第1話:「勇者パーティの荷物持ち、アンバインド(解放)します」
中央諸国。そこは数十の国家がひしめき合い、魔王軍の脅威に怯える混迷の地。
その頂点に君臨するのが、聖王国アデルバイドである。
「――我が国の決定は、神の意思である」
アデルバイド王国の王都にそびえ立つ白亜の城。
そこから発せられる「神託」という名の経済制裁や軍事介入に、周辺諸国は首を縦に振ることしか許されない。
流通、魔石の採掘権、そして「勇者」という名の最強兵器。
すべてを独占するこの巨大国家は、下請け国家やギルドを数千社従え、大陸全体の富を吸い上げる巨大な心臓部であった。
その巨大組織の「最前線プロジェクト」こそが、勇者ジークフリート一行である。
「――おい、まだかよ。足が止まってるぞ、クズが」
光り輝く聖剣を肩に担ぎ、舌打ちをしたのは勇者ジークフリート。
王国の広告塔として「希望」を象徴する男だが、その本性は、若手を使い潰して手柄を独占するブラック経営者そのものだった。
「……す、すみません。……すぐ、行きます……」
震える声で答えたのは、荷物持ち(ポーター)の青年、トビアス。
彼の背中には、自分の背丈の二倍はある巨大なコンテナが積み上げられている。
魔法による重量軽減も「魔力の無駄。根性で運べ」という理由で禁じられていた。
トビアスがこの地獄に耐えている理由は、ただ一つ。
王国のスラムで病に伏せる妹と、年老いた母に仕送りをするためだった。
だが、そのわずかな希望すら、このパーティの「幹部」は容赦なく踏みにじる。
「ジーク様、もういいじゃない。
こんな魂の穢れた者を構っていても、私たちの聖なる時間が汚れるわ」
優雅に髪をかき上げ、冷笑を浮かべたのは、聖女クラリス。
「慈愛の聖女」という二つ名とは裏腹に、彼女の実態は、信仰心を盾に部下を精神的に支配するパワハラ幹部であった。
「ねえトビアス。あなたが疲れるのは、神への感謝が足りないからよ。
感謝の気持ちがあれば、重さなんて感じないはずでしょう?
……そうね。今月の給料の8割を教会に寄付しなさい。それであなたの罪は清められるわ。
もちろん、拒否するなら……このパーティから追放して、王国中のギルドに『背信者』としてブラックリストを回すけれど?」
「……っ……。そんな……」
トビアスの視界が、絶望で真っ暗に染まる。
働けば働くほど金は奪われ、心は削られていく。
(……ごめん、ルカ。お母さん。……僕、もう……)
膝から崩れ落ち、泥の中に顔を埋めようとした、その時。
カツ、カツ、カツ。
周囲の喧騒を凍りつかせるような、硬く冷徹な靴音が響いた。
「――『感謝』という言葉は、不当な搾取を正当化するための、最も卑劣な洗脳の鍵ですよ」
霧の中から現れたのは、黒いロングコートを纏った男。
手に持ったバインダーを静かに開き、眼鏡の奥の瞳を冷たく光らせる。
「な、何だ貴様はッ! ここは王国の特別任務地だぞ!」
「退職代行『アンバインド』、エージェントのゼノンです。
トビアス様。……あなたの心の『悲鳴』、確かに受理しました」
ゼノンは、ジークフリートの怒号を無視し、トビアスの前に立った。
「家族からの依頼も届いています。
『お金はいらない。どうか、優しい兄を返してほしい』と。……トビアス様。もう、神に祈る必要はありません。
今、ここで私との『契約』を」
「ふざけるなッ! 転職だか何だか知らんが、こいつは王国の『多重下請け構造』の末端だ!
勝手に辞めさせることなど、この勇者ジークフリート、そして聖女クラリスが許さんッ!!」
ジークフリートが聖剣を引き抜き、クラリスが「破門」の呪文を唱えようとした。
「聖女クラリス。……あなたは『感謝』と言いましたね」
ゼノンが冷酷に言い放つ。
「ルナ。……このパーティの『中抜き構造』と、クラリス個人の隠し口座データを、王国中央の掲示板へ一斉送信」
『了解です、ゼノンさん! ――解析完了。
トビアス君への給与、名目は金貨10枚ですが、勇者が備品代で9枚引き、残りの1枚を聖女様が「お布施」として没収。
トビアス君、実質『無給』で働かされてますね。これ、神の意思じゃなくて『労働基準法違反』の極致ですよ?』
「なっ……ななな、何を言っている!
これは教会の、正当な徴収だッ!!」
「いいえ。ただの横領です」
ゼノンは杖を地面に突いた。
「――アンバインド・コントラクト(契約の解放)」
キィィィィィィィン!!
トビアスの体を縛っていた隷属の魔印が、硝子のように砕け散った。
同時に、勇者がトビアスに押し付けていた巨大なコンテナが、重力から解放されたかのように軽々と浮き上がる。
「……ああ。体が……軽い……」
「トビアス様。……あなたの再就職先は、魔王ゼクス陛下が運営する『多種族共存特区』です。
そこでは適切な休憩、そして中抜きなしの『正当な対価』が支払われます」
「お、おいッ!! 待てッ!! 荷物を置いていくな!! 誰がこれを運ぶんだよ!!」
「――あなたが持てばいい、勇者様。
それとも、聖女様の『感謝の力』で、荷物が勝手に歩き出すとでも?」
ゼノンは、顔を真っ赤にして叫ぶ勇者と聖女を一瞥もせず、魔法陣を展開した。
「……さあ、行きましょう、トビアス様。
家族が待つ、ホワイトな新天地へ」
ゼノンが魔法陣を展開する。
トビアスは、崩れ落ちる勇者たちを一瞥もせず、力強い足取りで光の中へと踏み出した。
魔王領・共存特区。
転送されたトビアスを待っていたのは、涙を流して駆け寄る妹のルカと、
そして、温かいスープを持った元・魔王軍のオーク兵たちだった。
「――ようこそ、新しい同僚。
ここでは『死ぬ気で働け』なんて言葉は禁止だ。
『元気に働いて、家族と笑え』。……それが、俺たちのルールだからな」
オークの大きな手が、トビアスの肩を優しく叩く。
トビアスは泣きながら、心の底から笑った。
一方、王国の王都では。
ゼノンの放った「一通の請求書」が、巨大な組織の腐敗を暴き出し始めていた。
「……これはまだ、ほんの序章です」
夜の王都を見下ろし、ゼノンは静かに眼鏡を拭う。
「王国、帝国……。あなた方の築き上げた『搾取の城』、
根こそぎアンバインド(解放)して差し上げますよ」
巨大組織アデルバイド。その崩壊の時計の針が、今、動き出した。
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