挟んで、オレは気づかれないように注意しながら一つ息を吐く。
細心の注意を払った呼吸は、細く震えた。
「焦げるよ」
ゲームに集中していると思っていた隣のヤツからの言葉に、喉が閉まる。一瞬、呼吸も止まる。
「……火、消した」
止まった呼吸を再開させて、なんの面白みもない答えを返す。
携帯ゲーム機のロード音と一緒に「そう」と小さい返事がくる。
意を決して問うはずだった言葉が、こんな広がりもない会話で阻止されてしまったことに苛立ちが湧いた。
思わず小さく舌打ちが出てしまう。
「怒ってるの?」
ゲームから顔を上げ、少しだけ眉根を寄せた状態でオレを見て問うヤツと視線が合う。
「悪い」
会話終わりに舌打ちなんてされたら気分も悪いだろう。咄嗟に謝罪の言葉が口をついた。
「なんで謝るの?怒ってるの?って聞いただけでしょ」
寄せられていた眉根が元の位置にもどり、今度は苦笑いがヤツの顔に浮かんだ。
「あ、あぁ。そうか」
オレはどうやら回答を間違えていたらしい。「怒ってるの?」と聞かれたのだから、答えは。
「……怒ってない」
「そ。なら、いいんだ」
少しだけ口の端を上げて、ヤツはまたゲームへ視線を戻した。
気持ちを探る術となるはずだった表情が見えなくなり、代わりに黒い髪が風に揺れるのだけがオレの視界を埋める。
手を伸ばし、その髪を一束、親指と人差し指で挟んでみる。
思ったより柔らかい感触に、少しだけ驚いた。
「何?」
ゲームに視線を落としたまま、ヤツが短く聞いてくる。
その声に、驚きも、嫌悪も感じられない。無機質な声に乗せられた質問。
「返事してないって聞いた。どうするんだ?」
最初に聞きたかった問いをようやくここで言葉にしてぶつける。
「なんでお前がそんなこと知ってるの」
質問に質問で返される。先ほどと同じ無機質な声に乗せて。
「間接的に催促してくれって言われたから」
クラスメイトから「返事を早くしてあげて欲しいと伝えて」とだけ言付かっている。
返事を求めているのが誰かは知らない。
興味がないといえば嘘になるが、そこを知り得たところで、オレに得なんてない。
むしろ、知ることで苛立ちが増すだろう。そうなれば損だ。
知らない方がマシに思える。
「なにそれ」
今度は少しの動揺を感じる声で、オレに向けられたわけではない言葉が落ちていくのが見えた気がした。
「どう返事するんだ?決めてるのか?」
聞きたくないと思っていたのに、そんなことを問いかけてしまう。
オレは誰ともしれない人間の成功をこの耳で聞く気なのか。
恐怖に襲われながら、それでもオレは答えを待ち続けた。
「あぁ、決めてる。返事は……」