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『異世界退職代行』〜魔王軍から勇者パーティまで、不当な契約をアンバインド(解放)します〜  作者: 街角のコータロー
魔王軍組織風土改善編

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第7話:初めての給料袋、アンバインド(解放)します

魔王軍において、「給与」という概念は長らく存在しなかった。

 「魔王様に命を捧げるのは名誉である。ゆえに報酬は不要である」

 そんな耳ざわりの良い、しかし残酷な欺瞞が、数百年もの間、軍の常識としてまかり通っていたからだ。

 兵士たちに与えられるのは、腐りかけの干し肉と、薄汚れた寝床のみ。

 その一方で、軍の予算を管理する【経理局】だけは、城の最上層で優雅な生活を送っていた。

 「――ふむ、今月の『ポーション発注経費』をさらに三割ほど水増しするか」

 経理局長、四天王に次ぐ実力者とされるデビル・守銭奴しゅせんど

 彼は金貨の山を前に、下卑た笑みを浮かべながら帳簿にペンを走らせていた。

 「前線のオークどもに本物の治療薬など必要ない。

 

 

 あいつらは丈夫なのが取り柄だ。

 

 

 薬の代わりに泥でも塗っておけば、勝手に治る。

 

 

 浮いた金は、私の新しい宝石コレクションに充てるとしよう……ヒヒヒ!」

 その時。

 重厚な経理局の扉が、何の予告もなく、粉々に粉砕された。

 「――その宝石、血生臭い労働者の涙で磨かれているようですね」

 黒いロングコートをなびかせ、ゼノンが静歩で入室してきた。

 「な、何奴だッ! ここをどこだと思っている!

 

 

 私は魔王軍の金庫を守る、経理局長のデビルだぞ!」

 「知っています。……そして、あなたがその金庫を『自分の財布』と勘違いしていることもね」

 ゼノンは無造作に部屋の中央へ歩み寄り、眼鏡の奥の瞳を冷たく光らせた。

 「退職代行『アンバインド』、エージェントのゼノンです。

 

 

 本日より、魔王軍の資産運用権は私が一時的に差し押さえます。

 

 

 ルナ、全軍の『隠し資産』の算出は?」

 『はい、ゼノンさん。――完了しました。

 

 

 この部屋の床下、壁の裏、さらには局長が飲み込んでいる魔法の胃袋の中……。

 

 

 合計で、白金貨五千枚、金貨三万枚相当の「不正着服」を確認しました。

 

 

 これ、全兵士に過去三年の未払い賃金を払っても、まだお釣りが来るレベルですよ』

 ルナの声が魔導スピーカーを通じて、城下町の広場や全拠点の魔導投影機に流れ出す。

 「なっ……何をデタラメを! 証拠もなしに……!」

 「証拠なら、今あなたの目の前にある帳簿そのものが物語っています。

 

 

 ……あぁ、その『裏帳簿』、隠す必要はありませんよ。

 

 

 すでに全自動で魔法コピーを取り、全軍にライブ配信していますから」

 「……え?」

 局長が窓の外を見ると、城壁に設置された巨大な魔法スクリーンに、

 彼が今まさに書き込んでいた「水増し請求」の全貌が映し出されていた。

 城下を歩いていた兵士たちが、足を止め、スクリーンを見上げる。

 「おい……あれ、俺たちの治療薬の予算じゃねえか?」

 「『泥でも塗っておけ』……? あの野郎、そんなことを言いながら俺たちの金を……!」

 殺気立った魔物たちが、次々と経理局の入る塔へと集まり始めた。

 「貴様ぁぁッ!! よくも私の、私の愛する金貨たちをッ!!」

 デビル局長が逆上し、周囲の金貨を弾丸のように飛ばす魔法を放つ。

 「死ねッ! 銭の重みに押し潰されて、地獄へ行けッ!!」

 「……物理的論破を開始します」

 ゼノンは一歩も引かず、銀の杖を静かに地面へ突いた。

 「――アンバインド・アセット」

 キィィィィィィィン!!

 局長が放った金貨の弾丸が、ゼノンの数センチ手前で、まるで意志を持ったかのように空中に静止した。

 「な、何!? 私の魔法が……効かない!?」

 「この金貨には、兵士たちの『恨み』と『正当な所有権』が刻まれています。

 

 

 私利私欲のために歪められたあなたの魔力など、このかねはもう受け付けない」

 ゼノンが指を鳴らす。

 「金貨よ。本来の持ち主の元へ、帰りなさい」

 ヒュンッ!!

 静止していた金貨たちが一斉に方向を変え、デビル局長の体を、その重圧で床に縫い付けた。

 「ぐ、がはっ……!? 重い……金が、金が私を潰す……!」

 「命よりも金を重んじた結果です。……その重みを、生涯忘れないことですね」

 ゼノンは倒れ伏す局長を一瞥し、通信機へ告げた。

 「ルナ。全兵士の魔導個人識別票ドッグタグに、即時入金を開始しろ。

 

 

 『名誉』という呪縛をアンバインド(解放)し、実利という『対価』を支払う」

 『了解!――全軍、給与振込を開始します。

 

 

 未払い残業代、危険手当、および『泥塗り治療』への慰謝料。

 

 

 すべて込みで……送信ッ!!』

 その瞬間。

 魔王領のいたる所で、兵士たちの懐にあるドッグタグが眩く輝いた。

 「……なんだ? これ……重いぞ?」

 一人のスケルトン兵士が、ドッグタグから溢れ出した小さな革袋を手に取った。

 中を開けると、そこには見たこともないほど輝く、本物の金貨が詰まっていた。

 「金貨……? 俺の、俺たちの、給料……?」

 「……本物だ。これで、田舎のオフクロに、本物の肉を送ってやれる……!」

 「泥じゃねえ……本物のポーションが買えるぞ!!」

 軍のいたる所で、咆哮のような歓声が上がった。

 それは勝戦の叫びではなく、自分たちの労働が「価値」として認められた、初めての喜びの叫びだった。

 魔王城の執務室。

 魔王ゼクスは、窓の下から聞こえてくる兵士たちの歓喜の歌を聞きながら、

 

 

 ゼノンが持ってきた新しい軍規の草案に目を通していた。

 「……『魔王軍・最低賃金保障制度』、か。

 

 

 ゼノンよ。一万枚の白金貨が、こうも早く消えていくのを見るのは、実に痛快だな」

 「陛下。これは消費ではありません。

 

 

 『信頼』という名の、最もリターンの大きい投資です」

 「ははは。だろうな。

 

 

 ……見てみろ。あんなに騒がしかった連中が、今は酒も飲まずに、

 

 

 家族へ手紙を書いたり、新しい剣の手入れをしたりしている。

 

 

 『対価』を得た者は、自らの責任で動くようになる……か。

 

 

 貴殿にコンサルを頼んで、本当に良かった」

 ゼノンは窓の外を見つめ、静かに答えた。

 「陛下。喜びすぎですよ。

 

 

 金を与えただけでは、まだ半分です。

 

 

 次は……その金を使う『暇』を、彼らに完全に定着させなければなりません」

 「ふむ。……有給休暇、だったな?」

 「ええ。戦場にバカンスを。

 

 

 ……それができなければ、軍のホワイト化は完成しません」

 ゼノンは、すでに次の「戦場(改革)」を見据えていた。

 兵士たちの手に握られた給料袋。

 それは、魔王軍が「殺戮集団」から「プロフェッショナルな組織」へと変貌するための、

 

 

 何よりも重い第一歩となったのである。



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