第2話:騎士団の補充、アンバインド(拒否)します
アデルバイド王国、王都騎士団・採用管理局。
「――どういうことだッ!? 今回の入団希望者が『ゼロ』だと!?」
机を叩き、怒鳴り散らしているのは騎士団副団長、剛腕のバッシュ。
筋骨隆々の巨体に似合わず、その心根は「部下は使い捨ての駒」としか思っていない極めて狭量な男だ。
「は、はい……。勇者パーティのポーターが退職代行を使って辞めたという噂が広まって以来、
我が国の『労働環境』が疑われているようでして……。
特に若手の間では、『騎士団に入ると骨までしゃぶられる』という口コミが拡散されています」
震えながら報告する事務官に、バッシュは鼻を鳴らした。
「バカバカしいッ! 我が国は中央諸国の盟主、アデルバイド王国だぞ!
騎士団に入ることは大陸最高の栄誉だ。
『代わり』など、路地裏に転がっている浮浪者でも連れてくればいくらでも務まるわッ!!」
バッシュが掲げるのは、この巨大組織が数百年にわたり守ってきた「巨大組織の論理」であった。
個人の代わりはいくらでもいる。嫌なら辞めろ。――その傲慢さが、今、致命的な欠陥を生んでいた。
「――残念ながら、その『路地裏の浮浪者』ですら、今は魔王領の食堂(ホワイト企業)を目指して移動を開始していますよ」
執務室の窓際。
いつの間にかそこに立っていた黒いコートの男、ゼノンが静かに告げた。
「貴様ッ!! 例の退職代行かッ!!
勇者の件ではよくもやってくれたな。おかげでジークフリートの奴は荷物を自分で運ぶ羽目になり、腰を痛めて寝込んでいるぞ!!」
「それは自業自得というものです。
副団長。……本日私が伺ったのは、あなたの部下、新人騎士カイル様の件です」
ゼノンはバインダーをめくり、一枚の診断書を提示した。
「カイル様は、三ヶ月連続で無休の国境警備を命じられ、
昨夜、極度の疲労による魔力暴走を起こし、倒れました。
彼は実家に、まだ幼い三人の弟妹を残しています。……彼が倒れれば、その家族は路頭に迷う」
「ふん、軟弱な! 騎士なら国のために命を懸けるのは当然だッ!!
弟妹? そんなもの、王国が管理する孤児院にでも放り込めばいい話だろうがッ!!」
バッシュの言葉に、ゼノンの眼鏡が冷たく光った。
「……家族の絆すら『コスト』として切り捨てる。
それがアデルバイド王国の『栄誉』の正体ですか。
ルナ。……『人材価値のアンバインド』を開始しろ」
『了解です、ゼノンさん! ――バッシュ副団長。
あなたが「代わりはいくらでもいる」と豪語して切り捨てた兵士たち……。
彼ら全員に、私のネットワークを通じて「転職エージェント」としてのアドバイスを送っておきました!』
「なっ……何を……!?」
『現在、アデルバイド王国騎士団の離職希望率は……なんと98%!
そして、代わりの募集に応じる者は「全大陸で0人」に設定されました!』
バッシュの魔法端末が、けたたましくアラートを鳴らし始めた。
「ど、どういうことだ!? 入団希望者のサーバーがロックされている!?
それに、現役の騎士たちから一斉に『退職願』が届いているだと……!?」
「バッシュ副団長。……市場原理とは残酷なものです」
ゼノンは一歩、バッシュに近づいた。
「あなたは『代わりがいる』と信じていた。
しかし、労働者は『選ぶ権利』を持っている。
劣悪な環境、家族を軽視する上司、そして不当な給与……。
そんな組織に、誰が好んで命を預けますか?」
ゼノンが杖を振り上げ、床を叩いた。
「――アンバインド・レピュテーション(評価の解放)」
キィィィィィィィン!!
王都の空に、巨大なホログラムが映し出された。
そこには、バッシュがこれまで部下に浴びせてきた罵倒の記録、中抜きの証拠、そしてカイルの家族が泣きながら兄の帰りを待つ映像が流されていた。
「あああ……!! やめろ! 消せッ!!
王国の権威が……騎士団のブランドが失墜するではないかッ!!」
「ブランドとは、積み上げた誠実さの対価です。
あなた方にあるのは、ただの『虚飾』だ」
ゼノンは崩れ落ちるバッシュを見下ろし、倒れていたカイルに手を差し伸べた。
「カイル様。……契約は完了しました。
あなたの弟妹たちは、すでに魔王軍の『家族支援プログラム』によって、安全な共存特区へと移送済みです。
……あなたも、そこへ行きますか?」
「……いいんですか? 僕は、裏切り者になるのに……」
「いいえ。……あなたは、自分の『人生』を取り戻しただけです」
カイルはゼノンの手を取り、涙を拭って立ち上がった。
その直後、騎士団の兵舎からは、数百人の騎士たちが一斉に装備を脱ぎ捨て、門へと向かう姿があった。
「俺も辞める!」「家族の元へ帰るぞ!」「魔王軍の方がマシだ!」
巨大な王国騎士団が、武器を交えることなく、ただの「退職」によって崩壊していく。
「お、おい! 待て! 行くな! 俺はどうなるんだッ!!」
一人取り残されたバッシュの叫びは、誰にも届かない。
組織の心臓であった「人」がいなくなった城は、ただの冷たい石の塊へと変わっていた。
ゼノンは、混乱する王都を背に、静かに歩き出す。
「……さて、ルナ。
次は、この王国の背後にいる『帝国』の動きを封じる必要がありますね」
『わかってますよ、ゼノンさん。
帝国軍の通信兵たちから、大量の「お助けメール」が届いています!
どうやら彼ら、家族への手紙を検閲されていることに、限界が来ているみたいです……』
「……家族の愛を検閲する独裁国家、ですか。
……徹底的に、アンバインド(解放)して差し上げましょう」
ゼノンの眼鏡が、夕日に赤く染まり、決意を象った。
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