第8話:魔王軍バカンス、アンバインド(解放)します
魔王軍において、「休み」とは「死」を意味していた。
特に、武闘派中の武闘派が集まる第3軍団の長、激震のガウル将軍の辞書に、「休暇」の二文字は存在しない。
「――休むだとぉ!? 貴様ら、魔王様から賜ったこの命、一秒たりとも無駄にするなッ!」
灼熱の訓練場。
ガウル将軍は、燃え盛る大剣を振り回しながら、脱水症状で倒れかける兵士たちを怒鳴りつけていた。
「疲れたなら素振りをしろ! 傷ついたなら戦って忘れろ!
この世に休息などという甘えは存在せん!
死ぬ時こそが、我ら魔族の唯一のバカンスだッ!!」
その歪んだ美学に、兵士たちはもはや反論する気力すら残っていなかった。
彼らの肉体はボロボロで、精神は摩耗しきっている。
そこに、涼やかな風と共に、一人の男が歩み寄った。
「――将軍。その『死ぬ時がバカンス』という考え方、あまりに時代遅れでコストパフォーマンスが悪いですね」
黒いロングコートの男、ゼノン。
彼は強い日差しの中でも汗一つかかず、手元のバインダーを確認しながら現れた。
「また貴様かッ! 代行屋ッ!!
陛下からの命令だか知らんが、俺の軍団に『休み』などという毒を撒くのは許さんぞ!
戦士は戦いの中でこそ輝くのだッ!!」
「輝くのではなく、ただ燃え尽きているだけです」
ゼノンは冷静に、ガウル将軍の鼻先に一枚のチケットを突きつけた。
「これは……なんだ? 妙にトロピカルな色使いの紙切れだな」
「『魔王軍公認・南国リゾート招待券』です。
陛下との契約に基づき、第3軍団全員に対し、本日より三日間の『完全有給休暇』を命じます」
「……はぁぁぁぁぁッ!? バカンスだぁ!?
ふざけるなッ! 俺たちは戦士だ! 砂遊びをする暇などないッ!!」
ガウルが激昂し、大剣をゼノンの足元に叩きつけた。
爆炎が上がるが、ゼノンは眉一つ動かさない。
「ガウル将軍。あなたは勘違いをしている。
休息とは、サボることではありません。
『次なる勝利のための、戦略的メンテナンス』です。
ルナ。第3軍団の武器の摩耗率と、兵士の筋線維の損傷データを」
『了解。――第3軍団の武器は、手入れ不足で本来の威力の60%しか出ていません。
兵士の筋肉も過労で凝り固まり、反応速度は老いたゴブリン以下です。
この状態で戦場に行けば、勝てる戦も負けますよ。……将軍、あなたは「負け戦」がお好きなんですか?』
「な、何だとぉっ! 俺の軍団が、弱いと言いたいのかッ!!」
「ええ。今のままでは、勇者の村の自警団にすら手こずるでしょうね。
真の強者は、自らのコンディションを管理できてこそです」
ゼノンが指を鳴らす。
「――アンバインド・デューティ(義務からの解放)」
キィィィィィィィン!!
ガウル将軍と兵士たちの足元に、巨大な転送魔法陣が展開された。
「なっ、何をする!? どこへ飛ばすつもりだッ!!」
「戦い方を忘れたあなた方に、相応しい戦場――『砂浜』ですよ」
次の瞬間。
灼熱の訓練場にいた数千の魔物たちは、真っ白な砂浜と、エメラルドグリーンの海が広がる南の島へと転送されていた。
「……なんだ、この青い水は……?」
「空が……広いぞ……。武器の音がしない……」
戸惑う兵士たちの前に、いつの間にかアロハシャツ(黒ベースの落ち着いたもの)に着替えたゼノンが立っていた。
「諸君。これより三日間、この島での任務はただ一つ。
――『遊び、食べ、眠り、自分自身をアンバインドすること』だ。
なお、武器の使用は禁止。代わりにこの『浮き輪』と『釣り竿』を使用せよ」
「ふざけるなぁぁッ!!」
ガウル将軍が叫び、海に向かって拳を叩きつけた。
「俺は戦いたいんだッ! こんな温い場所で、何をしろというのだッ!!」
「ならば、海釣りに挑戦してはどうですか。
あそこの大魚は、あなたの筋力と集中力をもってしても、釣り上げるのは困難ですよ」
「……ほう? 俺に釣れぬ魚がいると?」
闘争心に火がついたガウルは、荒々しく釣り竿をひったくった。
一方、兵士たちは恐る恐る海に入り、獲れたての魚を焼き、砂浜で横になり始めた。
「……おい、横になっても怒られないぞ」
「この『サンオイル』とかいう薬、肌がヒリヒリしなくて最高じゃねえか」
「……ああ。俺、生きてるって感じがするよ……」
夜。
焚き火を囲む魔物たちの顔には、かつての「死んだ魚のような瞳」ではなく、
穏やかな、そして力強い光が宿っていた。
ガウル将軍も、格闘の末に巨大なマグロを釣り上げ、なぜか満足げにそれを食らっていた。
「……ゼノンよ」
ガウルが、焚き火のそばに座るゼノンに近づいた。
「認めよう。……戦い以外のことに全神経を注ぐというのも、悪くない修行だ。
不思議なことに、全身の筋肉が……かつてないほどに軽い。
明日なら、勇者の首など指一本で飛ばせる気がするわ」
「それが休暇の効能です。
……将軍。魔王様が守りたいのは、領土だけではありません。
あなた方のような、強い意志を持った『個』の命です」
ガウルは鼻を鳴らし、夜空を見上げた。
「……フン。お節介な代行屋だ。
だが……悪くない。……本当に、悪くないな」
数日後。
休暇から戻った第3軍団は、魔王軍最強の精鋭部隊として新生していた。
彼らの動きは研ぎ澄まされ、士気は天を突くほどに高い。
魔王城。
ゼクスは、見違えるように活気付いた軍団の報告を受け、深く頷いた。
「……バカンスか。ゼノン、私にもその招待状をくれるか?」
「陛下。あなたはまだ、ハンコを捺さなければならない書類が山積みですよ」
「……厳しいな、君は」
魔王は苦笑しながら、しかしその瞳には深い信頼を湛えて、ゼノンを見つめた。
「だが、これでわかった。……我らが目指すのは、恐怖による支配ではない。
全兵士が『この国のために明日も働きたい』と思える、世界最高の居場所だ」
ゼノンは静かに一礼し、窓の外を見た。
兵士たちの笑い声が、風に乗って聞こえてくる。
だが、改革の道のりには、まだ「古い慣習」という名の障害が残っていた。
次は、軍の福利厚生――「食事」の改善へと、ゼノンの杖が向けられる。
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