誰が彼女を誤認したか? part3/3
同窓会は、つつがなく始まった。
俺が泊まっているホテルの大きめのホールを貸し切って行われたそれは、友人との久しぶりの再会を祝い、話に花を咲かせる、所謂何の変哲も無いそれだった。
男子連中と適当に話を済ませながら、俺は女子の塊にも目を向ける。
――内村彩花。小学校時代の面影が残っているモノの、髪の色は茶色っぽい金色で、化粧もやや濃いめだった。この場に来るとなって精一杯おめかししたのかどうかは、分からんけど。
次に匙端真奈美。幹事なだけあって、自分から飲み物を注いで回っていて忙しそうだった。髪の毛は短めで、染めてはいなかった。昔は男子に混じってサッカーとかをやっていたこともあったし、まぁそれはそれでよろしいんじゃないかと。
そして舞袖花実。小学校時代は黒縁眼鏡だったのに、今はコンタクトにしているようだ。それなのにも関わらず、髪の毛は昔みたいに椰子の木みたいに結っているんだから面白い。オフィスレディみたいだ。
その隣に、矢次利香子。話によるとネットアイドルに傾倒しだしたとか変な噂を聞いたが、彼女の過去を知る俺からすればそんな事を確かめる勇気はさらさら無いのである。
ちょっと離れたところに、桃花愛が居た。やや丸かった顔は少し細めになり、白い肌は相変わらずで、年相応に可愛くなっていた。
柚繋とか銭原とか玲華とかはまぁ、いつも見てるから割愛するとして。
「――みんな、聞いてくれ」
やがて、その一言に全員が集中する。
それは、男子の級長だった瀬山の言葉だった。
「今日来られなかった人は何人か居るが、どうしても来られない、来ることが出来ない奴が一人だけ居る」
室内は、ざわつきもしなかった。
敢えて言えば、触れてくることを分かっていたという事か。
「分かってると思うけど、それは樹功刀芽衣の事だ。アイツは俺たちが卒業する直前に、亡くなってしまった――」
瀬山が何事かを語ろうとしていた折、俺は急に背中を突かれた。驚いて振り向くと、さっきまでテーブルを挟んで反対側にいた五十嵐だった。
「どうしたんだよ?」
「アイツが、居ない」
五十嵐が顎で指した方を見る。人数を数えると一人、二人、三人……。確かに、一人足りない。
「まさか、逃げたとか?」
「分からん、とりあえず近くを探ってきてくれると助かる」
俺は一歩、二歩とゆっくり背後に向かって足を進め、両開きのドアの片方を押して、ホテルのロビーに出た。
だけど、もう探す必要はなかった。
そいつは、そこに居た。
「――なんだ、居るじゃないか。中に入らないのか?」
そいつは黙って首を振る。
「私は、あそこに入る価値がないから」
「そんな事あるかよ。クラスメイトなら別に一緒じゃねぇか」
「……あなた、どこまで知ってるの?」
睨み付けられた。俺は澄ました顔で応える。
「何となく。そんで、多分全部」
「もういいか? 俺、樹功刀にはいろいろ世話になったからさ。一応、祈ってやるぐらいの事はしてやんねーといけないんだ」
「……それは、私も、そうだけど」
そうだよな、と言って俺は笑う。
「例え背負うモノが違っても、見るモノは同じ。そうだろ?」
そいつが黙って頷くのを見て、俺は扉を押し開ける。その姿を見て、数人が茶化してくる。
「何だ、夜木? いつの間にお前等付き合ってたんだよ?」
「ちげーよ、連れションさ。――桃花と一緒にな」
隣にいた桃花愛は、肯定も拒絶もせずに、黙って俯いていた。
†
正確には、犯人は桃花愛自身ではなく彼女の両親のどちらかだ。
帰り道、すっかり暗くなった故郷を眺めながら、俺と桃花は港の入り口に立っていた。
「お母さんがやったの」
「そうか」
何故、救った人間が、救われた人間に殺されなければならなかったのか。
それは、奇妙なすれ違いが原因となる。
当時、イジメの現場で担任の先生が守り通したのは犯人の情報だった。これは、桃花の家にすらも明かされることはなかった。しかしこれは半ば暗黙の了解程度の秘密でしかなく、親は子供に聞けばすぐに情報を得られたのだ。
しかし、桃花愛自身は犯人の事を親に漏らさなかった。だから、桃花の親にとっては情報欠如の状態が続いていたに違いない。
その矢先の、内村達と樹功刀の言い争いだった。その仕返しに、彼女らは桃花の家に何か手紙を送ったのだという。
何を送ったのかは俺も定かではなかったが、これは後の事件を振り返れば何となく察しが付く。
「お母さん、その手紙を見るなりビリビリにそれを破り捨てて、怒り出しちゃったの。私のせいでもあったんだけど、かなりヒステリー状態になってたみたい」
もしこの時、真っ先に差出人が内村だと分かっていれば、内村達が即座に殺されていたに違いない。しかし、そうではなかった。情報が閉ざされていたからだ。
だから桃花の親にとって、犯人を知るべき情報はその手紙ぐらいのものだったに違いない。
その折、彼女の元にあるモノが届く事になる。
寄せ書きである。
「お母さん、それを食い入るように眺めてたわ。あの時は嬉しさに言葉を失ってると思ったんだけど……真意は違ったみたいね」
つまり、これこそが『内村等がすぐに殺されず、樹功刀が殺された原因』になるのだ。
それは――文字。
すると、内村がどんな手紙を送ったのかという想像が付く。
恐らくは、腹いせに樹功刀の字を巧妙に真似た檄文のようなものを送りつけたのだろう。すぐに桃花の親が先生に知らせるなどしていても知らんぷりできるつもりであったのだろうが、結局咎められることはなかった。
しかしその代わりに、何よりの恩人であるはずの樹功刀に恨みの矛先が向いてしまったのだ。
「いつか真実にたどり着く人が居ると思ってた。そういう人の為に、お母さんからこれを渡せって言われてたわ」
それは、一通の茶封筒だった。
「母さん、元気なのか?」
「死んだわ。――三年前に、がんで」
その中の便箋には、到底俺が背負えるものでも、ましてや娘である彼女が背負いきれるものではない程の思いが詰まっていた。
自分が誤解のまま殺人を犯してしまったこと。
そして、自首する事への恐怖。それによって家庭が崩壊し、娘のこれからの事を考えたとき、足踏みしてしまったという後悔。
そんな事が、殴り書きで綴られていた。しかし、最後の部分は嫌に綺麗な文字で、こう書かれていた。
『もしこれを読んだあなたが事件を詳らかにしようとしまいと、あなたの自由です。私の罪が消えることはないのですから。だけどもし許してくれるならば、あなた自身が愛娘である愛のこれまでの苦労を労り、そしてその多くのしがらみから彼女を解き放ってあげられるような人である事を祈る限りです』
俺は読み終えると、大きく嘆息した。
「母さんは最期に、何て言ってたんだ」
「私の事と、お父さんの事を言ってから――ごめんなさい、って」
「そうだろうなぁ」
遠くで、波の音が聞こえた。
「ねぇ。好きな人、いる?」
「いない」
嘯いた。
その左肩に、何かが乗った。彼女の頭だった。
「あと何分、このままで居ていい?」
ぎゅっと左腕を掴まれ、逃げようにも逃げられんので、俺は適当にはぐらかした。
「……暗くなるまで、かな」
†
後日、裏木探偵事務所にて。
「結局、犯人なんて居なかったっていう事でした」
「そういう事。物事はあらゆる視点を持ち合わせているんだ、偏った視点で物事を進めると大怪我をしかねないからね」
コーヒーをごちそうになって、俺はカップを流し台に返す。
「そうですね。やっぱり、友達が居ないとそういう事って分かりにくいモノです」
「いやいや。君は一人でも十分すぎる可能性があったりするんだけどね」
「え? 一人でも?」
冗談はよしてくださいと言おうとした矢先、チャイムが鳴るのと同時に事務所のドアが開いた。
「夜木君。ちょっと相談事があるんだけど、いいかな?」
そこには凪玲華……だけじゃなく、背後には推理研の四人も不思議そうな目でこちらを見ながら立っていた。
裏木さんの言葉の真意も気になるけど、ここはやっぱり。
「行ってきます、裏木さん」
「おう。友達は大切にな」
どんな窮地に陥ろうとも、どんな謎があろうとも、誰かが居れば乗り越えられる。
冷たい風はゆっくりとなりを潜め、春が近づこうとしていた。
『別の可能性として存在する夜木斎』の物語は、これでひとまず終了です。また次回、別のお話でお会いしましょう。




