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透明少女とスノーウッドの赤い騎士

作者: 蜂子

かなり長いです。

またもや異世界トリップではあります。


これはある世界のある国で有名な童話の元になったお話。

透明になっちゃった女の子と英雄スノーウッドの赤い騎士の出会いのお話。



 某日某所。私は冷たい色を持つ(自称)魔女に知らない雪で覆われた土地に飛ばされた。

 某所というか、カラオケの個室から出たら真っ白というか銀色の髪の毛を持つ女性にぶつかった。

 すみませんと謝ると、女性はにぃと真っ赤な唇を歪め、「私、魔女なの。許せないわぁ」と訳が分からないことを言って、長い爪に真っ青なマニキュアを塗った手が私を覆った。そこで私の記憶はなくなった。

 よくわからない。

 そして目を開けると、真っ白な世界。

 この際、そんなことはどうでもいい。

 一番の問題は――


「すみません、開けてください!」

 何メートルもある重厚な木の扉、いや門というのだろうか。とにかく叩く。

 現在、私は吹雪の中にいる。私の井出達はクリーム色のコートに黒タイツにホットパンツ、ブーツにニット帽というもので雪山(なのか?)には不釣合いである。まだ、夏の格好でなかっただけマシというものか。一応、冬着を着ているはずなのだが、それでもかなり寒かった。そして、ワンポイントのニット帽から覗く髪の毛は吹雪により凍ってしまっている。

 歯がガチガチいってうまくしゃべれない。膝がガクガクいって次座ったら立てなそうなくらい足が、いや身体中が震えている。

 普通だったらこんな状態の人間をほっとくはずがない。大丈夫ですか?とか言葉がなくても何かとこちらを見るはずだ。

 だけど、中世ヨーロッパさながらのお城みたいな屋敷の住人は門の前で凍え死にそうな私に気付いてくれない。

 これじゃぁ、本格的に死亡フラグだ。

「だぁー!何だよ、さっきからうるさいぞ!」

 そう言いながら門についているひとり通れるくらいの扉から中年男が出てくる。

「あの、助けて下さい、凍え死にそうなんです!」

 男の前でそう訴える。目の前だからいやでも視界に入る距離感だった。

 なのに、男はこちらを見ようともしない。まるで、私の姿見が見えていないかのように、徹底に無視されている。

 男が舌打ちをして背を向け、扉を潜ろうとする。

「お願いします!」

 男の裾を掴んで、張れるだけの大声で言う。

 男がびくっと体を震わせ振り向いた。

 だが、男は私を見ようともしない。

 男は気味が悪いと言う顔で、掴まれた裾をはたき、急いで扉をくぐり、閉めてしまったのだから。

「ちょっとまってってば!」


 三度目になるその行為は一度目、二度目同様に実を結ばなかった。

 今回は裾まで掴んだというのにだ。

 視界に入る距離にいるのに、あまつさえ、話しかけているのになぜ男は気づかないのか。

 裾を掴んだときの幽霊をみたような男の顔が忘れられない。

 男には私の姿が見えていない?

 なぜ見えてない?だけど、悠長にそんなこと考えてられなかった。

 本当に凍え死んでしまう。


 入れぬなら、入ってしまえ、ホトトギス。

 

「次、開いたとき―――侵入してやる」

 そして私は足を振り上げた。


「開けろって言ってんだろーがっ!」

 渾身の力を足に込めて、門を蹴る。火事場の馬鹿力っていうのはこのことか。門に綺麗に足型の雪の跡が付いてしまっているが気にしない。

「あ、け、ろっ!」

 ってんだろうがぁああああ!掛け声とともに雪球を投げる。

 投げるったら投げる。

 野球のピッチャーなみに渾身の一球を投げようとした瞬間―――扉は開いた。

 出てきたのは先ほどから幾度も顔を合わせている中年男なのだが、幾分手に持っているブツが怪しい。

「猟銃とか・・・ないわー・・・」

かすれた声でつぶやく。私の手の中で綺麗に丸く引き締められた雪玉がぼすっと音を立てて崩れ落ちた。

男は手に猟銃を持ってギラギラとした目で周りを見回している。

「ば、化け物めっ、出て来い!城には一歩も入れさせんぞ!」

 そう言いながら男が発砲する。ダーンっという音が耳を劈いた。

「きゃっ」

 痛みと衝撃が来ると思い、ぎゅと目を瞑る。しかし、どちらも来ない。

 そっと目を開けると、男は見当違いな方向に発砲を繰り返している。

 やはり、男には私の姿が見えてないのか。

 しかし、男が扉の前から離れているこの隙に滑り込むことはできそうだ。

「ごめんなさい、おじさん・・・!」

 

 こうして私は4度目にして、冷たい雪から解放されたのであった。


###


 カツーン。

 ヒールの音が響いた。

 石造りの建物は外ほどではないが寒い。

「どこかに、温まれる場所ないかな・・・」

 他人の家に勝手に入るのは常識をちゃんと心得ている人間にとってやってはいけない行為である。

 私だって、本当はしたくなかった。

 けれど、自分が死ぬのはもっと嫌だ。

 それに相手が自分を認識してくれないのだから仕方が無い。

 ぐるぐると頭の中で自分の行為を肯定する要素を挙げていく。

「仕方ないよね、仕方ない、仕方ないもん・・・」

 そうつぶやきながら、鼻水を啜る。

 コートの袖でぐずりと鼻をこする。

 立ち止まった瞬間、ふわりと暖かい空気が私の体を通り抜けた。

 広間だろうか、半開きになった大きな扉からそれは漂ってくる。

「あ」

 そっと覗いてみると奥に暖炉があり、パチパチと火を点している。

「あっ!」

 頭よりも先に体が動く。半開きの扉に体を滑り込ませて、暖炉に駆け寄る。

「あったかい・・・」

 体は温まったが、その代わりに洋服や髪のついていた雪が解け、濡れてしまった。

 湿っていて気持ち悪い。このまま、ここにいれば乾くだろうけど。

「しかしさぁ、あの女の人なんなの。なんで私雪の中にいたの。意味分からん」

 ぶつぶつと愚痴っていると、ギィと扉が開く音がした。

 扉を見ると、メイドと思わしき少女が部屋の中に入ってくる。

 モップを持った栗色の髪の女の子が暖炉をふと見た。ばっちりと合う目と目。その瞬間、女の子は不機嫌な顔を露にした。

(うわ目が合った!怒られる、いや追い出される!いや、当然なんだけど!)

 カツカツと鬼の形相で近づいてくる。

 そして、モップを振り上げた。

「ごめんなさい・・・っ!許してっ」

 ズリズリと後退り、手で頭を覆う。

 バサッという音とともにモップが振り下ろされた。


 床に――――


「え?」

 女の子は一心不乱にモップで床を拭いている。

「ちょっと、誰よ、暖炉の前を水浸しにしたの!」

 ぷくりと頬を膨らませながら女の子は愚痴をこぼす。

「は・・・はは・・・」

 笑うしかなかった。


 モップがけをする女の子を見ていたら申し訳なくなってしまったので、私は広間を出ることにした。

 所詮、不法侵入であるので身を潜められる場所が無いか探す。

 罪悪感はあるけど、また外に出たら必ず私は凍え死ぬだろう。

 背に腹は変えられぬのである。

「しかしまー、おっきいのねー」

 本当にヨーロッパのお城みたいだ。

 これなら使っていない部屋もあるんじゃないのか?

 できれば暖かく寝られる場所がいい。


 何人かの使用人と思われる人々とすれ違った。すべての人が私に気付かずに通り過ぎて行った。

 本当に私の姿が見えないらしい。

 幽霊になった覚えはないし、それに幽霊になったら寒さなど感じないだろう。

「透明人間みたい・・・」

 某日某所。私は透明人間になったようです。

 

 大理石の床を歩く。

 綺麗に掃除されている城内の中に、少し埃の被る廊下があった。

 廊下を照らす蝋燭もない。

薄暗くはあるが、奥に進んで見る。

 どこか入れる部屋はないかと、確認しながら。

 鍵が閉まっている部屋が多かったが、一番手前の部屋の2箇所と奥の部屋が開いていた。

 手前の2箇所の内、1箇所では扉ノブをひねって少し開けた瞬間に、あっふんあっはんという聞いてはならない声が聞こえたので音を立てないように閉めておいた。

 開いている理由はこれかぁと思いながら、手前2箇所の部屋はやめておこうと思ったのであった。

 一番奥の部屋はそういう行為に使用された形式はなく、埃っぽかった。

 鍵を確認したら、建付が悪くなっているらしく鍵がうまくかからない状態のようだ。

「まぁ、見えないんだったら住んでも・・・」

 私はこっそりと掃除道具を拝借し掃除をし、またこっそりとやっとの思いで探し当てたリネン室から布団をお借りして、またまたこっそりと使用人用のお風呂を戴いたのであった。

 帰りにコックが歩いていたので付いていってみると厨房にたどり着いたので、食にも困らなそうだ。

 ちょっと食べ物を盗み食いするのは良心が痛むけれど・・・。いやかなり痛むけど。

「あー、心臓が痛い。胃が痛い。でもおなかはすくんだ・・・」

 きゅるりと鳴るおなかを押さえる。さすがに勇気が持てず、今日は盗めなかった。

 布団に包まった。夜になると部屋の中は寒かった。

「ひもじい・・・」

 ポケットに仕舞っていたスマートフォンを取り出す。雪の中にいたから心配だったが、大丈夫なようだ。しかし、充電が何時無くなるかわからないから使うのが怖い。

 ここには電気が通ってないらしく、もっぱら廊下を照らすのは蝋燭で、外には街灯もない。もちろんヒーターやエアコンなどないから布団だけが寒さから身を守る味方だった。

「しかも、圏外って言う。ちっ」

 舌打ちしして、電源をオフにする。

 ぐーとおなかが鳴った。

 私は不貞寝した。罪悪感と、不安を抱きながら―――


###


 何日か経った。正確に言えば、14日間。

 たまたまもう着れなくなったと廃棄処分されそうだった洋服たちを見つけたので、こっそりと拝借して着せてもらっている。

 洗濯はもちろん自分でしている。捨てられたら困るし、勝手に住み着いているので申し訳ない。

 私としても罪悪感はある。だから、メイドさんや厨房の人たちが忙しくて目に入らない場所を掃除したり、こっそりと洗濯物を手伝ったりなどささやかなるお手伝いをしている。

 この14日間で気付いたことは、やはりこの城の住人に私の姿が見えないということ。そして、私が見つけていたり、持っていたりするものは私と同様に見えないということだ。

 だから、私が食べ物を盗み食いしても、それが浮いて徐々に歯形を残して欠けていくわけではない。洗濯していても、勝手に洗濯物と洗濯板が動いているわけではない。まぁ、絞るときは水が出るので気をつけなくちゃいけないんだけども。

 そして、ここのトイレは日本の水洗トイレが恋しくなってなってしまうくら悲惨なものだった。

 トイレはあるけど、おまるって・・・ね・・・。

 お風呂だって、切ないくらいぬるま湯なのだ。あっついお湯につかりたい。

 しかし、私は不法侵入の身なので我儘は言ってられない。

「てか、あの自称魔女とかいうあの女っ、なんなの!?」

 洗濯の水は冷たい。洗濯機万歳な現代人のため最初は辛かったが、慣れ初めてきた。

 勢い良くこすったため、ぶわりと泡が舞った。

 生活にも要領を得てきたので、今の自分の現状を思い返してみる。いや、遅すぎやしないかとは自分でも思うけど寒さと餓えの前では霞むもの。

「おかしくない?おかしいんだよ、言葉は分かるのに文字読めないんだもん。英語でもフランス語でもなかったしさ!」

 英語もフランス語もというか外国語は基本苦手なのだが、英語は必修科目だし、フランス語は選択必修科目だったため少し、ほんの少しは読めるのだ。

 読めはしないが、ロシア語だってドイツ語やハングル文字とか見たことのある外国の文字はいくつもある。しかし、読めなかった。そりゃ、もちろん知らない文字だってあるが、話している言葉は分かるのだから不思議というか少し不気味だった。

「いや、分かんないよりか全然いいんだけど・・・!」

 きーっと思いっきり、絞る。

 私にとって、洗濯という行為はめんどくさくもあるがストレス解消する手段にもなりつつあった。


 洗濯を終え、洋服を部屋に干すと私は城の探索に出かけた。

 玄関ホールまで行くと、メイドさんたちが忙しなく動いている。

「メイリーン!湯浴みの準備だよ!」

「はい!」

 メイド長(だと思われる)の指示が飛ぶ。

 お客でも来るのだろうか。

 仕事はたくさんあるんだろうが、こんな身体のため手伝うことはできなそうだ。

 私は探索を続けることにした。

 南側の通路には庭園に出れるようになっている。

 ガラス戸から庭園を見る。寒いからもちろん出やしないけど。

 降雪のピークは過ぎたのか、静かに深々と雪が降っている。

 春になれば、花が咲き乱れてそれは美しい庭園なんだろう。今は真っ白だけど。

 はぁとため息をつくと、息は真っ白である。庭園の入口は綺麗なガラスの扉なので、たぶんこの城の中で一番外気の影響を受けやすい。まぁ、ぶっちゃけた話、どこも寒いんだが。

 私のお気に入りスポットは勝手に自室にしているあの部屋と、暖炉のある広間、あと布団の中。

 布団は偉大である。

 四季を問わず庭園を見るのは好きだったけど、今の現状で真っ白な世界を見ていると不安が湧いて来る。

「あー、ホント、ココ何処なんだろ・・・」

 壁にもたれかかって、ずるずると座り込む。

 直接床に座っているからお尻は冷たいし、手は悴むけど膝に顔をうずめると少し安心できた。

 

 どれくらいたったんだろう。

 完全に体は冷えてしまっていた。

「部屋もどろ・・・」

 ふらふらと立ち上がる。

 洋服の皺を払っていると、足音が聞こえた。

 足音はこちらに向かっているようだ。

 まぁ、どうせ見えないんだし。と、来た道を戻ろうと歩き出す。

 ちょうど足音の主が角を曲がり、私のいる通路へ足を踏み入れた。

 若い男の人だった。赤い髪が揺れる。燃えるような赤、それなのに染めているような赤ではない。

 そして、この城にいる人の誰よりも煌びやかな洋服を着ている。なんか、貴族というか騎士っぽいというか。そして帯剣している。

 見たことない人・・・メイドさんたちが慌しく働いていたのはこの人が来るからだったのかな。

 緑色の瞳とかち合った。かち合ったとしても、相手が私に気付くはずないため、私の意識はものめずらしい剣へと映る。

 じっと剣を見つめる。すらりとした指が、柄を掴んだ。

(え、掴んだ?)

 目をぱちくりさせていると、いつの間にか抜刀された剣が喉に当たっている。

 緑色の瞳が間近にある。

「えっ」

「貴様、見ない顔だな。どうやって入った」

 男の険のある声が石造りの通路に響く。

「う・・・・」

「う?」

「うぎぁやあああああああああっ」

 遭遇したこの無い状況に混乱する。

 咄嗟に足が動き、思いっきり男の脛を蹴り飛ばした。

「っ・・・」

 剣が喉から少し離れる。

「ご、ごめんなさぃーーーーー!」


 私は走った。


###


「なんで、追いかけてくるのっ!ていうか、なんで見えるのぉおおお!?」 

 赤い髪をなびかせて、男は追ってきた。抜刀したままで。

「まてっ」

 いやいやいや、武器持った人に待てって言われて待つ輩なんていないからっ!

 どんどん間がつまって来る。

 玄関ホールまで来た。

 メイドたちが荷物を持ち運んだりと忙しそうに働いている。

 赤い髪の男と同じ服を着た金髪の男がメイドたちに指示を出している。

 金髪の男は鬼の形相で走る赤い髪の男に気がついたのか、へらりと笑って片手を挙げた。

「おー、ジャスティン。手伝いなよ、本当。まぁ、たいぶ終わったんだけ・・・」

「カイル!その女を捕まえろっ」

 男が金髪の男に叫ぶ。

 やばいと思ったが、急には方向転換ができずそのまま金髪の男の目と鼻の先まで走ってしまう。

「は?女?」

 金髪の男は目を見開いて硬直している。

 たぶんこの男には私の姿が見えていない。

 意を決して私は男の横をすり抜ける。

 男は私が通り過ぎたことに気がつかなかった。

「何やってる!カイルッ」

 男の怒鳴り声が背後から聞こえた。

「いや、女なんて何処にも・・・」

 金髪の男が戸惑った声で返す。

「今、目の前を走ってきただろう!」

 ちらりと後ろを振り向く。

 男との距離は先ほどより少し空いた。

 廊下を曲がる。男が追ってこないうちに近場の部屋に隠れる。

 心拍数が上がっている。どくんどくんと波打っている。息が切れて胸が苦しい。 

 どうやらあの男には私の姿が見えているらしい。こんなこと初めてだ。

 どうしよう。このままじゃ追い出されて・・・いや最悪殺される?

「ど、どうしよう・・・っ」

 部屋にも戻れないし、しばらくここで体を休めよう。

 気が高ぶっている間は思考がうまく働かないから、動かないほうが良い。


 男の足音もしない。

 胸もわき腹の痛さも落ち着いてきた。

 この部屋は誰かの私室のようで、きちんと整頓されている。

 あの男以外には見えていないだろうから居ても大丈夫なんけど、さすがに居た堪れない。

 自分にもまだこんな気持ちがあるだなんて少し安心する。

 それに、男が一室一室確認しているのだったら―――

 勝手に借りている部屋には見られちゃいけないものも沢山あるから心配だ。

 私がこっちに来たときに持っていた私物もベットの下に隠しているし・・・。

 扉に耳をつけてそば立てた。

「大丈夫・・・っぽい」

 ゆっくりと扉を開ける。周りには誰も居ない。

 

 今のうちに部屋に・・・

 そろりと、通路の角から周りを観察する。

 メイドたちはいるが、赤い髪の男は居ない。あの髪の毛は目立つから目安になる。

 メイドたちにはやはり私の姿は見えていないようで、赤い髪の男にも会わずに部屋の前の通路までたどり着けた。

 あの男もここまで来ているだなんて思わないだろう。

 と思った矢先。

「ぐっ」

 後ろから伸びてきた腕が首に回って首を絞めた。

「捕まえたぞ」

 いつの間に来たのか、私を羽交い絞めにしているのは案の定、赤い髪の男だった。

「うっ」

 ぐっと腕が喉を締め上げた。

 意識が飛びそうになって。がくりと首がうなだれる。

 ばさりと視界を自分の髪の毛が覆った。

 こちらに走ってくる足音も聞こえる。

 もう終わった・・・頭の片隅で死んだなっと思った。

 終わったと諦めかけた瞬間、首を絞めていた腕が緩む。

「貴様、その首の痣・・・」

「あ・・・あざ・・・?」

 首に痣と言えば、今の首絞め以外にできる要素などないのだが。

 彼には何が見えている?


「ジャスティン!」 

 誰かが走ってくると思ったら金髪のカイルという男だった。

「あ・・・侵入者見つけたんだな!」

 どうやら、この男にも私の姿が見えたらしい。


###


 私は赤い髪の男――ジャスティンというらしいが、その男に腕を引かれて廊下を引きずり歩かされている。かなりの力のため、腕が引きちぎれそうに痛い。

「ごめんなさい、ごめんなさい!寒かったんですっ」

 涙がぽろぽろと流れてくる。演技ではなく、本当に。

「うるさい」

「逃げないから、腕痛いから放してぇえ」

 その瞬間、ぐるりと男がこちらを向き、男が耳もとで叫んだ。

「うるさいっ」

「ぎゃ、ごめんんさいっ」

 涙がちょちょぎれた。


 男が私とカイルをつれて、見たことのない部屋の中に入った。

 部屋の造りはかなり質素で、机とイス、本棚しかない。まるで、現代でいう、警察の取調べ室のような。

 がちゃりと鍵を閉められた。

 赤い髪の男がやっと手を離し、こちらを向く。

「貴様は何者だ」

 男が般若の顔で問い詰める。

「私・・・」

 なんていえばいいんだろう。

 どうしようと考えていると、カイルの驚いた声が部屋に響いた。

「ジャ、ジャスティン!女の子消えたよ!魔術師か!?」

 ご丁寧に抜刀までしてくださっている。

「私、ここにいますけど・・・」

「カイル、娘だったら俺の目の前にいるぞ」

「いないって!」

 カイルがきょろきょろと周りを見回す。時々、目が合うのだが、気付いてくれない。

 なんでだろう。さっきは見えたのに。

「カイル、娘だったらここにいる!」

 ジャスティンが私の腕を掴んで思いっきり持ち上げた。

「ぎゃっ」

 地面から数センチ、浮いている。

「えっ、何処に居たの!?」

 カイルが目を瞬かせて、素っ頓狂な声を出す。

 ぱくぱくと口が開いたり閉まったりしている。

「何してるんだ・・・」

 ジャスティンがそうつぶやいた瞬間、ぱっと腕を放されて、床にどさりと尻餅をついた。

「いったぁ」

「また消えたんだけど!」

 私とカイルの声が重なる。

「だから何を言っている。ここに居るだろう!」

 ジャンスティンが今度は頭を鷲づかみしてきた。

「痛い、痛い、いったーい!」

 ぎりぎりと頭に激痛が走る。

「え、また現れた!?」

 カイルはまたもや素っ頓狂な声を出して、心霊現象!?と叫んだ。

「ゆ・・・れいじゃないもんっ」

 ジャスティンの力が弱まる。

「俺も今掴んでいるのがゴーストだったら不気味だがな」

 今度は洋服の襟を掴まれて、体が浮いた。

「ぐえっ」

 喉が絞まった。

「カイル、椅子」

 ジャスティンは気にせず、カイルに指示を出す。

「え、うん」

「首・・・絞まる・・・っ」

 カイルが椅子を持ってきた。

 どすんと、椅子に座らされる。

「げほっげほ・・・」

 首は絞められてはいないが、襟はまだジャスティンに掴まれたままだ。

「カイル、今は娘が見えるな」

「ああ、椅子に座ってるね。苦しそうだね」

 そりゃ、苦しいですよ。首は絞めすぎると死んでしまうんだぞ!

 だが、ジャスティンは咳き込む私などお構いなしだ。

「そうか。次は驚くなよ」

 ジャスティンが襟から手を放す。

 息苦しさから解放されて、ほっとする。

「見えるか」

「見えなくなった・・・」

「そうか」

 ジャスティンがまた襟を掴んだ。

「ぐえっ」

 一瞬、首が絞まってカエルのような声が出た。

 2度ならず、3度までも・・・掴むなら他の場所でもいいだろうに!

 しかし、なんだろうか。カイルには私が見えるときと見えないときがあるようだ。

 ねぇ、どういうことなのとカイルが私の頬を突きながら怪訝そうに言葉を繰り返している。

 無言になっていたジャスティンが口を開く。

「娘、お前は雪跡の化け物だな。もしくは、洗濯場と厨房に出る幽霊か」

「は?」

「城の者からの定期連絡で7日前に門に人間の足跡が付いていたと報告を受けた。あと、門を叩く音や何かを投げつける音もしたが、誰もいなかったと。そして、同時期から洗濯場と厨房で怪奇現象が起きているとも報告を受けてる。厨房にいたっては食べ物が減るというものだが」

 貴様だな、とジャスティンが睨みつけた。

「う・・・それは・・・」

「え、やっぱり幽霊なの?」

 感触は人間そのものなのにね、とカイルが私の頬をつねった。

「いっ」

「カイルは黙っていろ。・・・そうなんだな?」

「うー・・・」

 がくんと項垂れる。バレていないと思っていたのだが、やはり甘かったようだ。

 ジャスティンがまた言葉を紡ぐ。

「貴様は人間だ。俺にしか見えないようだがな」

「う・・・ごめんなさい・・・」

「俺が触れることで他の奴にも見えるようだ。だから今はカイルにも見えている」

「知りませんでした・・・」

「この城にいても皆に悟られないと思ったんだろう。残念だったな・・・だれの差し金だ?」

「誰というか・・・寒かったので・・・ぐえっ」

 後ろに襟を引っ張られる。

「お粗末なものだ。一番気付かれてはいけない相手に気付かれるとはな。白銀の魔女の魔術もたいしたことの無い・・・」

 ジャスティンの三白眼が私を睨んだ。

「その、不法侵入したことは本当に申し訳ないと思っています。でも、間者?じゃないし、魔女とかよく分かんないんですけど・・・ていうか、突然、吹雪の中にいて、やっと見つけたここは話しかけても何しても私のこと気付いてくれなかったから止むを得ず侵入したというかなんというか・・・いや!本当ごめんなさいっ!でも、凍え死にたくないので出て行きたくないです!」

 ジャスティンははっと鼻で笑い、首の後ろのうなじあたりをぐりっと押した。

「では、この痣はなんだ。この薔薇の形をした鮮やかな青痣は白銀の魔女と通じている印だ。使い魔や魔術を行使されたものに浮かび上がる」

「し、知らないよ!そんな痣があるなんて初耳だし!」

 だからぐりぐりとそこを押さないで!かなり痛い!

 首の後ろにある痣なんて鏡が無くちゃわからないし、薔薇みたいな痣なんて聞いたことが無い。

「ジャスティン、話を挟むようで悪いけど。僕にはこの子が間者には思えないよ、感情駄々漏れだし、贅肉つきまくりだし・・・」

 カイルが口を挟む。

 擁護してくれるようあるが、体重は平均体重だと叫びたい。

「それに、魔女に呪いを掛けられた人にだって印が現れるときがあると聞くし」

 呪い、そう呪いと言えば少し心当たりがある。

「のろい・・・」

「何か心当たりがあるのかな?」

 カイルが笑顔で聞いてくる。

「えっと・・・私、吹雪の中にいつの間にか居たんですけど・・・その前に知らない銀色の髪の毛の女の人に頭を掴まれて気絶したんです・・・そしたら・・・」

 雪の中に居たんですけど。

「それ、完全に白銀の魔女だねー」

「口で言えば何とでもなるがな」

「でも、嘘じゃないでしょ。ジャスティン、この部屋に入ってから嘘破りの魔術使ってるじゃない。だけど、反応してないんだから嘘じゃないよ、この子の話は」

 ジャスティンの魔術は間者くらいじゃ敗れないでしょとカイルが笑う。

「ちっ」

 ジャスティンが舌打ちをして襟から手を離す。

 魔術とかよくわからないが、やっぱりここは私のいた世界じゃないのかもしれない。

 たしかに、部屋に入ってからジャスティンの威圧感もそうなんだけど、言葉を発するたびに喉がピリピリと電気が走るようになっていた。これが魔術なんだろうか。

「ちょっと、ジャスティン触っててよ。見えなくなったよ」

 カイルが口を尖らせた。

「うるさい」

 ジャスティンが眉を潜め、地を這うような声を出した。

 がしりを頭を掴まれた。ぎりぎりと力が込められる。

「痛っ!」

「ジャスティン、可哀想だよ」

「痛くしている」

「ひっど・・・」

「黙れ、呪いだとしても貴様は侵入者には変わりないんだ」

「うっ・・・」

 正論すぎて反抗もできない。

 俯いて口ごもる。

 そりゃぁ、勝手に住んでしまったけど、外は凍え死にそうなんだもん。

「でも、使役の魔術は使われてないね」

「この部屋じゃ嘘は付けないしな。こいつの話が本当なら使役系の魔術を施さないと間者にはできないな・・・それに俺だったらこんな弱そうな奴は間者にせん」

「間者じゃないんで、間者線は消してください。ただの寒さと飢えに耐えられなくて不法侵入したただの人間です」

「そうか、追い出せばいいのか」

「いや、これについてはご慈悲をください」

「そうだよ、可哀想だよ」

 カイルは優しい。うんうんと頷いて、ジャスティンを見る。

「カイルは騎士の自覚が無い。こいつは怪しい奴だ」

「騎士というものは弱い人間を守るものだよ?」

 そうだそうだ!と拳を作る。

「・・・・しかし」

「だったら、ジャスティンが魔術で縛ればいい。使役は可哀想だから・・・追跡と捕縛あたりで良いんじゃないの」

 いや、魔術は掛けて欲しくないんだが。掛けるんだったらジャスティンよりもカイルのようが良い。

「僕はそういう繊細なの苦手だし、彼女の姿が常に見えるジャスティンが適任だよ」

「ふむ・・・」

 ジャスティンが私の頭を掴んでいる反対の手を顎に当て、考え込む。

 まじですか。選択股はないと。

 カイルがにこりと笑い、私の頬を撫ぜた。

 男の人にそんなことされたことの無い私はびくっと体を震わせてしまう。

「それにさ、この子の肌の色・・・この国でも周辺の国でもない色だよ。白銀の魔女が無理やり連れて来たのなら追い出すのは可哀想だ。たしかに、不法侵入だけどこの雪の中で周りに気付いてもらえなかったんだったら不法侵入したくなる気持ちは分からないでもないよ。今の現状で、彼女の姿は常に君しか見えないんだしね」

「お前はお人好しだな・・・」

「そうかなー。ジャスティンも意外にそうだと思うけど。それにね、誰をこの城に置くのか決めるのは君じゃないんだよ」

 よくわからないが話が進んでいる。悪い方向ではないようではあるが。

 ジャスティンとカイルの顔を交互に見る。

 ジャスティンと目が合った。

「今から、お前に捕縛と追跡の魔術をかける。捕縛の魔術は一定の距離に達するとお前は動けなくなる。離れすぎると引っ張られるようになり、体がうまく動かなくなるんだ。追跡の魔術は俺がお前が何処にいるか知るためのものだ。拒否権は無いが、いいな?」

「え・・・追い出さないで下さるんだったらいいですけど・・・」

「追い出さない。貴様が敵で無いならな」

「て、敵じゃないです!絶対っ」

「ならいい」

 初めてジャスティンの顔が和らいだ。

 その顔に、なぜか私の顔は熱くなる。

 たぶんこれは、ずっとジャスティンの鬼の形相を見ていたから表情が和らいだことに安心しただけなんだ。

「そういえば、君の名前聞いていなかったね。僕はカイル・ジルベッタ。一応、このウォルター城の城主をしている。ジャスティンは居候ってところかな。よろしくね」

 (偉そうだから)ジャスティンが城主だと思っていたんだけど、違うらしい。

 ジャスティンには言えないが、少しほっとした。

「ジャスティン・レオール・スノーウッドだ」

 ジャスティンがぐしゃと私の髪をかき乱す。もう頭には力は込められていなくて、痛みも無かった。


「私は絵真・・・エマ・ユズキ。よろしくお願いします」

「よろしく、透明娘」

 こうして私とスノーウッドの赤い騎士との物語は始まった。

 遠い未来、この私たちの物語が子ども達が夢中になる童話になるなんてこれっぽっちも知らないんだけれど。 


 

 後日談として。その後、ばっちりと魔術は掛けれてしまい耐性の無い私は数日寝込むことになったのであった。


主人公の名前が最後しかでないのでここで紹介。

柚木絵真(19) カラオケの個室から出たら運悪く異世界トリップした大学一年。基本ポジティブ。水洗トイレと風呂が恋しい。布団は正義。


続くかも・・・しれない・・・?


誤字脱字などがあったら教えて下さい。

感想などもお待ちしてます。なんて。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白かったです。これからもガンバって下さい(*´∀`)♪応援してますm(__)m 続いてくれると嬉しいですね(笑)
[一言] すごく面白かったです(≧▽≦) 続きが早く読みだいです!(^^)!
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