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プラネタリウム

作者: 月子

この体が壊れてしまう前に、一度星を見てみたい。

唐突に、隣に寝転ぶ彼は呟いた。

暗闇を見上げる視線は、宝石のように煌々と輝いている。

「研究所のヤツらは皆、ホシがどんどんなくなっていくと言っていた。僕はそれがどういうものだかわからなくて」

知りたいのだと言った。

「流れ星、とかもそこにはありそうだし」

彼はこちらを向いて、眉を曲げて小さくこぼした。

「お願いだよ」

そうやってせがむ彼は、酷く急いているようだった。私は胸を締め付けられるような痛みを感じた。中心あたりで熱くなる何かは体内を上昇し、目元に熱を持たせる。滲む水滴を、私は彼に気づかれないように何度も拭った。

それは不変の真実だった。

黒々しい煙に、どんどん汚染されていく彼の体は、もう長くないうちに息を止める。日に日に蒼白くなる肌、重みを増す瞼。繰り返し倒れる彼を看病するたびに気付く死への一歩の象徴に、私は目を背けたくなるほど哀しく感じた。

私と同じように人造である彼の体は、最新技術を持って作られたはずが都会の空気には対応しておらず、改良されても長時間外出できないほどの脆弱さだった。「天使」をコンセプトに製作された作品であり、学者たちが生かすことよりも「天使」としての美を追求した結果がこれだ。最早人間世界で生きられるほどの耐久力すらなく、彼は失敗作として私同様に捨てられたのだ。

私は彼の瞳を見つめた。美しい青の瞳。海をすくって、そのまま映したような爽やかな青。長く見つめていればきっと、吸い込まれてしまうだろう。

「いいよ」

頷くと、彼はにっこりと微笑んだ。子どものように稚気を残した、可愛らしい笑顔。

私は髪を梳いて、そっと肩を抱いた。


次の晩、私は彼を荷台に乗せて自転車を走らせた。

ガタガタの下る坂に、彼はきゃっきゃと悲鳴を上げた。文句を垂れる彼に、私は何度も苦笑する。

「ねぇ、ホントにこんなとこなの?」

「そうだよ」

山の中をひたすら走る私に、彼は後ろから小さな声で問いかけた。

「信じられないな。こんなとこからじゃ、きっと木が邪魔で見えないんじゃないか?」

「そんなことはない。ちゃんと見える場所がある」

そこは、私自身も記憶が曖昧なところだった。小さな頃に一度連れられて行った場所で、今はその幼き覚えを辿って走らせているだけで、本当にこの道かは定かではない。

「ホントに綺麗な場所なんだ。凄い、忘れられないよ」

場所は不安でも、景色だけは克明に覚えている。そこから見上げる夜空は、確かに星しか見えなかった。夜が埋没していたのだ、星の中に。

「絶対、あるから」

力いっぱい漕いでいると、ふと見覚えのある角が見えた。迷わずにハンドルを切る。不完全な道であるそこは、先ほどよりもガタガタと揺れて、後ろの彼は舌をかみそうだと言って喋らなかった。

やがて揺れは止まり、平坦な道を少し行くと、木々が生えていないぽっかりと空いた空間に出た。

自転車を止める。

「見つけた」

私は呟いて、彼の視線を指で促した。

「ほら、観てごらん」

彼はつられて空を見上げる。途端に目を見開き、きらきらと輝かせた。

「わ、あ」

一面に広がるのは点々と煌く白い光。幼い頃の思い出と同じで、確かに闇が光の中に埋もれていた。

何て輝かしい夜空だ。まるで楽園のような美しさ。

しゅんしゅんと走る星の雨。あれは、どこに降っていくのだろう。軌跡が空に残って、白い筋がたくさん見えた。

「ねぇ、ほら」

彼は唐突に、手を握った。

何をするのだと、私は彼へ目を向ける。

にっこりと微笑んでいた。

「祈るよ。流れ星」

そう言って、彼は目を閉じて軽く俯いた。きゅ、と手を握る力を強くして。

私もやがて、同じように俯いた。

彼の冷たい手を、痛いと呟かれるほど握る。

私は祈った。


神様。

願わくば最高の幸福を、僕らに。

だいぶ前に書いたオリジナル設定を使いました。最近は二次創作でのみ活動していますが、時折こうしてオリジナルも書いていこうと思っています。

ちなみに、ふたりとも男の子です。

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― 新着の感想 ―
[一言]  拝読しました。  繊細な情景描写に息をのみました。「夜が埋没していたのだ、星の中に」という一文はとても印象的でしたし、「しゅんしゅんと走る星の雨」という表現の斬新さには眼を瞠りました。表現…
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