第4話:魔王の決断、あるいは『ホワイト侵略』への第一歩
魔王城・玉座の間。
そこは、世界の半分を支配せんとする強大な魔導エネルギーが渦巻く、荘厳な空間である。
しかし今、その中心で放たれている威圧感は、かつてないほどに禍々しく、そして「静かな怒り」に満ちていた。
「――これは、一体どういうことだ。説明しろ。今すぐにだ」
魔王ゼクスは、肘掛けに置いた指先でトントンと不規則なリズムを刻んでいた。
その目の前には、先日ゼノンがバルガス隊長の胸元に残していった『離職票』と、膨大な『現場告発資料』が置かれている。
「……陛下、それは……その、一部の不届き者が勝手に……」
震える声で答えたのは、魔王軍の宰相だった。
彼は額に脂汗を浮かべ、床に膝をついて必死に言葉を絞り出す。
「不届き者、だと?」
ゼクスの瞳が、黄金色の鋭い光を放った。
「ここには、第4前線守備隊の生存率が過去三年で八割低下しているとある。
にもかかわらず、貴公が私に提出した週報にはこう書かれていたな。
『我が軍の士気はかつてないほど高く、皆、活気と忠誠心に満ち溢れている』と」
魔王は立ち上がり、ゆっくりと円卓を囲む四天王と宰相たちを見渡した。
「なぜ現場の悲鳴が、私に一通も届かなかった?
魔物たちが、家族の顔も忘れるほど無給で戦わされ、
傷口を泥で埋めて突撃させられていた事実が、なぜ『活気』という言葉に変換された?」
「それは……四天王のバルガス殿の案でして……」
宰相が、すでにゼノンによって病院送りにされたバルガスに責任を擦り付けようとした。
「嘘を吐くな」
ドォォォォンッ!!
魔王の魔圧が爆発し、玉座の間の柱にひびが入る。
「バルガスは確かに愚かだったが、これほど精巧な虚偽報告のシステムを構築できる頭はない。
現場の声を検閲し、不満を漏らす者の口を封じ、私には都合のいい数字だけを見せる……。
この組織的な隠蔽工作、画策したのは誰だ。……宰相、お前か?」
「ひ、ひいぃっ! 陛下、お許しを! 私はただ、軍の威信を保つために……
『魔王軍は常に最強でなければならない』という伝統を重んじるあまり……!」
「伝統だと? 笑わせるな」
ゼクスは冷たく言い放ち、再び玉座に深く腰掛けた。
「貴様たちが守っていたのは軍の威信ではない。自分たちの椅子だ。
現場の魔物が何万死のうが、報告書の上で勝利していれば自分の評価は下がらない。
そう考えていたんだろう?」
四天王の一人、妖艶な姿の魔女が口を開く。
「陛下……しかし、魔族とは元来、強き者に従うもの。
少々の無茶を強いてこそ、真の力が……」
「――時代遅れだ」
ゼクスはその言葉を切り捨てた。
「その『少々の無茶』のせいで、我が軍の精鋭たちは皆、敵に殺される前に自壊している。
一方で、あの退職代行に救われたゴブリンどもは、今や人間界の農村で生き生きと働いているというではないか。
魔王である私に従うよりも、人間界でジャガイモを育てる方が幸福だと……彼らに思わせたのは、他ならぬお前たちの無能だ」
魔王は頭を抱えた。
怒りは収まらないが、同時に絶望していた。
自分の手足だと思っていた組織が、これほどまでに膿んでいたとは。
「責任の擦り付け合いはもう見飽きた。
お前たちだけで改善を命じても、どうせ身内に甘い『やってる感』だけの改革で終わるだろう」
ゼクスは、机の上に置かれた『アンバインド』の名刺――ゼノンがわざと残していったもの――を指先で弾いた。
「決めたぞ。……外部顧問を呼ぶ」
「が、外部顧問……!? まさか、人間を、この城に招くというのですか!?」
「人間ではない。プロフェッショナルを、だ」
ゼクスはニヤリと、どこか不敵な笑みを浮かべた。
「退職代行『アンバインド』。
彼らは我が軍の脆弱な契約システムをたった一人で粉砕し、
四天王の一角を事務的に、かつ完璧に無力化した。
これ以上の『組織コンサルタント』がどこにいる?」
「し、しかし……! 彼らは我が軍の兵を奪った敵ですぞ!」
「敵ではない。彼らはただ『依頼を遂行した』だけだ。
ならば、次は私が彼らに依頼を出す番だ。
――魔王軍の『風土改善』。そして『持続可能な侵略体制』の構築。
これをアンバインドに全面委託する」
魔王はすぐさまペンを取り、羊皮紙にさらさらと文字を書き連ねた。
それは命令書ではない。
対等なビジネスパートナーとして送る、正式なアポイントメントの要請状だった。
「宛先は……この請求書に書かれている住所だな。
宰相、貴様に最後のチャンスをやる。
これを、アンバインドの事務所まで届けてこい。
もし拒絶されたり、無礼な振る舞いで怒らせたりしてみろ。
お前の退職金は、私の火炎魔法で全て焼却処分してやる」
「は、ははぁっ! すぐに! すぐに行って参ります!」
宰相が転がるように部屋を飛び出していく。
残されたゼクスは、窓の外に広がる広大な魔王領を見つめた。
そこには、今も過酷な労働に喘ぐ数多の魔物たちがいるはずだ。
「……待っていろ、ゼノンと言ったか。
貴殿が壊したこの組織、今度は貴殿の手で組み立て直してもらうぞ」
数日後。
『アンバインド』の事務所では、ルナが驚愕の声を上げていた。
「ゼノンさん! 大変です!
魔王軍の宰相が、門の前でガタガタ震えながら……
『魔王陛下より、面会のお願いに参りました』って、高級そうな菓子折り持って立ってます!」
コーヒーを飲んでいたゼノンは、わずかに眉を動かした。
「……菓子折り? 魔界の銘菓か?」
『そんな場合じゃありませんよ!
請求書を送った相手からアポイントが来るなんて、創業以来初めてです。
どうします? 追い返しますか?』
ゼノンはカップを置き、窓の外を見た。
そこには、必死に頭を下げ続ける、滑稽なほど必死な宰相の姿がある。
「……いや。せっかくの『大切なお客様候補』だ。
ルナ、応接間の準備をしてくれ。
……魔王が自ら頭を下げるというのなら、
『異世界最高のホワイト企業』を創る手伝いをしてやるのも、悪くない」
ゼノンは、少しだけ楽しそうに口角を上げた。
「あなたの組織、アンバインド(解放)させていただきます。
……もちろん、コンサル料はたっぷり頂きますがね」
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